束の間の休息3
食事を終えた後、ミズミは今日泊まる部屋に私だけ入れて、ハクライとウリュウの二人を追い出していた。私が四つあるベッドの一つに腰掛けていると、ミズミは部屋の鍵をかけて、急に自分のベッドの下をゴソゴソし始めていた。そもそもどうして二人きりになったのかと思えば――
「ティナ、よかったら、これ着てみるか?」
そう言って彼女から手渡されたのは、昼間にミズミが行商人さんにあげていた衣装と同じような服だった。広げてみれば、白い裾の長いドレスにガラスの葉っぱのような飾りが紐で緩やかに吊るされており、きっと着てみたらその紐が綺麗な曲線美を描くだろうなと簡単に推測できる。私は咄嗟に嬉しさから声が出た。
「素敵な服! え、どうしたの、私に贈り物?」
疑問に思って問いかければ、ミズミは口元を押さえる様にして少し困っているように見えた。
「まあ……お前には元々これをやろうと思っていたんだが……」
と、急に私に近づいて、そっと私の髪に触れてくる。その優しい仕草を見上げる様にして見惚れていると、彼女は私の髪に何かのアクセサリーをつけたように感じた。
「これは……?」
「同じ様にあの奴隷商人の館にあった品だ。この大陸にしては珍しい魔法アイテムだから、ティナに丁度いいと思ってな」
その説明を聞きながら部屋の入り口にある鏡に歩み寄れば、私の頭の左側に、金細工の一枝の花が飾られていた。まるで金の木に咲いた花のような精巧な飾りに、私はうっとりしてため息が零れた。
「素敵……。これ……魔力補助のアイテムね。術で消費する魔力を少し補ってくれるものでしょ?」
しかし私のその問いかけに茶髪の美女は瞳を閉じて軽く笑っていた。
「そこまで詳細なことが分かっていたわけではない。ティナはやはり魔法の知識が豊富なんだな。着けただけでそこまで理解するんだから」
そう言って自分のベッドに腰掛けるミズミは、私を見て軽く首を傾げて続けた。
「お前にも……怖い思いをさせたからな。その分の詫びだと思ってくれればいい」
そんな事を言われるなんて思ってなかった私は、正直不意打ちを食らった気分だった。彼女から私に謝ってくることなんて今までなかったし、何より、こんなに優しい雰囲気で言われたこともなかったから、少しばかり照れたのも事実だ。
でも彼女のその言葉に、私は反射的に首を振っていた。
「ううん、確かに怖かったけど……でもミズミならきっと助けに来てくれるって、信じてた。そしてやっぱり、助けに来てくれたしね。寧ろ、助けに来てくれてありがとう」
素直にお礼を伝えれば、彼女は薄っすらと優しい笑みを浮かべた。いつもの意地悪な雰囲気で笑うあの顔ではない綺麗な笑顔。見惚れてしまうくらいだ。ミズミはその笑顔のまま、優しく言葉を続けてきた。
「……さっきの服も着てみたらどうだ。きっとお前なら似合う」
「そ、そぉ? それはありがとう……」
そんなミズミに褒められたように言われて照れを感じていたけれど、そこまで言ってふと、少し引っかかるものがあることに気付く。私は彼女に近づいて逆に尋ね返した。
「ね、ミズミ。さっきミズミは私に、元々はこのアクセサリーをあげようと思ってた、て言ってたじゃない? じゃあこの服は、いうなればオマケなの?」
言いながら、それは妙だなとも思った。明らかに衣装の方が贈り物としては豪華に見えるし、ミズミがこの服を事前に自分の荷物に持っているようにも思えなかったからだ。
すると茶髪を零すように俯いて、ミズミはため息交じりに答えた。
「まあ、オマケと言っても過言ではないか……。俺があげようと思って持っていたわけじゃなくてな……。昼間の行商人から逆に贈り返されたものだ」
「贈り返された? ミズミに?」
「ああ、元々はな」
少しばかり呆れるように答える彼女を見て、私は昼間の行商人のお兄さんのことを思い出していた。そう言えば……あのお兄さん、妙にミズミとの再開を喜んでいたなぁ……。
そう思うと、自然と口元が緩んでしまった。
「……もしかして……あの行商人のお兄さん……ミズミに気があるのかしら?」
その言葉に、彼女にしては珍しくため息交じりに額を押さえていた。
「……たまにあるんだよ。俺が女で行動していると近づいてくる男がな……。親切にしてくれるのはありがたいが……姦族みたいに体狙いじゃ無い分、邪険にしにくくて困る。……まあ今回の行商人には……おかげで助けられたがな」
そう答える彼女が少しばかり照れているように見えて、私はまだニヤけていた。やっぱりミズミ、綺麗だから言い寄ってくる男の人もいなくはないんだ。そう思うと、一つ気になることがあってまた問いかけていた。
「ミズミ、因みにハクライは……どうなの?」
そう、ミズミはこれだけ綺麗な女性だ。奴隷のふりをしてあっさり姦族を油断させていたくらいだもの。きっと多くの男性を魅了するくらいの魅力はある筈だ。そう考えれば、彼女の一番の側近、相棒の男との関係がなんとなく気になった。そうでなくとも、この美女は相棒には振り回されがちなのだから。
「……?……どう……というと?」
しかし私の質問に、ミズミは眉を寄せ本気で不思議そうな表情だ。
「え、あ、ほら、ハクライってミズミの事よく知ってるし、お互いをよく知る相棒なんでしょ? 所謂恋人みたいな関係とは違うのかな〜と思って」
私の言葉に、ミズミがだんだん呆れ顔に変わっていく様がまざまざと見えて、少しばかり私は笑ってしまった。
「ちょ、ふふ……何もそんなハッキリと嫌な顔しなくても」
「お前が変なこというからだろうが」
「でも、恋人とは違うんだ?」
私の立て続けの問いかけにミズミはあっさりと答えた。
「ああ、違う。そもそもハクライは俺を男と思っていた間も、それでも俺に協力的な奴だった。俺が女だと知って側にいるわけじゃない」
ミズミのその言葉から、彼に対する信頼が垣間見えた。女と分かって近づいてくる男には、彼女はいい顔をしないけれど、きっと相棒の男は違うのだろう。尤も、時折ハクライもミズミを女性として意識して発言や行動することもあって、そういう時は必ずミズミが不機嫌であることも見てきたから、本当にミズミは自分を女性扱いしてくる男性は苦手なんだろう。
「……ミズミって……もしかして男嫌い?」
単純にそんな疑問が湧いて軽く問いかけた言葉に、茶髪の隙間から瞳を紫色に揺らめかせて彼女は答えた。
「もしかしなくても男は嫌いだ。大抵女には貪欲で醜い音しか響かせないからな。特にそういう目的で女を乱暴に扱う輩は嫌いだ。殺したいくらいにな」
明らかに怒りを覚えている彼女の言葉に、私は心配な気持ちが引き寄せられていた。彼女がここまで男嫌いなのは……やはりこの大陸で生きている間、彼女の身にも何か辛いことがあったからじゃないだろうか……。でもそう思うと、逆に彼女に何があったのかは聞きにくくて、私はただ無言で俯くしかなかった。
でも……と、同時に違う気持ちも湧いてくる。
彼女は男嫌いというけれど、世の中、そんな悪い気持ちを持った男性ばかりではない筈だ。それは彼女が信頼する相棒もそうだし、先程の行商人さんもだ。折角綺麗で強くて良い女性なんだもの。ミズミが女性として生きて誰かいい男性を、人生の伴侶を求めてくれても良いような気がするな……なんて世話焼きな気持ちが湧いてしまう。
「……ティナ、俺のことはいいから、折角の服だ。着てみたらどうだ?」
先程よりも声色が明るくなったミズミから、そう声をかけられる。私はじっとその服を見ていたが……
私はぱっと顔を上げ、ミズミに向かってニッコリと微笑んだ。
「ミズミ、一つお願いがあるの」
私のその言葉に、茶髪の美女は目を丸くして瞬きした。