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邪悪な王は偽れる  作者: Curono
第1章 凶暴な美女、記憶喪失の女
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凶暴な美女2

急な彼女の変化に私も思わず動きが止まる。体を動かさず、彼女は小さく口元だけを動かした。

「……ティナ、用心しろ。来るぞ」

 その刹那だった。ミズミが視線だけを投げていた木の影から、長いツタのようなものが勢い良く伸びてきた。私がそれに気がついた時には、既にミズミがそのツタを右手で捉えていた。ツタはミズミの腕に触れた途端、動きを急に変えて彼女の腕に巻き付いた。

「ミズミ!」

「魔物だ、お前は下がっていろ」

 状況の割にミズミは冷静な声色だった。ぐいぐいとツタは彼女の体を引いている。ミズミは両足に力を込め、安易に引かれないように既に体制を構えていた。引いても獲物が動かないことを察したのか、また木の影からもう一本のツタがムチのように飛び出してきた。しかし彼女は全く動じることなく、続けて左手でそのツタを掴んだ。右手の時と違い、ツタの先端を掴まれ、今度はツタの方が彼女の腕に絡まることができない。しかし二つのツタでミズミを引く力は倍になったようだ。足が地面を削りながら、ミズミの体が木の方へを引きずられていく。

 ――いけない、このままじゃミズミが魔物に捕まっちゃう――! それに気づいて、私は思わず彼女の体を押さえようと走り寄る。

「ミズミ! 危ないよ!」

「来るな!」

 そんな私を強い声で一喝するミズミは、私の方をちらと振り向いていた。私はミズミの顔を見て呆気にとられた。

 彼女は笑っていたのだ。この状況下で。

「見てろ」

 ミズミは体を引かれながらも余裕の表情だ。微笑を浮かべながらも木の影にいるであろう魔物を睨むその瞳が、ゆらゆらと燃える。気づけばその瞳はアメジストのように怪しく紫色に輝いていた。

『スィ……』

 空気を吸い込むように彼女が口にしたその言葉は、何故か呪文のように聞こえた。途端、急にツタを掴む彼女の腕の動きが止まる。見ればツタがピンと張ったまま震えている。

「……もしかして……」

 私は思わずツタとミズミを交互に見ていた。ミズミのツタを引く力とツタがミズミを引く力が拮抗しているんだ。いや寧ろ――今となってはミズミの引く力の方が強いのだろう。彼女がツタを引けば引いた分、彼女の腕に絡まるツタの長さが伸びていく。

「……どうやら、肉食植物のようだな」

 冷静にぽつり呟くと、ミズミは冷たい微笑を浮かべた。

「仕留めるか」

 いうが早いが、ミズミは勢い良くツタを両腕で引いた。風を切る音を響かせ彼女の腕が素早くツタを引いたかと思うと、続けてブチブチとツタが引き裂かれる音がした。引きちぎれたツタは私達の足元で激しくのたうち回る。まるでトカゲの尻尾のようだ。

 しかしミズミの動きはそれで止まらなかった。私が足元に気を取られるその一瞬の隙に、彼女は木の影に跳び込んでいた。引きちぎれたツタの根本を遠慮無く掴み取るとそのまま腕を振り上げる。と、同時にその胴体が彼女の頭上に姿を現した。頭を一口で飲み込めそうなほどの巨大な唇のような肉厚な花びら、その下に無数に伸びる牙のような刺――その奥から悲鳴のような音を上げてボタボタと何かの液体を吐き出している。

 そんな様子には目もくれず、彼女は持ち上げたその巨大な醜い花を、そのまま力任せに背後に投げつけた。果実が砕けるような鈍い音が響いて、巨大な花のその半身は地面に激突した時に砕けてしまった。断末魔の悲鳴のような音をだす花の中心目がけ、ミズミは容赦なく片足を踏み下ろした。また果実の砕けるような音がして花の姿が砕けると、わずかに痙攣するように花びらが動くだけとなった。どうやらこと切れたようだ。

「す、すごい、ミズミ……だ、大丈夫?」

 しばらく呆気にとられていたが、彼女が腕についた液体を払いのけながら歩み寄ってくるのに気づいて、私も歩み寄る。

「ああ。少々消化液を食らったがな」

 そう言って腕を払う彼女の右腕は、赤く腫れていた。もともとの肌が白いだけにその赤が痛々しい。私は慌ててその腕を掴んだ。

「お、おい……?」

 私の行動にミズミが驚いたような声を上げる。それに構わず私は彼女の腕を引いて走りだした。

「おい、ティナ! 急にどうした?」

「どうした、じゃないよ! これ、酸性の消化液でしょ! 早く洗い流すの!」

 私は水の音のする方向にそのまま駆けて行く。予想通り水の音のする場所には、湧き水が溢れて小川を作っていた。そこに勢いよくしゃがみこむと、つられてミズミもしゃがみ込む。そのまま彼女の腕を小川に押し付けると、水の流れにドロドロの消化液が流れていった。

「……っ」

 ミズミが私の隣で口の端から小さく声を出す。きっと水が傷口に染みたのだろう。

「ふふっ……ちょっと痛かったかな」

 ミズミの反応に思わず私が笑うと、隣で小さく舌打ちする音がした。

「まさか」

 そう答えるミズミにちらと視線を向けると、少々不機嫌そうな表情を浮かべてバツが悪そうにしている姿が目に入った。それがなんだか面白くて、思わず私は肩を震わせていた。

「ただの火傷みたいなもんだろうが。大げさな……」

「怪我には変わりないでしょ」

 私の言葉に、ミズミが観念したようにため息をついていた。






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