奴隷商人の街へ4
はっと目が覚めて、私は思わず自分の体に意識を向けていた。体中が砕けるような感覚が妙にリアルで、自分の体が無事かと思わず確認していた。腕、足、首、そして頭……。何処も痛くないことを感じて、私は安堵のため息を付いた。体を起き上がらせれば、自分が汗だくになっていることに気付く。
「ゆ、夢……かぁ……」
夢で良かったけど、それにしても嫌な夢だった。ものすごい不安感、落ちる感覚、そして何より、妙に胸を締め付けるあの声……。夢を思い出して私は深く息を吸う。あの声……ミズミ……だったのかな……。
そこまで思って、現実であんなことがあったから、あんな夢を見たんじゃないかじゃないかと思い出した。
私は確か……ミズミを庇って落とし穴の罠に落ちて……
――そうだ、強族のお城に潜入して、奴隷狩りに遭っていた女の子たちを助けに来たんだ。その最中に私だけそんな目に遭って落とし穴に落ちたけど、さほど……というより落とし穴の真下がベッドだったから全く傷はなくて、驚いている間に、また妙な体の魔物みたいな男たちが来て、縛られて、担がれて、馬車に乗せられて、その後船に乗せられて、その後はまた馬車みたいなのに乗せられて――
「……で、この場所にいるのか……」
と、私は辺りを見回した。
今までとはまるっきり雰囲気が、空気が、何より気候が違う。一昨日まではものすごく寒い雪国って感じだったけど、今いる場所はどちらかと言うと乾燥して、少しばかり暑い気温だ。今いる部屋の作りも全然今までと違って、土色のレンガ造りで、家中茶色ばかり。少しばかり砂っぽい感じから、もしかしたら砂漠地帯なのかな、なんてことが頭をよぎる。というのも、船から降ろされてすぐにまた馬車みたいなものに乗せられて、外の様子をちっとも見れていないからなのだ。
「船で一晩明かした時は夢見なかったけど……ようやく夢見れたと思ったら、妙に現実っぽいし……何より……」
と私はまわりを見回して思わずため息を付いた。夢の話を聞いてくれるミズミが今はいない。それだけで、胸の奥がきゅっとなるくらい心細かった。彼女は強いから、側にいれば安全だという安心感もあるけれど、それよりも私を理解してくれる一番身近な人だった。そんな人物が側にいないだけで、随分と不安は強くなる。そんな不安感が、あんな夢を見せたのかしら……?
そんなことを思っていると、今いる部屋がようやく明るくなってきた。朝日が昇ってきたんだ。夜中にこの部屋に入れられた時は、本当にろうそくの明かりくらいしかなくて、よく見えなかったけど、こうして日の光で部屋を見れば、いかにも牢屋といった雰囲気の部屋だ。砂レンガで作られた壁、レンガの床に直に敷かれた薄い布、恐らく便所代わりの壺、そして高い所にあって手の届かない細い窓、目の前を無機質に塞ぐ金属製の柵……。うーん、やっぱり、いかにも牢屋、って雰囲気だ。
私は牢屋の柵に歩み寄って、自分の牢以外を覗いてみた。見れば右にも左にも、大きな牢が続いているし、恐らく私のいる牢の左右どちらにも同じ様に牢が続いているのだろう。こうやって見ると、本当に囚人か奴隷を捕まえていそうな牢屋だけれど、でも不思議なことにどの牢屋も空っぽで、人影は見えなかった。一部の牢なんかは、最近瓦礫を積んで直したような壊れた跡もあるし、もしかしたら結構古い牢なのかもしれない。唯一私の隣の牢屋に誰かがいるようで、時折すすり泣くような声が聞こえている以外、本当に人の気配がない。泣いているのは、一緒に連れられてきた女の人じゃないかしら。船に乗って来た時も馬車っぽいので移動した時も、女性は私と、その女の人だけだったからなぁ……と、そんなことが頭をよぎる。
急に何処かの扉が開く音がして、人の歩いてくる音がした。思わず警戒して牢の柵から離れると、大柄な男の人がニヤニヤと笑いながら歩いてきた。私を雪国の牢から担ぎ上げていったあの妙な魔物みたいな男の人だ。すごく太い手足にゴツゴツした体つき、肌の色も岩みたいに茶色っぽい。それだけだったら体格のいい男の人みたいに見えるけれど、何よりも特徴的なのはその瞳だ。白黒反転したような瞳は、私を見るとニタリと気味悪く細められる。目が合うと妙に嫌悪感を覚えてしまうのは、その裏に奴らの下心が見えるからだろうか。
「お目覚めか、美人さんよぉ……。ぐふふ……本当にいい女だな……」
柵に掴みかかって私に顔を寄せてくる男に、思わず眉を寄せていた。柵から離れて距離は取っているけれど、それでもあの視線にさらされるのは正直良い気はしない。
「お前さんはドラーグ様も手を出さないって言ってたぜぇ、運が良かったな。またお得意様がやってくるから、その時までに薬漬けになってもらえれば十分よぉ」
そう言って大柄な男は私の牢に一枚の皿を差し入れた。恐らく食事なのだろう。見ればパンみたいなものが乗っているけど、妙に赤い。一緒に差し出されたコップの飲み物も水にしては赤くて、葡萄酒でも薄めたのかと思うような色合いだ。
私がそれらを警戒気味に見ていることに気が付いたのか、気味悪い男はニタニタと笑みを浮かべて舌なめずりして続けた。
「移動中はろくな食べ物も貰えなかったから腹も減ってるだろう? 遠慮なく食っていいからなぁ……」
そう言って柵から離れて、壁に遮られて見えない位置にまで男が歩いていくと、今度は違う牢に声をかけている声が聞こえた。
「お前さんは気の毒になぁ。今日からしばらくドラーグ様のお楽しみはお前さんだよ。ぐへへ……しっかりこれ食って準備しときなぁ……」
そう言って床に乾いた音がして皿が置かれると、また女性のすすり泣く声が響いた。
――やばい……。きっとあの女の人……奴隷として扱われるんだ――
それに気が付いて、私は緊張で心臓が速くなる。時間がない……。このままじゃ、あの女の人が酷い目に遭う……。なんとかしないと……!
私は出された食事には目もくれず、必死で周りを見回し、頭を働かせていた。
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