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邪悪な王は偽れる  作者: Curono
第3章 偽れる王、救出の女
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一夜3

「……出来るけど…………覚悟って、そっちのお願い? なんだぁ……ちょっとホントに期待してたのに」

 表情こそあまり変化はないが、しゃがんだ男は落胆したように唇を尖らせる。その言葉に、茶髪をサラリと零すように顔を横に傾け、あの眠そうな表情でミズミは口を歪めていた。

「フ……これでも、少しは演技してやったんだがな」

「演技でなくていいのに」

と、本気で残念そうに肩をすぼめる男をそのままに、女は受け取っていたコップの水を飲み干すと、空のコップをベッド横の小さなテーブルに置いて、今度はベッドに横になる。横たわった体制のまま深く息を吸いそれを吐くように言った。

「……ハクライ、いいか」

「いいよ。……って、ミズミ、その状態でやるの?」

 ベッドに横になる女に首を傾げる相棒の男に、流し目をするように女は視線を送る。彼女の表情はやはり眠そうで、薄っすらと笑うと尚の事女性らしく見えた。その上、あの薄着の姿のままなのだから、随分と魅惑的な状況だ。

「ああ……」

 男の問いかけに、吐息のように小さく答える女をまたじっと見つめ、男はまたも呟いた。

「……なんか、誘われてる気分」

「フン……所詮お前も男だな……」

 何処か嫌悪感を感じさせる物言いに、言われた男はようやく表情を変えた。眉を少し寄せて口をへの字にしてため息をついていた。

「アイツらと一緒にすんな。俺、手は出すけど強引にはやらないよ」

「……手は出すのかよ」

 男の発言が、その言い方が面白かったのか、目を閉じたまま女は口元を緩めてかすかに笑っていた。その表情を見て、笑われた男も表情が緩む。

「……ミズミ、もしかして……眠い?」

問いかければ、またも女は色っぽく吐息を吐くのだが、しかしその言葉遣いはいつもどおり、女性というよりは男性らしい。

「……だるくてな……。正直言うと……もう眠い……」

「……珍しい。やっぱり……まだ本調子じゃないのかな」

 男まで伏し目がちにそう呟くと、一つ深く息を吐き、何かを決心したように立ち上がった。そして、一瞬首を傾げて考え込むようにした素振りの後、ミズミが横になるベッドに腰を下ろし座り込んだ。その体制から、少しだけ体をひねるようにして腕を彼女の左の耳元に置くと、もう片方の腕を、長い前髪に隠れた右耳に伸ばし、それをつまんでいた。

「…………」

 それを横目で確認して、既に瞼を閉じかけている茶髪の女は小さく呟いた。

「……俺も触れた方がいいのか?」

「できれば」

 その短いやり取りの後、ミズミは横になった体制から、男の左耳に腕を伸ばした。ベッドに横なったままの女の上半身に覆いかぶさるような体制で、ハクライが真下の彼女を見つめる。動けばサラリと彼の長い黒髪が零れ、女の肩に伸びていた。

「呪文、前と同じ?」

「ああ……頼む」

 ミズミのその言葉を合図に、二人はお互いに視線を合わせ、タイミングを図って同時に息を吸った。

『クァユ』

 その直後、お互いに触れている耳がふわりと光り、ミズミの体が一瞬だったが薄っすらと光った。その直後女は深く息を吸い、肺に十分空気を行き渡らせるようかのように暫し間をはさんで、ようやくそれを吐いた。その吐息は、自分を見下ろすように覆いかぶさる男の頬をくすぐった。

「……少し……マシになったか……」

 言いながら耳に触れていた手を下ろして目を閉じるミズミに、そのままの体制でハクライは右耳から指を離し、そのまま彼女の耳元に腕をついていた。

「回復の術……必要だったら言ってくれればよかったのに。昨日、いや一昨日の時だって手伝ったよ?」

 男の言葉に瞳を閉じたままの女は鼻を鳴らしていた。

「そこまでじゃない……」

「そーかなぁ……」

 まるで彼女をベッドに押し倒したかのような体制のまま、じっと女の顔を見ているハクライだったが、そんな男を気にする様子もなく女は目を閉じて胸を上下させていた。そして暫しの間を挟んで、ミズミは小さく囁くように呟いていた。

「……にしても……ハクライ……このピアスは何なんだ……? 俺も聞かなかったが…………俺に……託したのも……何か理由が……あるんだろ……」

 その問いかけに、長髪の男は珍しく優しい笑みを浮かべていた。

「……あるよ」

「……ハク……術……感謝する……」

そう囁くように呟いて、それ以上の会話は続かなかった。程なくしてミズミが規則正しい呼吸をしていることを察して、長髪の男はその体制のままわずかに唇を動かしていた。

「……ミズミ……それは………………だよ……」

 真下の寝ている相棒に、男は小さく囁いた。聞こえる筈もないその言葉を吐いて微笑む男の表情は、いつもの無邪気さとは違う空気が漂っていた。

しばらくそのまま相棒の女を見つめていた男だったが――ふと気付いたように何度か瞬きして――うなだれるように頭を下げて、深いため息を付いた。

「…………寝ちゃった……。ちぇ、ホントに手ぇ出しそびれた…………けど」

と、更に女に顔を近づけて、その規則正しい寝息が溢れる口元に唇を寄せて囁いた。

「……術のお代は……もらってく」

 その直後、女の顔に更に顔を寄せ、暫し動かずにいる男の姿があった。



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