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邪悪な王は偽れる  作者: Curono
第3章 偽れる王、救出の女
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一夜2


「はい、ミズミ」

 部屋に入るやいなや、ぼうっとしている女をベッドに座らせ、長髪の男はコップに水を持って近づいた。

「なんか……悪い。体大丈夫?」

 コップを受け取る女が、何処かおぼつかない様子であることを見て、男は心配そうに顔を覗き込んでいた。ベッドに腰掛けた女は眠そうな顔で深く息を吸い、それを静かに吐く。男の言葉ですら聞いているのか怪しい様子だ。そんな彼女の目の前でしゃがみ込み、下から見上げるような体制でハクライがじっと顔を覗き込んでいた。その視線にようやく気がついた女は、ちらと視線を向けて呆れるようなため息を付いた。

「……このだるさがなければ、即座に殴ってるところだよ」

「殴られなくてよかった」

 女の発言に素早く返す男は、かすかな笑みを浮かべて女に顔を近づけた。それをまだ熱の残る頬を紅潮させたまま細目で見つめ、少しだけ首を傾ける様子は、随分としおらしく見える。首の傾きに合わせ、頬に当たる長い前髪がサラリと流れた。

「今日のミズミ、なんかいつもより綺麗」

 ぽつりと真顔で目もそらさずに呟く男に、女は少しだけ目を丸くした。しかしすぐに鼻で笑うと更に首を傾けた。

「褒めてるつもりか」

「うん」

 迷いない素直な反応に、ミズミはうなだれて深くため息を付いていた。

「相変わらず、お前は読みにくい。……俺は正直困るんだがな」

「ねえミズミ、もしかして薬のせい?」

 唐突に話題を変える男に、女はちらと上目遣いをするように男を下から見上げた。いつもなら睨みつけるような表情になる女だが、この日ばかりは雰囲気が違っていた。

「……さあな」

「さっきメイカと話してた時、前にもこの薬…………えーっと……」

「媚薬」

「そう、それ。飲んだことあるって言ってたけど、なんで? あの薬って確かアイツらみたいな男が、女犯す時によく使う薬でしょ? ……もしかしてミズミ、そういう目にあったこと……あるの?」

 更に顔を近づけ、声を小さくして静かに問う男の様子は、何処か心配している様に見えた。その声色を察してか、ミズミは目を閉じて俯いてまた息を吐く。

「この大陸で生きてりゃ、そういう目に合うことも日常茶飯事だろ」

「……やられたの?」

 ふっと頬に何かが触れて、思わず女は顔を上げた。正面から迷いなく見つめてくる漆黒の瞳と目があって、動きが止まっていた。そんな彼女の頬を、ハクライは指先だけで触れていた。表情こそ読みにくいが、その優しい仕草は彼女を気遣っているように見えた。

 暫しの沈黙を挟んで、茶髪の女は眉を寄せて視線を外した。

「……そんな音を出すな。薬を飲まされて、犯されそうになったことくらい数え切れないほどある。そこは他の女と同様だ。だが――」

と、そこでミズミは自分の頬を触れていた男の指をそっと払い、あの瞳を紫色に燃やした。

「この俺が簡単に犯せると思うか? 襲おうとしてきた男は、事にり着く前に殺している。全員な」

 そう言って微笑む女は、あの冷たい表情に戻っていた。邪悪に口元を歪める女の顔には、今ここにはない、過去襲ってきた男共に対する激しい憎悪が垣間見えた。

 そんな怖い表情の女を見て、逆に長髪の男はホッとしたように笑っていた。

「……ミズミが強くてよかった」

「……逆に心配されるほど、俺は見くびられているのかと思ったよ」

 また首を傾げるように傾ける女は、あの邪悪な表情は消え、呆れるように口の端を歪めていた。そんな女の言葉に、長髪を揺らして男は首を振る。

「まさか。でも、あの薬飲んだことあるって聞いたから、ちょっとだけ心配したんだよ」

「フン、お気遣いどうも」

「じゃ、俺が手を出せたら、ミズミにとって初めてになるのかな」

 ニコニコと無邪気にそんな事を言う男に、女はその顔を見つめたまま、目を細めて軽くため息を零していた。

「あれ、殴ってこないね」

 いつもならそんな発言をすれば即座に殴られている男は、少々目を丸くして拍子抜けしている様子だ。そんな男に茶髪を揺らすように顔を近づける女は、わざとらしく男の頬に吐息を吹きかけていた。あまりそんな色っぽい素振りをしない彼女にしては珍しい行動だ。

「今の話を聞いた上で……その発言か?」

 試すように更に女は顔を近づける。男の鼻に鼻の先が触れそうなほど近づけば、切れ長の瞳を丸くして、男は二、三度瞬きした。そんな男の唇を見つめながら女は囁いた。

「……ハクライ……お前、覚悟は出来てるんだろうな……」

 いつもの冷徹な雰囲気ではない。言葉こそはいつもの口調だが女の囁くその声色は、今の外見と相まって尚の事甘い囁きに聞こえる。そんな誘惑のような囁きに、何度か瞬きして男はぽつり呟いた。

「期待したい方の覚悟はある」

 すると女は伏し目がちのまま、ゆっくりと更に男に顔を近づけ、彼の横顔にその唇を寄せてくる。垂れ気味の瞳が、そのぼんやりとした表情が、女を艶かしい様子にさせていた。そんな目の前の女を横目で見るようにして男がじっとしていると――

「…………を……出来るか……?」

 男の耳元で女は何かを囁いていた。その言葉に男はまたも何度か瞬きをして、ようやく顔を横に向け、女の表情を正面から捉えた。


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