従者の名案1
この街でやるべきことを片付けて、本当に三人は宿を探していた。向かうべき奴隷商人の屋敷へは広い砂漠を越える必要があり、とても徒歩では向かえなかった。しかし明日にならなければ砂漠用の足となる砂トカゲが借りれないとわかり、この日はその行き方を確保して、明日に備える手はずとなった。姦族ばかりが多い街ではあったが、一つ安全そうな宿を見つけた。鬼族の若い男が営んでいる宿屋だった。茶色の砂レンガで作られた建物は、家具も装飾も少なくこざっぱりとしており、宿屋にしては簡易的だった。しかし民も土壌も荒れたこの土地では、逆に都合がいいようにも思えた。
「この辺りでも商売をやりに来る同族はいますからね。彼らのためにも、安全な宿を作りたくてね、仲間とともにここにきたんです」
ハクライが鬼族であることを知り、店主はこの宿屋を始めた経緯を話してくれた。
時刻は夕食時だ。砂漠の魔物を調理して出された大皿料理を食べながら、ハクライ、ウリュウは店主と話をしていた。そんなハクライの隣では無言で小皿に乗った料理を食べている美女――奴隷のふりをしているミズミも同席していた。
「へー、すごいな、こんな場所で宿屋できるなんて」
素直に感心してハクライがそう言うと、店主の鬼族は苦笑気味に首を振る。
「生憎誰でも安心して、とは行きませんけどね。同族でも女はこの辺りに来ないように伝えています。女が宿に泊まっているのを知っただけで、アイツらはそれを狙って宿に泊まりに来るくらいですから」
その言葉に、ハクライとウリュウは食堂全体をぐるりと見回した。彼らの視線に気付いて、慌てて視線を外す何人かの男どもに気がつく。いくつかの男どもは彼らと視線があっても、ニヤニヤと笑っている者すらいる。
「……やれやれ、まーだ女狙ってる奴いるんだ〜」
男どもの狙いがミズミであることを察して、ウリュウが呆れ気味に目を細めると、ハクライは隣の美女を覗き込むように見ながらため息だ。
「手ぇ出せるわけないのに。ね?」
その言葉に茶髪の女はチラと視線を男に向けるだけで、黙々と食事を進めていた。
「女性をお連れですから、お気をつけください。油断すると襲われますから」
声を低くして警戒気味に言う店主に、細身の男はヘラヘラと笑って答えた。
「ご心配なく。こう見えてボクも主も……強いので。そこらの姦族なんかにやられませんよ」
明らかに後もう一人も強いので、と言いたそうなところを飲み込んで細身の男が微笑む。
「……ならいいんですが……。部屋に鍵は勿論付いていますが、水浴びや用足の時には特にご注意ください」
そんな警告を貰って、三人は食事を終えた。
「それにしても、ホント姦族はうざったくて嫌だねぇ」
部屋に戻る道の途中、ウリュウは心底嫌そうに呟く。そう言っている間にもすれ違い際に一人の姦族が、男二人の背後にいる茶髪の美女を見て足を止めていた。
「へへ……なんだ、いい女だな……」
そう言ってミズミに一歩近付く様子に、彼女が睨みつけるよりも早く、彼女と姦族の間に女の相棒が割り込んだ。それに気付いた姦族の男が視線を上げれば、無表情ながら威圧感むき出しで視線を向ける長身の男の姿があった。しかもその瞳は細長い瞳孔がギラリと光り、それはまさに獲物に攻撃を仕掛けようとする肉食の獣のようだった。
「じょ、冗談だよ……」
たちまち足早に彼らから離れていく姦族に、再び細目の男が呆れるようにため息を付いた。
「いやぁ、ホントにうざったい」
「……だったらさっさと部屋にいけばいいだろ」
廊下に彼ら三人以外誰も居なくなったことを察して、ようやくミズミが口を開く。俯きがちだった顔を上に向け、首をふるようにして髪を分け視線を投げる女に、細身の男ではなく黒髪の男の方が口を開いた。
「……ねぇ、ミズミ、その格好止めない?」
「……なんだ急に」
相変わらず話の振りが急な男に、ミズミは困惑気味に目を細めて問いかけた。
「だってその姿、アイツらじーって見てくるからさ。俺、なんかヤダ」
「それが狙いだ。好色な男どもがよってくれば、情報も聞きやすかろう。あの奴隷商人のところにも行きやすい。だからいいんだよ」
しかしその説明に、長髪の男は何処か不納得気味な表情だ。唇を尖らせるくらいにして逆に問いかけていた。
「そこは分かるけどさ、ミズミはその姿、あんなにジロジロ見られていいの?」
「いい訳あるか。嫌に決まってんだろ」
「じゃあ、上にもう少し服着よう。そうすればあの視線は避けられるじゃない」
との男の言葉に、ミズミもウリュウも瞬きして少々呆気にとられている様子だ。
「……なんだ、ハクライ……。俺を気遣っているのか」
「ホント〜、てっきりハクライのことだから、今のスティラ様の姿見れてやった〜ってくらいにしか考えてないかと思ってたのに〜」
二人それぞれに反応に、黒髪を揺らすようにして男はため息一つ挟んで答えた。
「だって今のミズミの姿、他の男に見られるのは嫌じゃない。俺だけが見れるならまだしも……」
「……結局見たいのかよ……」
「あはは、独り占めしたいだけか〜」
怒りで震えだす女と笑って肩を震わせる男に、長髪の男はまたため息を付いていた。
「でも部屋に行ったら、今日はミズミを可愛がってもいいんだよね」
「あはは〜勿論〜。なんてったって、主様の奴隷ですから〜」
などとハクライの言葉にウリュウが乗っかってそんな発言をしている背後で、今度はあの瞳を紫色に揺らめかせている女が立ち止まっていた。
「……お前らな……部屋についたら覚悟しておけ。二人まとめて相手してやる」
明らかに意味の違う発言に、前の男二人は少々足早に部屋に向かうのだった。