偽の奴隷再び3
砂漠の町は四角いレンガ造りの家ばかりが立ち並び、時折小さな出店が道の脇に並んでいた。町を出歩くのは多くが男ばかりで、女性の姿はほぼ見当たらなかった。街を歩く男の殆どが似たような肌の色に大柄な体格で、それがこの辺りの一族の特徴なのであろうことが覗えた。
そんな砂漠の町に入った途端だ。街の男どもが一斉に視線を向けていることに、男二人はすぐ気がついた。じとりと舐めるように街の男どもが視線を向けるその先には、茶髪の絹糸のような髪を風に遊ばれ、俯きがちに歩く薄着の女の姿があった。垂れ気味の瞳を縁取る長いまつげ、長い鼻筋に整った唇、そして細身だが色白で、ふっくらと柔らかそうな胸をかろうじて隠す下着のような布をまとった薄着の姿。好色な男どもが注目しない筈がなかった。
「流石、姦族だねぇ。女に対する反応がいちいちウザったいや」
視線を向けてくる男どもが、どれもこれも同じ種族であることに気づいて、ウリュウが唇の端を歪めて言い放つ。その間にも連れている女に興味を持った男どもが二、三人早速歩み寄ってきていた。
「いい女を連れてるじゃねーか。お前の女か?」
問いかける男に、ハクライとウリュウは視線を向けた。
歩みよってきた男は誰もが特徴的な瞳をしていた。黒い眼球に白い瞳孔と、瞳の色が反転している。そして額とつながったような高い鼻のいかつい顔つき。体つきもいかつく、太くゴツゴツとした四肢に茶色の肌。これらは闇族の民の一つ、姦族の大きな特徴だった。長い舌をちらりと覗かせ、舌舐めずりしながら女を見る様子は、既に興奮気味に見えた。
背後の女が表情こそ見せないが、明らかに嫌悪感むき出しの禍々しい空気を醸し出しているのを感じながら、ハクライが男どもに視線を投げて答えた。
「そ、俺の女。近づくな」
言った直後、背後の女が一瞬足を小突いた。尤も小突いた、と言ってもそれは彼女からしたらの話だ。小突かれた方は思わず前のめりによろめくほどの勢いがある。
(誰がお前の女だっ。奴隷だっつってんだろーが!)
声ではなく、直接言葉が頭に響くような声がする。ミズミのエンリン術による念話だった。その念話に、長身の男も即座に気持ちを言葉にして心に思い浮かべる。
(似たようなもんじゃない)
(違うっ‼)
念話とはいえ、強い思いは頭がガンガンするほどの響きになる。思わず瞳を閉じる長髪の男の目の前で、ウリュウが助け舟を出していた。
「我が主の奴隷ですよ。綺麗な人でしょう。こんな上玉、そうそういないからねぇ。高く買ってくれそうなところを探していたんですよ」
細目を更に細めて薄っすらと笑うウリュウの説明に、姦族の男どもはちらりと互いに視線を交わしていた。
「ここいらで一番高く買い取るとしたら、ここからずっと南に下ったとこにある奴隷商人のドラーグ爺さんの所だろうな」
「ドラーグ?」
反射的に問いかけるウリュウの頭にも声が響いた。
(俺が忍び込んだ奴隷商人の名前だな。おそらくティナもそこに行く筈だ)
ミズミのその念話にウリュウは薄っすらと口の端を歪めた。
「なーるほど。じゃあ、そのドラーグさんってところに行けばいいわけね。ありがとう」
そう言って街の奥に入ろうと一歩踏み出す細身の男に、姦族の男どもが肩に手を伸ばしてニタリと笑った。
「俺たち、その爺さんを紹介してやれるぜぇ。どうだ、俺たちにその奴隷渡さないか。代わりに売ってきてやるよ」
そう言って肩を組もうとする男に、細目の男の反応は速かった。あのか弱そうな細身でありながら、くるりと身をひねり一瞬でその腕から逃れると、ぱっと腕をふるって男を突き飛ばしていた。体格差は二倍もありそうな男が一瞬で突き飛ばされたものだから、残る二人の男が思わず目を丸くする。
「ご親切にどうも。でも生憎、女性に対して抑制の効かないキミタチを信頼する気にはならなくてねぇ。二度と声をかけないでもらえるかな」
口の端を片方だけ歪め笑みを浮かべてこそいるが、その表情は冷ややかだった。そんな男に苛立ったのか、残る二人の男がその表情を怒りに染め一歩歩み寄ると、今度は長髪の男がため息を零した。
「君等じゃメイカには敵わないからやめときなって。怪我したくないでしょ」
「うるせぇ! 舐めやがって!」
たちまちその怒りの矛先をハクライに向け、二人の男はその拳を振り上げるが、当然それは長髪の男には当たらなかった。ひらりと余裕でそれをかわすと長髪の男は腕を構えもせずかわしたその体制から素早く足払いを一発、対する男の足に繰り出していた。バランスを崩した男が倒れている間に、ハクライは回転した体制からそのまま膝蹴りを別の男に繰り出して同じく二人目を地面に倒していた。起き上がろうとする二人の目の前には、鋭い爪を下に向け、静かに見下ろしている男の顔があった。
「これ以上刃向かうなら、俺も相手するけど。今なら帰ってもいいよ」
いつもの間抜けな口調だが、その声色には威圧感があった。見上げれば無表情なその瞳は座っていて、冷たい色を放っていた。その目に迷いはない。間違いなくこれ以上歯向かえばこの男は容赦なく攻撃を繰り出す筈だ。恐らく加減せずに。
その空気を感じ取った三人の姦族は、愛想笑いを浮かべるくらいにしていそいそと立ち上がった。
「……じょ、冗談だよ……。へ、へへへ……」
「じゃ、じゃあ俺たちはこれで……」
そう言ってそそくさと立ち去る男どもを見て、ウリュウが呆れがちにため息を付いた。
「全く、欲に目がくらんで喧嘩ふっかける相手も見極められないクズなんだから〜。感じ悪〜」
「今の発言、どっちかって言ったら、メイカの方が感じ悪い」
即座にハクライが突っ込むと、その背後で茶髪の女はため息を付いていた。
「ミズミも大丈夫? だいぶ機嫌悪かったけど……」
思わず振り向く男に、女は鋭い目線を一瞬だけ向けまたも念話を飛ばす。
(名を呼ぶな、声掛けんな。奴隷のフリしてんだから気遣ってどーする)
その言葉に、ああ、と長身の男が思わず気抜けしたように肩を落とすと、細目の男がくるりと彼らに背を向け、街の中に歩きだしていた。
「さあ、ご主人。今日はここいらで奴隷商人の街までの行き方を探して、宿でも取りましょ。いい宿取りますよ〜。売る前に奴隷ちゃん、たーっぷりかわいがっておかないと」
途中まではいい感じで演じているウリュウだが、最後の一言が多い。早速余計な発言に女が反応していた。
(……メイカな……この仕事終わったら、たっぷりかわいがってやるから覚悟しておけ)
(やだなぁ、演技演技〜)
そんな念話をしながら街を歩きだすウリュウと、彼を睨みつけているミズミの間で、ハクライは頭の後ろで腕を組み、ため息を付いていた。
「……俺は本気でそれでいいけどなぁ」
(……殺すぞ)
「さて、宿探すか〜。さ、奴隷ちゃんおいで〜」
聞こえていないふりのまま、奴隷のフリしたミズミの腕を引き、ハクライも街の中を歩いていくのだった。