偽の奴隷再び1
翌朝、まだ朝日が昇ったばかりの凍てつくような寒さの中、細目の男は細い体を自分で抱きしめるような体制のまま、雪の上に足で何かを描いていた。
一晩宿で休んで、起きたらすぐだった。ウリュウは主であるミズミに即命令されたのだ。
「起きて早速だが、砂漠地帯に行くぞ。メイカ、転送魔法を頼む」
頼む、という言い方は、もはやさっさと作れ、という命令形である。即座に動かなければ男の主は彼を不満げに睨みつけるのだから。彼女との短い付き合いの中で、命令されたらすぐ動かなくてはいけないことを、ウリュウは身を持って経験してきたのだった。
「やれやれ。朝食くらいゆっくり食べたいんだけどねぇ〜」
文句を言いつつも転送魔法の準備を進める男の後ろでは、マントを羽織り凍るような気温の中、寒さに身を震わせることもなく仁王立ちしている彼の主、茶髪の美女ミズミが鼻を鳴らしていた。
「飯はあちらで食えばいいだろ」
「暖かいところで美味しく食べたかったんですよぉ〜。あそこの食堂、スープ美味しかったのになぁ〜」
主に向かって悪びれる様子もなく愚痴を零す男に、主は怒ることもなく、ニヤリ笑って余裕の表情だ。
「じゃあ、砂漠地域の砂入りパンでも食うか。あれはなかなかな食感だぞ」
「ジャリジャリいいそうだねぇ……。遠慮しときます」
「へぇ〜、じゃあ俺食べてみようかな」
などと呑気な口調で口を挟むのは、ミズミの背後でしゃがみこんでいるハクライだ。彼の方はしゃがみこんで体を丸めるくらいにして、少々寒さを我慢しているような雰囲気だ。
「ハクライってば〜、そんなの食べてみたいなんて悪食だねぇ〜」
「アクジキって何?」
仲間の男のからかいに瞬きしながら見上げてくる男に、相棒の女は茶色の髪の隙間から彼を見て少しだけ唇を歪めた。
「悪趣味な食事をするって意味だよ。何でも食う奴のことを言う」
「失礼だなぁ。なんでもは喰わないよ」
「喰族じゃ、一般的には悪食と言われても文句言えんだろ。あんな不味そうな強族をバリバリ喰ってりゃ悪食だ」
「そっか、確かに」
そんなやり取りをしている間に、ウリュウは雪の上に転送魔法を作り終えたようで、完成した魔法陣が雪の上で光の線を天に向かって揺らめかせていた。
「一方通行、一度きり。乗ったら最後、ここには戻ってこれないよ。あーあ、スープ飲んでから乗りたかったなぁ」
文句一つ挟んで転送魔法から一歩離れる細目の男は、ため息交じりに彼女に振り向いていた。そんな自分の従者には目もくれず、ミズミは転送魔法に向かって歩み寄りながら背後の男に声をかけていた。
「全部の仕事が落ち着いたら、またここに来ればいいだろ。ハクライ、飯は貰ってきたか?」
「はーい、七人前くらい貰ってきた」
「お前ら分か」
「ミズミには果物多めにもらっといたよ」
「ご親切にどうも」
少しだけ柔らかく口元を緩めるがそれも一瞬、光り輝く魔法陣に足を乗せると、茶髪の美青年に見える姿は薄っすらとぼやけるように消えていった。
それを見ながら黒髪の男もその後を追い、最後に細身の男がそれに乗った。
「やれやれ、今度はどんなところでどんな騒ぎに巻き込まれるのやら」
呆れながらも、何処か楽しげに口元を歪める男が光に飲まれると、その魔法陣は光が消え、それと同時に自体の姿も消しているのだった。