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邪悪な王は偽れる  作者: Curono
第2章 戦う女、相棒の男
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強族の王2


 その間にも彼らの戦いは始まっていた。ハクライはミズミに指示されたとおり、あの大男を取り巻く部下たちをたった一人で相手していた。手に武器を持ち、鎧を着込む体格のいい男たちの中に、単身突っ込んでいく彼の姿は、時折長髪が激しく揺らめいて見えた。素早すぎる動きに敵が翻弄されていく直後、彼の動線を表すかのように黒い髪が流れていく。それを見ている間にも、部下の内一人がハクライの腕に首をもがれていた。……あ、相変わらず速いしその仕留め方が残虐すぎてじっとは見ていられない……。

 一方のミズミは、あの大男の攻撃をひらりひらりとかわし続けていた。大ぶりに振りかざす斧の攻撃は、一撃の重さも凄まじいけれどその重さの割に素早い。あのミズミですら、それをかわすだけで精一杯のように見えた。思わず私は心配で両手を握る。

「ふははは、どうした、闇族王! かわしてばかりでは勝てんぞ!」

 攻撃を仕掛け続ける大男は、挑発するように高笑いしていた。ミズミはと言えば、茶髪のすれすれを斧がすり抜けるほど、本当に紙一重のところでかわしている。その表情は瞳だけがギラついて無表情の中に冷徹な雰囲気があった。

 そんな彼女に、上に向かって斧を下から振り上げる大ぶりの攻撃を敵が仕掛けた時だ。ミズミは高く跳び上がると初めてその距離を大きく開けた。高く跳び上がって曲線を描いて着地した場所は、私の本当に目の前だった。しゃがむように着地したミズミのその白い頬につつ、と赤いものが流れた。

「ミズミ、頬……!」

 思わず心配になって私が漏らした言葉に、ミズミは何も反応せず敵をただあの紫色の瞳で見つめていた。

「ははははは、避けきれなかったようだな! 一度の傷が致命傷になるぞ」

 敵のその言葉に、私は嫌な予感がしてミズミの様子を探る。ミズミは立ち上がろうとして、一瞬だけよろめくように前のめりになって踏みとどまった。

「……成程な、毒か」

 その発言に私の方が焦るけれども、ミズミはと言えば表情は何一つ変わらない。焦る様子も怒る様子もなく、ただただ冷酷な瞳で敵を睨みつけるだけだ。

「喰族ですら体が腐る猛毒だ。並の者では数分としないうちに動けなくなり死に至る! ここが貴様の死に場所だ!」

 その言葉に、部下の相手をしていたハクライまでもはっとしたように相棒に向き直る。

「ミズミ!」

「ミズミ、すぐ回復する!」

 私は彼女の隣に走りよりその肩を掴むけれど、ミズミはそんな私には目もくれずその手をそっけなく払った。その動きに私は心配になるけれど、それは一瞬だった。彼女は敵を睨みつけたまま、小声で私に囁いた。

「攻撃は止めん。俺の動きを追って術を使え」

 その直後だった。ミズミは素早く床を蹴ると、そのまま目の前に大男に突っ込んでいった。その動きが早すぎて、一瞬私の目の前に風が起こったほどだ。本当に毒が効いているのか疑うほどの動きだ。

 驚きはしたけれど、彼女の期待に対して答えたい気持ちの方が上だった。私は速すぎて追うのもようやくのミズミを見て一点集中、その両手を構えた。

『世界を満たす万物の力……歪められし器を癒やし戻し給え……!』

 呪文発動の間も、ミズミは敵の動きに合わせ、その距離を詰めていた。しかし体がふらつくのか、先程よりも攻撃をかわす動きが危なっかしい。よろめいた直後、今度は彼女の肩をまた斧がかすめ鮮血が僅かに上に伸びた。それに思わず目を細めながらも、私は呪文を止めなかった。

『……舞い降りよ……癒やしの光……!』

 ミズミは大きく跳び上がっていた。そんな彼女の動きを目で追いながら、最後の呪文とともにその両手を彼女に向けた。手にひらで膨れ上がった光の珠が砕けると同時に、ミズミの体が一瞬光り、その光が体に吸収されていく。

 直後だった。揺らめくような落ち方をしていたミズミが、力強く床に着地した。着地したのは、本当に敵の目の前。もはや敵の懐に入り込むようなその至近距離だった。着地した床から顔をあげて敵を睨んだのは本当に一瞬だった。でもその瞳が紫色の光を放って、鋭く射るように敵を睨んで強く光っている様子が目に焼き付く。そんな彼女に、振り上げた斧をまさに敵は振り下ろしている最中――!

 その刹那だった。

『ファイラン!』

腕だけ敵の頭に素早く向け、呪文が響いた途端、彼女の細い腕からは想像もつかないような強い光、業風が起こって、雷でも落ちたのかと思うような衝撃が走り抜けた。あまりの光に目を庇うけれど、その先で断末魔の叫びが聞こえたような気がした。

一瞬の間を挟んで――目を開いて、その光景に唖然とした。

 床にガツンと音を立て、落下し刺さったのはあの大斧。その斧のすぐ隣ではしゃがんだまま茶髪を揺らすミズミ。そしてその彼女の目の前にいた筈のあの大男がいない。私は思わず目を疑って瞬きしていた。消えた筈がない……と思って、よく見て気が付いた。

 ミズミの目の前にあるのは、あの強族の長の脚だ。太い脚が構えた体制のまま残っていて、その腰から上はえぐり取られたかのように跡形もなくなっていた。息が止まる私の目の前で、ミズミがゆっくりと立ち上がり、天井からはらはらと黒い煤が落ちてきていた。そう、この煤こそが、あの強族の長トッファの成れの果て――。

 ミズミはこれを狙っていたんだ。敵の懐に入り込むほどの至近距離で、あの破壊術を発動して、確実に敵を砕くことを。巨大な金属の扉も、魔物の大群も、粉々に砕くほどの術だ。あれをあの至近距離で食らったのだとしたら、あのえぐられるような死体も納得だ。


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