強族の王1
そんな調子で進んでいけば、何度か同じように敵に出会していた。基本的にハクライ一人で戦うことが多かったけれど、時にミズミが援護して、本当に擦り傷程度の怪我だけで順調に進んでいた。その程度の怪我なら、当然、私の施した術で即座に解決だ。
「目的の場所はまだ?」
先頭を歩くハクライの問いかけに、ミズミは目を細めて答えた。
「間もなくだ。二階に広間がある。そこにいるようだな」
そんな彼女の言葉を聞いている内に二階の大きな廊下の真ん中で、これまた大きな扉を見つけた。いかにも親玉がいそうな雰囲気だ。
「ここだね」
「……ああ」
と、ミズミは相棒の問いかけに短く答え、その両手首を右手、左手と一瞬握る素振りを見せた。毎回戦う前にやる動きのようだけど、何かの癖なのかしら。そんなことを思っている間にも、二人は敵の仕留め方を話していた。
「こいつは仕留めるか、悪さの出来ないようにするか、その二択だ。ハクライ、遠慮はいらないからな」
「元よりそのつもり」
その言葉に一瞬だけ口元を歪めた茶髪の美女は、そのまま両手で扉を押し開けた。
この城の中で一番広い部屋だった。あまり飾りのない城ではあったけれど、この部屋は違う。金銀の装飾が施されたきらびやかな絨毯、そしてまるで玉座のような真っ赤な大きい椅子、そしてその椅子の前に、鎧を着込んだ大きな魔物みたいな男が、ギロリとこちらに視線を向けてきた。それに合わせて、周囲の同じような男たちが一斉に私達の方を向いた。どの男たちもやはり尻尾があって妙に手足が長い、あの強族だという事が一目で分かる。男の目線は真っ先に私を捕らえ、続いてミズミを、そしてハクライへと視線が移っていった。
「なんだ、いい女がきたと思ったら……余計な者も……! 憎き闇族王か!」
吐き捨てるように言い、手にした斧のような武器を一振りして大男は構えた。ミズミは一歩部屋に踏み込むと、顔を上げその瞳をまたもあの紫色に揺らめかせた。口元だけを歪めて笑みを浮かべるその表情は、今までで一番威圧的に見えた。
「よく俺のことを知っていたな。てっきり初対面かと思っていたが」
その言葉に、大男は大口を歪めて同じように笑った。しかしその瞳は笑っていない。
「王座の大会に参加していたからな。貴様の顔は覚えていたさ」
思いがけず、その言葉にハクライがピクリと一瞬体を揺らし、ミズミはと言えば感心した様に声を漏らした。
「ほう……まさか参加者の生き残りがいたとはな。全員殺したつもりだったんだが」
隣で聞いている私ですら悪寒を感じるほどの威圧感だ。そんな彼女の言葉に、目の前の大男と、周りの部下達がわずかに構えてにじり寄る。
「貴様の提案した、大会参加者全員を城に招待し王族へ加えるという誘いには乗らなかったからな。その誘いに乗った大会参加者全員が、死んだということは知っているぞ」
その会話に私は一瞬目眩を覚える。ミズミが提案したという誘いもすごいけれど、その後の結末が残虐すぎる。それを平気でやってのける彼女にわずかながら恐怖心を覚えたのも事実だ。しかしそれと同時に、今目の前にいるような強欲で残忍な奴らを相手にするのなら、ある意味でミズミの行動も理解できる気がした。
そんな事を考える暇もなく、ミズミを挟んだ反対隣で即座にツッコむ声がする。
「失礼な。俺だけ生き残ってるから」
……な、成程……。そう言えばハクライは王座の大会でミズミと対戦したって言ってたものね……。
「……そ、そういうことだったのね……。ハクライがミズミの側近になったのは、そういうわけだったの……」
ここに来て腑に落ちる私に、ハクライは呑気に返事をしていた。
「そういうこと。ま、尤も、参加者全員を殺したのはミズミじゃなくて俺だけど」
その言葉に、相棒の女までも少しばかり雰囲気を緩めて鼻で笑う。
「フ……そのくらいの実力がなければ、俺の側近にはふさわしくなかろう」
「手厳しいな、ミズミは」
しかしそんなやり取りは即座に終わった。ミズミは更に一歩踏み出して男に告げた。
「おい、死にぞこない。この城の奴隷達を解放し、城を開け渡してもらおうか」
拳を握り強い声で圧をかける彼女の姿に、女性らしさなどは微塵も感じない。冷たく敵を睨みつけるその表情、構える姿、気迫までも、全てが敵と戦う体制を表していた。
闇族王の言葉に、大男は怒りで顔を歪めわずかに肩を震わせながら、大きく斧を振りかざして、その野太い声を響かせた。
「むむむ、またしても無茶なことを! 返り討ちにしてくれる! 行け!」
それを合図に、敵側もミズミとハクライも同時に動き出した。
「ハク、雑魚を頼む」
「うん」
「ティナ、回復頼むぞ!」
その言葉に私は目を丸くしていたに違いない。戦いの中で私に指示をしてきたことなど、今までなかったのだから。
「……うん!」
ミズミは私を戦力の一部として必要としてくれた。ハクライと同じ様に私にも指示が飛んできたことが少しだけ誇らしかった。
「任せて……絶対役に立つんだから!」
私は両手に力を込めた。手のひらが熱くなって光の力が集まってくるのが分かる。いつでも魔法を発動できるようにして、私は目の前の戦いを見つめていた。必要になったら即座に動くためだ。