囚われた奴隷1
城の中は思ったよりも薄暗く、窓から差し込む光が細長く通路を等間隔で照らしていた。城の中を見回していると、手を握っているミズミが思いの外目を閉じて、何か音でも聞いているような素振りをしていることに気がつく。
「……何してるの、ミズミ?」
「し。城の中探ってるんだと思う」
私の問いかけに答えたのはミズミではなく、背後のハクライだった。声に気付いて後ろを向けば、彼は血みどろの両手を舐めていた。しかもその右手にはまだ血がしたたる太い腕を握っている。
「ひっ!」
呑気な声に油断したけれど、そうだった。ハクライは確か、人も食べるんだよね。両手を綺麗に舐め終わると、今度はその右手に掴んだ人の腕をがぶりと喰いついている。いつもの穏やかな口元では想像がつかないような大口で腕に噛みつき、それを引きちぎる様子に、私は思わず血の気が引いてしまう。
「……ハクライ、だからティナの前で飯にするな。怯えるだろ」
急に私の瞳を温かいものが覆い、それがミズミの手であると気がついた時には、ミズミは私の肩を押しながら前を向かせていた。
「あ、そうだった。ごめんごめん」
言うが速いが、ハクライはくるりと私達に背を向けて、少しだけしゃがみこんでいた。直後、バキッという何かが折れるような音が響いて、ハクライの頭の方から何かが噛み砕かれるような音がゴリゴリと続いていた。姿は見えないけれど、明らかに腕を骨ごとかぶりついていることは音で分かった。その様子に私はやっぱり血の気が引いて手の力が抜けてしまう。
「……すまんな、ティナ。ハクライは喰族と鬼族の両方の血を引く特殊なヤツなんだ。喰族は普通に人肉も喰う一族だから、ハクライも戦うと同時に奴らを喰うんだ。驚かしてすまない。コイツ日頃は喰わないからこそ、こういう時に喰わなければ、戦えないからな」
そう説明するミズミの口調は、私と相棒の両方を気遣うような声色だ。
「だだだ、大丈夫……。だ、だって、ハクライ、私達は食べないもんね……」
「勿論。無闇矢鱈に人喰わないよ。俺が喰うのは喰っていいと判断した奴らだけ」
私の声に答えたハクライは、もうその手も口まわりも綺麗に舐められていて、唇をまだ舌なめずりするくらいにして私達を見下ろしていた。戦いの時の表情とは全く違う。呑気なあの空気感が戻っていて、少しだけホッとする。
「ところでミズミ、どうだった、城の中は?」
相棒の男の問いかけに、ミズミは俯くように頷いた。
「この周辺は今敵がいないな。安全だ。そして……女達の音がぼんやりとだが聞こえる。地下にいるようだな」
「じゃあ、地下に行く?」
しかしミズミは首を振っていた。
「いや、今行っても安全に逃げ出せるルートが確保できていない。恐らくこの雪山だ。雪に強い氷鹿がいるだろう。足の確保と、後はこの城にいる危険な強族を完全に追い払ってからだな。だがまぁ……」
と、ミズミはある方向に迷いなく歩きだしていた。
「不安のままでいるのは彼女たちも辛いだろうから……安心させてやってもいいか。それに、奴隷商人が来ていないかどうかも念の為確認できるしな」
そう言って歩いていくミズミの後を、私とハクライも追う。
「ミズミ、お城の中のこと分かるの?」
歩きながら問いかければ、ミズミはああ、といういつものそっけない返事だ。相変わらず説明も何もしてくれないんだから……。彼女のその返事に不納得で頬を膨らませていると、思いがけず隣のハクライが補足説明をくれた。
「ミズミ、特殊な術が使えるんだよ。それで周りを探れるんだ」
「ああ、エンリン術とかいうやつね」
「あ、ティナも聞いたんだね。そう、それ」
私の返事に、黒髪を揺らしてハクライは嬉しそうに笑う。
「便利なのね。すごく強いなぁって思っていたけど、周りを探ることもできるんだ」
感心して声を上げれば、ハクライはニコニコと頷いている。何だかミズミの話をするのが楽しいみたいな雰囲気だ。彼はその雰囲気のまま、まだ話を続けてくれた。
「なんか、ミズミは『音』って言い方するけど、色んなものの音が聞こえるんだって。それで人や物を探ったりできるし、戦いの時にはそれで敵の動きを読むんだって言ってた」
初耳の説明に思わず私が感心して声を上げていると、ミズミがため息を付いている。
「全く、ミズミってば全く説明してくれないんだもん。どういう術なのか気になってたけど、すごく便利なのね。音で聞き分けるって、なんかすごい」
「でしょー。俺も初めミズミから聞いた時びっくりした。ミズミ戦った時には強くて驚いたけど、話聞いて納得したもん」
ハクライ、お喋りは嫌いじゃないようで、聞けば何でも答えてくれる。聞いても多くを語らないミズミとは対照的だ。でもだからこそ、この二人は相性がいいのかもしれない。相棒の男から聞くミズミの話は興味深くて、思わずまだまだ質問が飛ぶ。
「え、ハクライってミズミと戦った事があるの?」
「あるよー」
「ええ⁉ 敵同士だったの? 仲がいいから、てっきりずっと友達なのかと思ってた」
「うーん……正確には敵じゃないんだ。『王座の大会』に出た時に、準決勝で当たっちゃったんだよね。でもその大会が俺たち最初の出会い。あの時はホント、大変だったよね、ミズミ」
呼びかけられた美女はと言えば、鼻を鳴らして短い返事だ。
「お前が手を抜くからだろうが」
「抜いてないよ。ホントに全力。だから長時間戦って大変だった」
「ねえ、王座の大会ってなあに?」
初耳の言葉に問いかければ、黒髪の男がああ、と手を打った。
「そっか、ティナは知らないよね。この闇族の大陸で、王様を決める大きな大会。誰でも出られるけど命の保証はなくて、決勝で今の王様と戦える大会。要は一番強い人が王様になって『王の証』を手に入れるんだ」
その説明に、私は以前ミズミが言っていた言葉が腑に落ちた。
「そういうこと……。ミズミが一番強かったから王になれたって言ってたのは、そう言うことだったのね」
そんな話をしている間に、ミズミは一つの階段を見つけてその階段を降り始めていた。