雪国の集落2
私達はその少女に案内されて、あの大木の家の中に入ることができた。細いはしごを登って行けば、まるで大木の一部のような扉を開けて、部屋の中に入った。本当に大木をくり抜いた作りになっていて、壁も床も、全てがあの大木の素材そのまま。家の中を覗けば、質素な暮らしぶりがよく分かる。木の中に持ち込んだ石材で作ったいろり、床に直に敷かれた布団、小さな机に椅子、食物を入れた布袋、古びた木箱、あるのはそれくらいで、本当に生きるための最低限のものしか見当たらなかった。
家の中には女の子以外に年老いた老夫婦がいた。三人共薄っすらと黄色がかった髪をして、緑色の瞳をしていた。ちょっとミズミに似た瞳だな、などと思っていると、老夫婦は女の子から事情を聞いたのか、鍋にかかった小さな鍋からお茶を出し、もてなしながら話をしてくれた。
「旅の方……こんな辺鄙な場所までご苦労さまです……。孫から聞きましたが……鬼族の土地から来られたというのは本当ですかな?」
お茶を出し終え、おじいさんが問いかけると、ミズミは髪を零すように頷いた。
「ああ、正確にはもっと遠くだが、鬼族から話を聞いてやってきたのは本当だ。この土地は強族に荒らされていると聞いてな」
ミズミは手短にそう言うと、出されたお茶をすすった。その隣ではハクライが呑気に女の子の遊び相手をしながら、いろりで暖を取っている。
「俺たちはここの強族に、いい土地が荒らされるのが気に入らなくてな。この辺りに鬼族の支配下を広げるために来た。安心しろ、労働力は期待していない。この辺でのんびり生活しながら、商売が広がれば助かる、そんな程度だ」
ミズミにしては多弁な物言いに私は思わず首を傾げていた。なんだかミズミらしくない言葉だ。支配下に治めるなんて……そんな目的があったんだ……。そんなこと、これっぽっちも言ってなかったのに。
そんなことを思っている間に、老夫婦とミズミの会話が続く。
「そ、そうでしたか……。鬼族の噂は聞いたことがありましてな……。鬼族は平和的に民を治めると……。わしらとしましても、奴隷狩りに怯えながら暮らすよりは、その方がいいと思っておったのです」
その言葉に、ミズミだけでなくハクライも動きが止まった。
「奴隷狩り……?」
ミズミが目を細めて問うと、今度はおばあさんの方が口を開いた。
「はい……。この辺りは昔から奴隷狩りがよくあるんです……。私達はもう年老いて家から出ることも少なくなりましたから無事でしたが……働いていた私達の娘が、先日奴隷狩りにあって……強族の城に連れて行かれてしまったんです……」
その言葉に、気づけばあの女の子が涙ぐんでいた。
「おばあさんの娘さんってことは……この女の子の、お母さん……?」
私の問いに、おばあさんは悲しげに頷いた。おじいさんは唇を一度噛んで声を絞り出す。
「もう三日も前の話じゃ……。娘が攫われて、孫も泣きっぱなしじゃよ……」
それで、遠目から黄色っぽい私の髪色を見て、女の子は私を母親と勘違いして……
女の子の気持ちを考えると、私は怒りと悲しみがこみ上げてきた。
「酷い……。一体なんでそんな酷いことを……!」
「それが強族だからさ」
即座に答えたのは、無表情なミズミの声だった。その声に私は思わずミズミの方を向く。冷たく言わなくたっていいじゃない、と思ったのも束の間だった。
燃えている……ミズミの瞳が、また紫の炎で……。
ミズミの顔を見て、一瞬で彼女の心情を悟った。ミズミは私以上に怒っている。こんなことを平気でやってのける強族に。声こそは冷静だけれど、その裏には凍てつくような怒りの炎が燃えているんだ。
「ミズミ……」
思わず彼女の名を呼べば、あの紫の瞳のままミズミは私を見ることなく呟いた。
「流石強族、欲しいものは強奪か」
「じゃ、早いとこ、こっちも力づくで奪い返しに行きますか」
急に明るい声がして驚くと、ハクライが笑顔でそう返していた。緊迫感のない声色で、サラリと言ってのける彼の言葉は、何故だろう、重みがある。簡単に言うけれど、それを迷いなくやってのけようとする決意が、自然とその顔ににじみ出ていた。