本当の性別1
「あれ、もう寝てるの?」
唐突に声が聞こえて顔を上げれば、長い黒髪の男性がちょうど扉を開けて部屋に入ってきたところだった。静かに部屋に入ってくる彼の視線の先にいるのは一人の女性、ミズミだ。茶色の短めだが片方だけが長い前髪、それに顔の上半分を隠し静かに寝息を立てている彼女の横顔は、同じ女性から見ても綺麗だなと思う。長髪の男性と同じように私も彼女を見つめながら小声で返す。
「ミズミっていっつもそうよ。私より寝るの早いもん」
「へぇ……それはかなり珍しい」
ベッドの上で上半身を起こしたまま、私はそこに腰掛けていた。ベッドは四つあったが、その中の扉から三番目でミズミは寝ており、私はそれより扉に近い方のベッドに座り込んでいた。
時刻は間もなく寝る頃。食事を終えて久しぶりの入浴まで頂いて、すっきりさっぱりしたところで、只今就寝前ののんびりタイムといったところだ。尤もミズミは風呂から上がるとすぐ横になっていたようで、私が戻ってきた時にはもうこの状態だったけれど。
私はさっきまで眺めていた地図をたたみながら、男性の方を見た。黒髪の男性は、その腰まで届く長い黒髪を揺らしながら、静かにミズミに近づいていた。私も彼も沈黙すると、聞こえてくるのは彼女の寝息だけ。規則正しい呼吸の音から、眠りの深さが窺えた。髪が零れないよう、片手で首元を押さえながらそっと黒髪の男――ハクライは彼女のベッドに顔を寄せる。
「…………」
ミズミに顔を寄せ、そのままじっと聞き耳を立てているのか、ハクライはそのまま動かない。
……なんだかちょっと顔の距離が近すぎて、見ている私がドギマギしてしまう。
「……な、何してるの……?」
そっと声をかければ、暫しの間を挟んでハクライがその体を起こす。
「いや、ホントによく寝てるなと思って……。いつもならこんな近くに寄ったら次の瞬間殴られるから」
「…………」
殴るって……やっぱりミズミって凶暴だな……。
そんな考えがよぎって思わず絶句するけど、まあ納得のいく話よね。ミズミはこの闇族が住む大陸の王様で、凶暴で人に悪さをするような人たちを統括するだけの実力者だもの。女性とは思えないほど力は強いし、女性ということを知られたくないのか、あまり彼女の性別のことをちゃんと知っている人は少ないように思う。今はしっかり服を着ているけれど、今日までのような薄着の姿を見ていなかったら男性と思われるのも、確かに無理は無いのかな……。
そんなことを思っていると、ハクライは今度は私を見て微笑んだ。切れ長の漆黒の瞳で、目つきは鋭い筈なのに、人懐っこい笑顔をよく見せる彼は、なんだか親近感が湧く。
「ティナの前でこれだけ爆睡してるってことは、きっとミズミ、ティナを信頼してるんだね」
「え……?」
その言葉に思わず私は首を傾げていた。そんな私に構わず彼は続ける。
「ミズミ、普通人前でこんなに油断して寝ないから」
「……え、爆睡してないってこと?」
思わず問えば、ハクライはまたミズミを見つめ優しく笑う。
「ほら、女一人で寝ていたら、何が起こるか分からないでしょ。だからミズミって結構眠りが浅いんだ。近くに敵が来るとすぐ起きちゃう」
「そっか、闇族の国なんだものね……」
ハクライの言葉に改めてこの大陸の危険さを思い知る。多くの女性が虐げられて、力のないものは奴隷にされていく無法地帯……。そこの王様をするって、一体どういうことなんだろう……?
改めて考えれば、本当に私は何も知らない。ミズミのことも、この大陸のことも、彼女達闇族のことも――
「ねえ、ハクライ。聞いてもいい?」
小声で問いかけると、ミズミを見つめていた漆黒の瞳が私に向く。