闇族王1
「どうして教えてくれなかったのよ〜!」
椅子に腰掛けるミズミに私が詰め寄ると、ミズミは困ったような顔を不機嫌に歪ませてため息を吐く。ミズミはこの事態を予想していたのだろう。面倒くさそうな表情で無言のまま答えずに椅子に腰掛ける。
黙られていたのは驚いたけど、でも逆に酷く納得がいった。どうして鬼族の王様があんな態度なのか、門番の人がどうしてあんなに態度を急変させたのか、それに砦の団長が彼女を見たことがあるような様子だったのも……。
全てはミズミがこの大陸の王様で、それだけ名も顔も知られているからだったんだ。
「……悪かったな、黙っていて」
「あはは、あんまりミズミ、言うの嫌がるもんね」
言葉少ないミズミに代わってハクライがケラケラ笑って答える。そんな彼に一瞬だけ視線を向けると、ミズミは深くため息を付いて座ったままうなだれた。その動きに合わせて茶色の髪がサラサラと零れる。
「あれこれ話すのが面倒だっただけだ。それにお前、闇族のことも知らないのに言ったって分からんだろうが」
うなだれたまま私に視線を向けて、面倒くさそうにミズミが言う。私はそんな彼女の隣の椅子に腰掛けて頬をふくらませてみせた。
「そりゃそうかもしれないけど、言うチャンスは結構あったじゃない。遠慮しないで言ってくれればよかったのに……」
「だから悪かったって言ってるだろ」
ため息混じりに呟く彼女は、何処か私を諭そうとしている口ぶりだ。面倒くさそうな表情の割に声色は優しい。その言葉に私も一つ息を吸い、彼女を見つめて大きく頷いた。
「でもようやく謎が解けたわ! そういうことだったのね!」
満足気に鼻息荒く言う私に、ミズミが薄っすらと笑った。
「で、ミズミ。これからどうするの?」
彼女の向かい側に座ってハクライが首を傾げる。今度は視線を彼に向け、ミズミは頭を上げた。
「……まず雪国に向かう。強族の支配する辺りだ」
その言葉に、私とハクライが同時に身を乗り出した。
「雪国って、奴隷狩りがあるって、あの女の人が言っていた場所……?」
「あれ、砂漠じゃないんだ?」
その言葉に、ミズミは視線を彼と私の交互に向けながら答える。
「ああ、まずはそこから潰した方がよさそうだからな……」
ミズミの表情はまたあの中性的なものに変わっている。垂れ目を縁取る長いまつげの下で、あの緑色の瞳が強い光を放っていた。――何か決心しているんだ。
そこまで思って私は一つ確信めいたものを持つ。もしかしたらミズミ、雪国に行くのは……その強族を懲らしめようって思ってるんじゃないかしら……?
「成程ね、分かった。今度は俺も一緒に行く」
視線を向ければ、ハクライがあの漆黒の瞳で真剣に彼女を見つめていた。その視線をミズミは無言で受け止めているが、見れば表情が少々曇っている。もしかして、言葉にでも迷っているのかしら……。
しばらく無言で彼女を見つめていたハクライだったが、唐突に笑顔を見せた。
「流石に今度は一緒に来るなって言わないよね」
その言葉にミズミが視線を外す。渋い表情で唇を噛む様子に、彼女の心境が何となく垣間見える。
「……好きにしろ」
その言葉に、彼は満足気に微笑んだ。私の視線に気がついて私にもニコニコと微笑んできた。何となくだけれど、彼的にはきっと彼女を言いくるめた感じなのだろう。……やっぱりミズミは彼には弱いのかもしれない。そんなことが頭を過るが、また口にしたら彼女が不機嫌になりそうだから、ここは黙っておこう。
「じゃ、雪国に俺も行くのは決定として……」
笑いをこらえる私に、ハクライの声がかかる。
「ティナはどうするの?」
その問いに、私が答えるよりも早くミズミ口を開いた。
「正直、この鬼族の街なら安全だ。精霊族をあちらの大陸に戻す手段もあるだろう」
「いやよ!」
次に来そうな彼女の言葉が分かって、私は咄嗟に声を上げた。勢い良く彼女に振り向いたものだから、少々ミズミは目を丸くする。
「……まだ何も言ってないだろうが」
「イヤ。ミズミ、私にここに残れって言うつもりだったでしょ?」
私の言葉に、ミズミは開きかけた口を思わず閉じる。ここぞとばかりに私は続けた。
「ここにいたって、ううん、今自分の大陸かもしれないところに戻ったって、なんにも覚えてないんだもん。だからここに置いてかれても困る! ミズミ達と一緒に行くわ! 少しは私も役に立つでしょ?」
口早に私が責めよると、ミズミは少々うんざりした表情で目を細める。でも本気でうんざりしている感じではなくて、寧ろ選択に迷っている雰囲気だ。
「……雪国の強族は、お前も一度襲われかけたから分かるだろう? かなり凶暴な一族でここよりも危険な大陸だ。お前が来ても正直足手まといだ」
チクリと胸に刺さる言葉だった。確かに私はミズミの様に強くはない。ハクライのことはよく分からないけれど、でも彼女とのやり取りを見ていれば少しは分かる。きっと彼も相当強いのだろう。彼らと私は違うことは自分が一番良く分かっていた。でも……。
正直私は不安だったのだ。自分が何者かも分からない。何処に帰ればいいのか、そして自分がどうしてここにいるのかも分からない。そんな中で私を最初に助けてくれて、ここまで仲良くなれたのがミズミだ。ちょっと意地悪で、あまり自分のことを語りたがらなくて、すごく美人なのに男の人以上に強くて、でも本当は優しくて……。彼女は私をからかうけれど、本気で邪険にしていないことは私が一番良く分かっている。記憶をなくして初めての仲間と離れてしまうのが怖かった。
ミズミの言葉に何て返そうか迷ったけれど、私は勢い良く顔を上げてミズミを睨んだ。急に顔を上げたものだから驚いたのだろう。少々心配そうな色をした瞳が、一瞬だけれど大きくなった。私はその瞳を逸らさずにじっと見つめて言葉を紡いだ。
「確かに足手まといかもしれないけど――でも、私にだって手伝えることがあると思う。ミズミに助けてもらってばっかりじゃ私イヤ。ちゃんと役に立ちたい」
真剣に気持ちを告げると、ミズミはあの緑色の瞳でじっと私を見つめていた。強い光を放つ瞳は、睨まれているようでちょっと怖いけれど、でも……それくらいで動じるもんか! 私は負けじと睨み返した。
そうやってしばらく沈黙していただろうか。根負けしたのは彼女の方だった。
急に頭を下げたかと思ったら、次の瞬間深いため息が漏れた。
「……この頑固娘が……。好きにしろ」
「やったぁ!」
思わず喜びの言葉が口をつくと、机を挟んだ向かい側でハクライがにこやかに微笑んでいる。
「よかったね」
「うん!」
などとはしゃいでいるのは私とハクライだけで、ミズミは早速机に頬杖をついて呆れた表情だ。また一つため息を付いて彼女は横目で私を見て呟く。
「全く、物好きな女だな。危険な場所に自ら行こうだなんて……」
その言葉に私は腰に手を当て、勝ち誇ったように言い返した。
「それを言うなら、ミズミだって!」
私の返しに、案の定言葉を返せずに、ミズミは不機嫌そうにため息を漏らすのだった。
その時だった。