美女の相棒2
ノックすると、中から男の人が呑気に答える声がした。男の人らしい低い声だけど、その割には随分と気が抜けるような声色だ。その声に何故かミズミはため息を一つ挟んで、扉を開けた。彼女が部屋に入ると私もそれに続いた。白い石造りの壁に、飾り棚やらベッドやらが綺麗に並べられたその部屋は、部屋の中心に白い机が置かれ、椅子が四つあり、その一つに黒髪の男性が座っていた。男性が顔を上げ、入ってきたミズミを見た直後だった。
「よかった! ミズミ無事だった!」
明るい声を上げ急に椅子から立ち上がると、その男性はすぐにミズミに駆け寄った。立ちあがるとかなりの長身だ。ミズミとは頭ひとつ分以上違うだろうか。割と細身だけど体つきは悪くない。袖なしの白い服を着て、ゆったりとした長い灰色のパンツ姿、そして何よりも特徴的なのはその髪だ。男性にしては綺麗な黒髪で、その長さは腰に届くほどだ。切れ長の目の上でバッサリ切った前髪に、髪から飛び出した長く尖った耳……。もしかして、この人はまた違う種族の人なんだろうか?
その切れ長の瞳に似合わない満面の笑みで、男性はミズミの肩を掴んだが……急に表情を変えて首を傾げた。
「あれ? なんで女の子に戻ってんの? 封印は?」
その言葉に、私は意味が分からず首をひねっていた。そんな私と男性の間で、ミズミは肩を掴む男のその手を払いながら答えた。
「……敵の手から逃れた時に全ての力を使い切ってな。今回復中でそこまでの余裕がない」
「そーゆーことか。でも無事でよかった!」
そう言って再び笑うが、また急に表情を変える。今度は急に真顔になって彼女を正面から見つめてきたのだ。コロコロと表情が変わるこの人に、私だけでなく恐らくミズミも呆気にとられているのだろう。ミズミが訝しげに首を傾げるよりも早く、男性は急に彼女の首元に両手を伸ばした。
「どうした?」
怪訝な表情でミズミが問いかけた次の瞬間だった。男性は彼女のマントの首ベルトを外すと、呆気に取られる私たちの前で、彼女のマントを開けさせた。
「えっ!?」
思わず口元を押さえて叫ぶ私の目の前で、ミズミのそのマントがはらりと床に落ち、彼女の薄着な姿が露わになる。なんと言ってもマントの下は、ほぼ下着のような状態なのだから。
そそそそそんな、ちょっといきなりなんて大胆な……!?
とはいえ別に薄着なのは私ではなくミズミだし、こっちは女性同士なんだから私が慌てる必要はないんだけど……
「なっ……何しやがる!」
当然慌てるのはミズミの方だ。怒りで腕を振り上げるが、それを男性は素早く捕らえると彼女の両腕を抑えたまま、その体をきょろきょろと見回す。その堂々たる様子に、いつもは冷然なミズミがあからさまに慌てている。見れば顔が赤い(当然だけど……)。
「いや、怪我してないかなって……ほら、変な男に手ぇ出されていても困るしさ」
そんな真っ赤になって怒るミズミを全く気にせず、黒髪の男性は彼女の体を正面からも横からも確認しているようなのだが――
「いい加減にしろっ!」
流石に耐え切れなかったらしく、ミズミが怒りの声を上げた。言うが早いが、ミズミはその片足を振り上げて、男性の横腹めがけて蹴りあげた。しかしその蹴りの動きに合わせて男性はひらりと身をかわすと、ミズミの腕を離して見事に間合いの外に出た。そのなめらかな動きに思わず私は感心してしまう。
「お、おまっ……お前な、何考えてるんだっ!」
ミズミにしては珍しく怒りを露わに大声で叫ぶ。その表情は怒っているからやっぱり怖いのだけど……いつもの怒りの表情と比べて、頬が赤い分なんだか可愛らしい。
「何って……変に手ぇ出されてないかの確認」
悪びれる様子もなくあっさり答える男性に、再びミズミの怒りの声が飛ぶ。
「俺が姦族なんぞに手を出されると思ってんのか! 服を破かれただけだ!」
「だって気配がなくなるなんて、珍しいから。――力使い果たしたって何があったの」
対する男性は酷く真面目な表情だった。無表情にも見えるその表情の中、瞳だけがまっすぐにミズミを射抜いていた。漆黒の瞳にじっと見つめられて、ミズミの怒りの表情が変わる。不機嫌さは変わらずだがバツが悪そうに唇を噛むと、観念したように呟いた。
「……手強い奴がいただけだ。問題はない。次の動きも考えている」
その答えに、また男性の表情が変わった。ホッとしたようにため息を付き、またあの人懐っこい笑顔を浮かべた。
「……なら良かった。心配したよ、今までになかったことだから」
「……」
男性の言葉に、ミズミは無言のまま足元に落ちているマントを拾っていた。ちらと表情を覗き見れば、無表情を繕っているけれど、どんな顔をしたらいいのか困っているようなそんな表情だ。思わず私は表情が緩んだ。
「でもさ、いっそのこと、呪いかけずにそのままでもいいのに」
「……五月蝿い」
ものすごく不機嫌な声で答えるミズミに、相変わらずその男性はニコニコと笑顔だ。一方のミズミは視線も合わさずマントを羽織ると、再びその首元を止める。
出会って数日、まだ付き合いは短いけれど、それでもいつものミズミと様子が違うのは一目瞭然だった。どちらかといえば、クールな印象のミズミだけれど、この男の人を相手にするとまるで様子が違う。今まで私はミズミに振り回されることが多かったけど、逆にミズミはこの人に振り回されている印象だ。
「ミズミって、この人には弱いのね」
思わず私がそんなことを言うと、ミズミがちらと目線を上げ私を睨んだ。無言で睨む彼女の表情は怖いけれど、でもまだ頬は赤い。こんな恥ずかしそうな表情、ミズミもするんだなぁ……。初めて見る彼女の表情に、思わず私は口元がまた緩んだ。
「何笑ってんだ」
私が思わず笑っていることを目ざとく見つけて、怒りの矛先が私に向く。恥ずかしいのを隠そうとして怒っていることはすぐ分かる。いくら睨まれても私は笑いが抑えられず、私は肩を震わせながら答えた。
「だって、こういうミズミ、見るの初めてなんだもん」
「あ、ところでミズミ、その女の子は?」
急に声をかけられて私は男性の方を向く。見れば男性は首を傾げて目を丸くしている。
「私、ティナです。森で襲われそうになったところをミズミに助けてもらって……
「それから勝手に付いてきてる」
私の言葉の続きをミズミが答えた。その言葉に黒髪の男性はまたにこやかに笑った。
「あはは、いいじゃない。旅は道連れってね!」
言いながら彼は私の方を向き、軽く頭を下げた。
「俺、ハクライ。ミズミの側近ってとこかな。よろしくね」
「側近……?」
思いがけない言葉に私が眉を寄せると、ミズミが口を挟むより先にハクライが答えた。
「そ、闇族王ミズミ・スティラの側近。一番の相棒だよ」
一瞬何を言われたのか分からなかった。頭が一瞬空白になって、事実を理解しようと頭をフル回転させる。
闇族王……? 闇族の王様って……
――え、ミズミが――!?
「闇族王って……え? ミズミが!? ミズミがお、王様ぁ〜!?」
次の瞬間、驚愕の大声が響き渡ったのは言うまでもない……。




