鬼族の王2
お城の近くに来ると、その城下町なのだろう。たくさんの建物が見えた。木材や石材で作られた建物は、どれも骨組みが豪快で、細やかな細工など一切ない。荒く削られた丸太を太い紐で結んだものや、石の形はいびつながら、それらを分厚く削り積み上げた石の壁、整備されたとはいい難い、砂埃の立つ道。豪華さこそは感じないが、力強い建築物ばかりだ。町に入れば賑やかな人々の声が響き、商売をする人や遊びまわる子どもが町を活気づけていた。ここに来て初めて見る賑やかな様子に、私は思わず胸が高鳴る。
「こんな栄えた町もあるのね!」
道の流れに合わせて、たくさんの商品を並べるお店を見ながら言うと、ミズミは珍しく優しく微笑んでいた。なかなか彼女のこういう表情を見ることは少ない。いつも険しく敵を睨みつけているか、無表情に何かを睨んでいることが多い人だ。もしかしたら、こういう優しい表情が本当の顔なのかもしれない。ただいつも戦う事が多いから……あんな厳しい顔をしているだけなのかもしれないな……。
「ミズミもこういう町は好き?」
思わず質問が口をつくと、彼女は視線だけを私に投げて口を開いた。
「ティナは好きそうだな」
「そりゃあ、人が楽しく生活できるところは、見ていて嬉しいじゃない?」
私の答えに、ミズミの表情がわずかに曇る。
「――鬼族の町は、闇族の中でも一番落ち着いた所だろうからな」
そう静かに呟くミズミは何故だろう、何処となく悲しげに見えた。
「こういう町ばかりではないってこと……?」
ミズミの言葉に尋ねれば、彼女は無言で町を眺めている。でも彼女の言葉を待たなくても私には分かる。森を抜けて初めて見たあの集落、あそこで生活している人たちのように、命の危険に晒されて生きている人が、この大陸には多いのだ。この鬼族の町のように安全な町はごく一部なのだろう。
明るい街の雰囲気とは裏腹に、ミズミと私は無言で町を歩いて行った。
しばらく行くと、街の中心にそびえる城の門の前に来た。城を囲う高い石の壁、そしてその中心に大きく構えた木製の門。その片方が開けられて、その前に門番がやはり鎧を身にまとい門を守っている。どうやら門番は城の中に入る人物を逐一確認しているようで、何か証明書のようなものを見せて、中に入っていく商人の姿がちらほら見えた。
「ミズミ、なんだか証明書とか必要みたいだよ?」
商人の姿を見ながら私が言うが、それをミズミは聞いていないかのような反応だ。彼女は平然と迷いなく門番のところに歩みよっていくと、それに気がついた門番が逆に構えた。
「何用だ」
「城に用ならば、許可書を見せろ」
手にした金属製の長い棒を構え、動きを止めようとする門番に、ミズミはマントの首元に手をかけた。ベルトの首元を外し、その首につけた宝石を見せているように見えた。尤も、それより下の薄着の姿も、油断すれば見えてしまいそうな際どいところなんだけど……。と、そこまで思って、私ははっと気が付いた。
――え、もしかして……色気で落とそうとしてるんじゃ……?
ミズミにしては絶対ありえない行動が一瞬頭をよぎるが、門番の反応はもっと予想外だった。彼女の姿を確認すると急に顔を青ざめさせ、門番二人はその動きが止まったのだ。
「ガイアサンジスに免じて、どうかここを通してくれないか」
ガイアサンジス――? 初めて聞くその名の響きに私は首を傾げた。ガイアサンジスとは何だろう?
しかしそんな私の考えは長くは続かなかった。下から睨むように言うミズミに、門番二人は急に姿勢を正し、彼女に向かって頭を下げたのだ。先程までの偉そうな態度は何処へやら、急に口調まで正している。
「こ、これは失礼いたしました!」
「どうぞ中へ!」
門番が態度を急変させて道を開くその様子に、私は呆気にとられてしまった。一体彼女は何をしたのだろう……?
そんな私を他所に、またミズミは私に振り向いて中を指さす。
「ティナ、行くぞ」
いつものあの中性的な雰囲気で呟く彼女に、私は慌てて駆け寄った。
門をくぐると街の喧騒が少々落ち着いて、城の中のだだっ広い広間にすぐ入った。石造りの床に敷かれた大きな紺色の絨毯、壁際に立つ巨大な柱の数々、そして部屋の遥か遠くに見える階段……。
流石はお城と言った雰囲気だ。豪快ながら豪華な雰囲気に私は思わず周りをきょろきょろと見渡す。
でもお城も気になるけど、何よりさっきのミズミの行動の方が気になる。
「それにしたって、ミズミ、一体何をしたの?」
声をかけ、答えを待とうとしたのも束の間だった。広間に入るや否や、すぐに一人の男が彼女に走り寄ってきたのだ。
「ミ、ミズミ様ですか!?」
酷く慌てた様子で彼女の横に走り寄った人は、偉い人なのだろうか。ゆったりとした簡素な服装ではあったが、肩にかける布や腰に刺した刀などは、今まで見てきた鬼族のどの人よりも断然豪華に見えた。紺色に染色された服は、紐で結んで着合わせるようになっているけれど、そこに刺繍もされているし、刀の柄には宝石まで埋め込まれている。
尤も、この大陸の人って服装は結構簡素な人が多い気がするけど……そういう文化なのかしら? それよりも何よりも、どうしてここの偉そうな人にミズミってば「様」付きで呼ばれるのかしら……?
そんなことを思っている私の目の前で、男性はミズミの様子に酷く困惑しているようだった。彼女の服装を見て首をひねっている。そんな男性にミズミが目を細めた。
「近衛隊長だったかな……?」
怪訝な表情でそう呟くミズミに、男性は頷いて敬礼する。
「覚えていて下さったとは光栄です。しかしミズミ様……随分とボロボロな格好ではないですか……また遠征にでも……?」
「戦うのにイチイチお前みたいな格好ができるか」
男性の視線をうざったそうに横目で流すミズミは、マントの裾をおさえ、その体型が見えないように隠していた。まあ、あんな薄着の姿はあまり見られたいものではないわよね。
ミズミの返しに、男性は困ったように頭を掻いて答えた。
「流石はミズミ様……。いえ、私も戦いに行く時はもっと鎧を着けますがね……。いやそれよりも、ミズミ様にそのような格好をさせておくわけには……すぐにでも服を準備させます!」
「俺に構うな。それよりキエラ殿はいるか?」
うざったそうに片手で払う素振りをするミズミは、心底その話題に触れてほしくないような雰囲気だ。ミズミのその言葉に近衛隊長はすぐに片手で道を示し、私達を案内し始めた。
「どうぞ、王はこちらです」
案内されるがまま付いて行くと、今度は豪華な扉の前に案内された。宝石を飾ったその扉の前にはやはり門番がいて、その場を守っていた。しかし近衛隊長が来ただけですぐにその構えを解く。近衛隊長はその大きな扉をノックすると、声を張り上げた。
「ただ今ミズミ様が参られました!」
すると中から男性の声が響いた。その声に門番が扉を押し開ける。部屋の中は広間以上の美しさだ。今度は真っ赤な絨毯に豪華で大きな黒いテーブル、その奥にある大きな椅子に腰掛けているのは、きっと鬼族の王様なのだろう。白い衣装に身を包んだ大柄な男性が、私達に気がつくとすぐに立ち上がった。それを見て、ミズミがようやく口を開いた。