闇の守護1
ミズミの術で、闇の守護の風魔法を相殺したと思った直後だった。素早い身のこなしで、あの長髪の男が黒い女の間合いに入っていた。
――ハクライ、攻撃直後の隙を狙っていたんだ!
浮かび上がっている翼の女の真下から、跳び上がって殴りかかろうとしている姿を確認した直後だった。その至近距離であの女は腕を薙ぎ払って、手の甲の黄色い光が一閃した、と思った途端だった。
跳び上がったハクライの体に、見ただけでも分かるような強い衝撃が走り抜けていた。あっと息を飲む間もなく、その衝撃に吹き飛ばされ、原っぱの端にまで彼は一気に吹き飛ばされていた。慌てて木の陰から飛び出して走り寄ろうとすれば、ハクライの吹き飛んだその付近からまた強い風が吹き荒れていて、この風をあの至近距離でもろに受けたのだろうということがすぐに分かった。
「うぐっ……」
ハクライの苦しげな声にはっとする。走りながら彼を見れば……彼の服が真っ赤に染まっていることに気がついて、一瞬頭が真っ白になる。
「ハクライ、大丈夫⁉」
出血している様子を見て、私は敵の攻撃の恐怖なんか忘れて反射的に走り寄っていた。まだ地面に突っ伏している様子は、傷が深いことを物語っていた。私の声に呻くように返事をする声が聞こえた気がした。
「すぐ回復する、待ってて!」
倒れた男の隣にたどり着いて肩に触れれば、痛みから震えている様子がすぐ分かる。地面が真っ赤になっている様子に、私は強く手のひらを握りしめていた。ひどい出血――早く治さなきゃ――!
呪文を唱えてその手を彼にかざしたその時だった。
髪を引っ張られる程の強い風が吹いてはっとする。敵の攻撃魔法が放たれた証拠だった。慌てて顔を上げれば、空間を歪ませるようにして迫る透明な空気の渦が見えた。
――まずい、このままじゃ――!
即座に逃げなきゃ、という判断と同時に、今動けないハクライをこのままにしておけない、という気持ちが沸き起こる。この傷のままあの魔法攻撃なんて受けたら――!
私は唇を噛み、術を止めずに目を閉じた。あの業風に痛みを覚悟して、閉じる瞼に力を込めた。
『スィ……シューフ!』
その声に私は反射的に瞼を開けていた。目に飛び込むのは茶髪を揺らして私達の目の前で両手を前に突き出してしゃがんでいる人物――!
「ミズミ!」
叫んだ直後、凄まじい暴風が走り抜けて、風の音が轟音となって体を震わせた。直後、体に来るであろう衝撃と痛みに顔を歪めて構えていたけれど――それは一向に来なかった。
「……え……どういう……」
そこまで言って私は悟った。
ミズミだ。彼女が両腕を前に突き出して作っているのは、術で作り上げた壁だ。透明で見ることはできないけれど、確実にそこにある防御壁が、襲いかかる暴風を私達に当たらないように受け止めて、流しているのが見えた。私達に届くのは髪を攫う程度の風だけだ。
「ミズミ、その術……!」
呼びかければ、彼女の鋭い声が飛ぶ。
「急いで回復しろ! 俺の壁では限度がある!」
その声に、回復しかかっている長髪の男が震えながら上半身を起こしていた。
「ミズミ……」
「回復に専念しろ! 動けるようになったら即間合いから出る!」
その声には力むような様子があって、彼女が壁を支えるのに相当力を入れていることが分かる。見れば腕を構えるミズミの体が震えていて、ギリギリのところで耐えているのが伝わってくる。――そこまでして――彼女が私達を庇ってくれている――!
そう思ったら、私は今自分に託された役目に必死だった。
「ハクライ、まだ動かないで! 後少し!」
呼びかけて両手の力を更に強めれば、強い光が彼の体に反響して、胴体の傷が癒えていく。その直後、深く息を吐く声がして、目の前の切れ長の瞳がようやく強い光を取り戻したところだった。
「ん、ありがと」
一言礼を行った直後、ハクライは即座に立ち上がり、予想外にもミズミに走り寄った。
「ミズミ」
「ハク……! 行けるかっ⁉」
「ん、任せて」
言うが速いが、すごい勢いで私は腕を取られ、一瞬お腹を勢いよく抱えられたと思った直後、風の音と共に視界が霞んだ。そして――視界が戻った時には――緑の草が目の前にあって、私はお腹をハクライの腕に抱きかかえられて、宙ぶらりんな格好で四つん這いのようになっていた。
「え、え、えええ⁉」
理解が追いつかない私の隣では、同じくハクライに腰を掴まれていたミズミが、地面に低く構えを取り直しているところだった。