鬼族の王1
「また夢を見た……?」
あくびを噛み殺すような声で、ミズミが横目を向ける。その眠そうな視線を受けながら、私は何度も頷いて見せた。
朝の日差しが差し込むと、私はすぐに飛び起きていた。夢にしてはあまりにもリアルな感覚で、起きた途端私の心臓は不安で酷くドキドキしていた。そんな不安をすぐに話したくて、隣でまだまだ爆睡していたミズミをたたき起こしたというわけだ。正直まだ寝ていたい彼女には悪い気がするけど……。
それでも忘れないうちに話さなきゃいけない。私は必死に頷いて言葉を続けた。
「そう、神殿の夢を見たの! きっと記憶を失う前の私が、実際にしていたことだと思う」
夢のことを思い出しながら必死に喋る私を、まだ夢うつつな表情でぼんやりとミズミは聞いている。
「神殿のきっと中だと思うんだけど、祭壇があって……そこで、何か力を試される儀式をしてた」
「儀式……ねぇ……」
ベッドから半身起き上がり片足を折り曲げると、ミズミはその上で頬杖をつく。一言そう呟いて大きくあくびをする彼女を、じれったい気持ちで私は見ていた。言葉の代わりに彼女は首を傾けて私を正面から見る。丁度真後ろから差し込む朝日に照らされて、ミズミの茶髪が金色に透けて光る。
「――で、その儀式は何だった?」
「そ、それが……そこは思い出せなくて……」
言いながら私は俯いた。夢の中の儀式は力を試されていた。力を受けるだけの器があるかどうか――そう、あの人は言っていた。でも一体どんな力なのだろう? それに力を受けるって一体どういうことなんだろう……?
「ほらよ、ティナ」
必死に思い出そうとする私に、ミズミが急に呼びかけた。慌てて顔を上げれば、ミズミが片手で果実を放り投げていた。私は再び慌ててそれを受けとる。手にとった果実は、赤々としてとても綺麗だ。そう言えばお腹空いてたな……なんて昨日の夜のことを思い出して、またお腹が鳴る。見れば既にミズミはそれにかぶりついていた。私も彼女に続く。
「記憶が少しでも思い出せたことは良かったな。しかし……どうもお前、夢で昔のことを思い出すことが多いようだな」
彼女が言い終わると、みずみずしい果物の噛む音が続く。それを聞きながら私は口いっぱい頬張った果実を噛みながら無言で頷く。
「まあ、まだまだ分からないことは多いが、逆を言えば日にちが経てばそのうち分かってくるんだろう。ティナの昔のことがな」
ミズミはそう言って果実の最後の欠片を頬張ると、窓の外に視線を送る。
「夢で思い出す……か……」
考えこむように呟くその言葉は、私の気持ちと同じように疑問を含んでいるように思えた。
「でも、どうして夢でばかり思い出すのかしら……。普通にしている時にも思い出してくれれば楽なのに……」
ミズミの指摘に思わず呟くと、彼女はため息を吐くだけだった。
食事を終えると、ミズミは迷いなくある方向に向けて歩き出した。まだ日が登ったばかりで空気は清々しい。いつもは暖かい空気がまだひんやりとするこの感覚は、いかにも朝という感じだ。そんな空気を胸いっぱい吸い込んで私はミズミの隣を歩く。
「で、今日は何処行くんだっけ?」
気分が良くてにこやかに問えば、いつもの淡々とした調子でミズミは答える。
「鬼族の城さ。ほら、もう見えるだろう?」
ミズミが指差す方向を見れば、草原に堂々とそびえる巨大な城が目に入った。昨日行った鬼族の砦よりも断然大きい。草原の先に町が広がっているようだけれど、その中心に立っているのであろうそのお城は、町並みから頭二個も三個も飛び出す大きさだ。まあお城なんだから当たり前だけど……。
そこまで思って私はあることに気がついた。
「ねえミズミ」
「ん?」
私の呼びかけにちらと横顔を向けるミズミは、何か考え事をしていたのだろう。真面目な表情を驚いたように目を丸くして私を見た。
「ミズミ、昨日鬼族の王に会いに行くって言ってたじゃない?」
「ああ」
「鬼族の王様って、そんなカンタンに会える人なの?」
昨日は他のことに頭がいっぱいで気が付かなかったけれど、よくよく考えれば当然沸き起こる疑問だ。王様というくらいなんだから、普通ならそんなカンタンには会えないものだろう。
どんな答えが来るかと期待している私の目の前で、ミズミは口の端を歪めて顔を背けた。前髪にその顔を隠しながら、彼女は意味ありげにぽつりと呟いた。
「……まあ普通は無理だろうな……」
「え……じゃあミズミは会えるの……?」
今度の質問に彼女は答えなかった。ニヤリと笑うその表情で、わざと黙っていることはすぐに分かった。
「……ミズミ……何か私に隠してるでしょ……?」
下から睨むようにして見上げると、私の視線を受けて彼女は意地悪な表情で笑って見せた。
「今に分かるさ」
「ええ〜! 教えてよ〜!」
「断る」
朝の爽やかな風が吹く草原に、私達の声が響いていた。