異変の森2
「まさかとは思いますが……ミズミ様、皆様と一緒にこの森の奥に行かれるおつもりですか?」
先程までの私達の会話を聞いて、少々不安げに鬼の青年が問いかける。その問いに、ミズミは彼を見てニヤリと笑った。
「実はその石版に用があってな。行かなくてはならない。キセン殿、情報感謝する」
「待ってください!」
お礼を言い、頭を少し下げるミズミに歩み寄り、鬼の青年は心配そうな様子で口を開いた。
「我らにとっても危険な場所でした。いくらミズミ様やハクライ殿が強いとは言え……そう易々と入るべき場所ではないと感じております。せめて、行かれるのであれば、我らにもお手伝いさせてください!」
その申し出に即座に突っ込んだのはウリュウだ。
「いやいやいや、一度憤怒状態になってるキミ達連れてったら、また元の木阿弥でしょ。ボクらだって余計なお荷物しょって石版調べたくないよ〜。キミ達はおとなしく帰んなさい」
「しかし……」
まだ食い下がる自警団団長に、ミズミは思ったよりも優しい雰囲気で答えていた。
「気持ちは嬉しいが、これは俺たちの問題だ。それに何より、実はキセン殿の隊にはお願いがある」
「お願い……ですか?」
思いがけない言葉に、鬼の青年はその童顔の大きな瞳を更に丸くしていた。
「実はここにくる前にキエラ殿にお会いしていてな。恐らくキセン殿の自警団のことを言っていたんだと思う。この森で行方不明の自警団がいると言って心配しておられた。まずは隊の皆の無事を報告してほしい。頼めるか?」
その申し出に、鬼の青年は眉を寄せ複雑な表情を浮かべていた。
「キエラ様が……。そうでしたか……キエラ様の耳に届くほどの大事になっていたんですね……。それは確かに急がねば……。ミズミ様、ありがとうございます」
そう言って頭を下げる青年は、主の鬼族王への敬意と恩義、そして申し訳無さも感じているように思えた。
「では、我々は一度この森の拠点にしていたキャンプ地に戻ります。しばらく憤怒状態だったとしたら、あそこに残した馬たちも心配ですし……。キャンプ地の確認が終わってから、キエラ様のもとに戻りたいと思います。もし、ミズミ様達もこの森にしばらくおられるのでしたら、我らのキャンプ地をご利用ください。休憩場所にはなりましょう」
キセンさんの申し出に、ミズミはまた軽く頭を下げていた。
「気遣い感謝する。キセン殿も治癒魔法を使ったとは言え、腕はまだ完治していない筈だ。無理は禁物だぞ」
「こちらこそ、お気遣い感謝します」
そんなやり取りをして、キセンさん率いる鬼族の自警団は、私達の元来た道の方へと歩いていった。
「生真面目な青年ですねぇ」
だんだんと遠のく鬼族の後ろ姿を眺めながら、細目の男は少々呆れがちに呟く。
「それがキセン殿のいいところであり、玉にキズってやつだろ」
ミズミもチラと彼らに視線を向けながら答えれば、ウリュウは小さくため息交じりにぼやいた。
「ボクはああいう真面目くん苦手かな〜」
「俺はあんまりあの人好きじゃない」
「ええ〜、なんでよ二人共⁉ キセンさん、いい人じゃない!」
ウリュウはともかく、ハクライまでもそう言う理由が分からなくて、思わず私は声を大きくしていた。するとウリュウはヘラヘラとまたあのいつもの調子だ。
「だって冗談通じなそうだし〜。ちょっとホントのこと言ったら本気で凹みそうだし〜。一緒に居たらちょっと疲れるタイプかな〜って」
「俺はなんとなくヤダ」
その発言に私は呆れがちにため息を漏らしていた。もしかしたら、キセンさんみたいな人って、女性ウケはよくても男性ウケは良くないのかしら。ミズミも彼は付き合いがあったからか親しげな雰囲気だったし、私も傍で見ていて、感じの悪い人とは思わなかったのになぁ……なんてことが頭をよぎる。
そんなことを思っていると、予想外な声がかかった。
「それよりティナ。お前少し休め。メイカ、ここで休憩だ。水筒と飯出せ」
「はいはーい。やったー、おやつー」
ミズミの発言に私は驚いて彼女を見る。するとミズミは目を細め、思ったよりも真剣な声色で続けた。
「今回の鬼族の事件は、ティナばかり働かせたからな。魔力の回復も体力の回復もいるだろ。無理せずお前はここでよく休め」
その言葉に、私は思わず口元が緩んでいた。厳しい言い方だけど、彼女ってばなんだかんだ言って私も気遣ってくれる。その優しさに思わずにやけていた。
「ふふ……ありがと、ミズミ。もー、ミズミってば、素直に私の事心配してるって言ってくれていいのにー」
嬉しさからついついからかいたくなって余計なことを言えば、ミズミは相変わらずの意地悪顔でニヤリ微笑んで続けた。
「それだけ元気があれば、軽食の焼き菓子はいらんな」
「えー! 有ったなら言ってよ! 絶対食べる!」
「俺も食いたい」
「ああ―! ハクライ、それはボクの分〜!」
雲に覆われた空がまだ重い森の中、愉快な私達のやり取りの声が明るく響いていた。雨足は弱くなり、雨が止みそうな気配があった。




