怒り狂う鬼族1
雨の森の中、静かに歩みを進める私達には緊張感があった。先程までは談笑するほどの余裕があったのに空気は一変、先頭を歩くミズミとハクライが時折立ち止まったり、森の奥を見たりして、気配を探っているのが嫌でも分かる。その上ミズミの瞳はあの濡れた茶髪の隙間で紫色に揺らめいていて、それが彼女の戦闘態勢を表していた。
「……ど、どうなの……? 鬼族……いそう……?」
緊張感に耐えきれず問いかければ、前を歩くハクライは無言だし、ミズミは低い声で短い返事だ。
「……いるだろうな……」
しばらくそうして歩いていたけれど、ミズミが急に立ち止まると、ほぼ同じタイミングで相棒の男も立ち止まり、ミズミに背中を向けてわずかに後退った。それに反応するようにミズミも相棒に背中を向けたまま、少しばかり移動する。その様子はお互いにいつ攻撃されてもいいように構える姿に見えて、私まで手にした葉っぱを強く握りしめていた。
「……近いな……」
「だね」
「……どう見る、ハクライ」
「集団、殺気もひどい、怒気もひどい。しかも結構強いと思う、この気配」
「……まさかとは思うが…………憤怒状態なのは自警団じゃないだろうな……」
その言葉に、私は鬼族の城での会話を思い出して――次の瞬間ギクリとした。
「自警団って……鬼族の軍みたいな、人を守る人たち……なのに……?」
その時だった。目の前の二人が同時に息を飲んで、同じ方向に向き直った。
唸るような獣のような声がしたと思ったら、森の暗がりから何かが突っ込んできて、そのあまりの速さに心臓が縮こまる。悲鳴を上げる暇もなく、ミズミの声が響いた。
『フェンファー!』
途端、強い風が雨を巻き込んで激しく吹き荒れて、その風に飲まれるように数体の影が吹き飛んだ。しかしそれは最初の数体、その直後、別の影がまた暗がりから飛び出て、突撃してくる姿を見た。
――人だ! 武器を構えた人影が、目にも止まらぬ勢いで突っ込んできて、それが即座にミズミを間合いに捉えた様に見えた。しかしそれとほぼ同図に、黒髪が揺れて、気がついたらその人影数体は、あっという間に草むらに吹き飛ばされていた。――そう、ハクライの攻撃があたったんだ。
「流石速いですねぇ、スティラ様、ハクライ」
口笛一つ吹くくらいにしてウリュウが声を漏らす間にも、二人はまた構え直していた。
「この動き……もしかして……」
「…………まさか……」
そう二人が短いやり取りをしている間に、間合いの外に追いやられた人影が、草むらから起き上がっていた。
彼らの顔を見てゾッとした。その表情はまさに鬼という他ない顔だったのだ。体つきは人らしい姿をして、鎧を着て武器を持ち、いかにも武装した人なのだけれど、その顔は普通じゃなかった。額や頭には突き出した尖った複数の角、怒りに口を歪め、牙を向くように開かれた口に見える尖った犬歯、そして何より恐怖を覚えたのはその瞳だ。ハクライのあの細い瞳孔の目は何度か見たことがあるけれども、それを上回る見開かれた瞳、爛々と光るその細長い瞳孔――怒りに歪められたその表情は理性を感じず、人というよりは魔物に近いと思った。
そんな襲いかかってきた鬼族を見て、ハクライが動きを止めたのと、ミズミがはっとするように息を飲んだことに私はすぐ気がついた。
「……まさか……」
「…………キセン殿……」
二人の言葉に私は嫌な予感がした。その予感を肯定するかのように、隣でウリュウが舌打ちする音が聞こえた。
「ち……厄介……。よりによってお知り合い……やはり自警団の人たち……ですか……」