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邪悪な王は偽れる  作者: Curono
第8章「偽りの器を持つもの、真の器を持つ者」
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最初の森1



 ウリュウの転送魔法で飛んだ先の景色に、思わず私は声が漏れていた。

「うわあ、懐かしい〜!」

 生憎、今日は雨だけれど、見覚えのある景色に私は辺りを見回していた。灰色の空をそっと隠す背の高い木々、その隙間からちらちら見える灰色の空、短く生えた草に薄っすらと見える獣道、雨の音にかき消されそうな、遠くで聞こえる小川の水の音。私が見た時は木漏れ日の眩しい晴れの景色だったけれど、それでもこの森の雰囲気は、決して嫌いではなかった。

「この道、歩いた覚えがあるわ。ミズミが魔物を蹴り飛ばしながら進んでくれた道よね」

 背後の美女に振り向きながら声をかければ、相変わらずミズミは口の端を歪めて笑う。けれどその表情には少しばかり嬉しそうな空気を感じた。

「ティナと出会ったばかりの頃は、俺もだいぶ弱っていたからな……。そんなこともあったっけな」

 そんな会話をする私達の背後では、空を見上げて長髪の男性が額の雨を拭っていた。

「この森も雨なんだね。木の下なら雨宿りできそうだよ」

 そう言って大きな木の下に移動するハクライを見て、私も、それにウリュウもそれに習う。

 しとしとと降る雨に、私は少々うんざりして天を仰ぐ。もしかしたら鬼族の町の時より雨足が強いかも知れない。見上げればどう見ても重たい空。そう簡単に雨が止むようには思えなかった。

「こりゃまだまだ降るねぇ〜」

 同じことを思ったのであろう細身の男が呟く隣で、長身の男は髪を縛り直していた。

「雨降ると髪邪魔になるのが嫌だなぁ」

「張り付くからだねぇ」

「だったら、切ればいいだろ」

 男二人の会話に短くツッコミを入れるのは茶髪のミズミだ。彼女はこの雨だというのに、木の下にも入らず全身ずぶ濡れだ。見れば着ていた服やマントを少しばかり脱いで肌の露出も増やしている。絹糸のような茶髪からは仕切りなしに雫が垂れているし、頬を流れる水、瞬きとともに落ちる涙のような水の粒、腕には水の流れる筋まであって、まさに雨を浴びているような様子だ。

「やだよ、俺、自分の髪好きだもん」

「結い上げるだけマシになるだろ。もう少し上で縛ったらどうだ」

「ん、そうする」

 そんなやり取りをしている二人に、私は口を挟んだ。

「ねえ、ミズミはもう濡れることにしたの?」

 彼女のびしょ濡れの様子に思わず私が尋ねれば、雫を零しながら首を傾けて、彼女は思ったよりも清々しい表情だ。

「俺にとって雨は避けるものじゃないからな。いつもこんなもんだ」

 そう言って天に顔を向けてまさに雨を浴びている様は、まさに水も滴るいい女、ならぬいい男、って雰囲気だ。濡れた髪が頬に張り付く様子などはやっぱり綺麗だな、とまたも無駄に見惚れてしまう。

「ああ、スティラ様は樹族ですもんねぇ。まさに恵みの雨ってところですか」

 ウリュウのその言葉に、ようやく私は腑に落ちる。そっか、ミズミは樹族っていう植物のような一族なんだ。だから炎には弱いけど氷には多少耐えることができて、そして植物だからこそ、水や雨は好きなんだ。そう考えると、彼女が雨に濡れて気持ちよさそうなのも頷けた。

「この森は奥深くには魔物もいるが、そこまで危険な場所じゃない。音を頼りに遺跡を探せば、そこまで苦戦する場所では無いだろうな」

 ミズミはそう言って、早速森の中に向けて歩きだしていた。

 雨の音が聞こえる以外、本当に静かで平和な森だと思った。過去ミズミと一緒にこの森を歩いたことはあったけれど、その時には何度か襲ってきた魔物もいた筈なのに、今日は雨のせいか魔物も現れない。

私達はミズミとハクライを先頭に、雨の中森の奥へと歩みを進めていた。相変わらずミズミは雨に濡れたまま歩いていて、その隣で長身の相棒も、髪を結い上げただけで彼女同様びしょ濡れだった。私の後ろを歩く細身の男は、いつもなら袖を通さない奇妙な服をきちんと着ていて、どうもそれが彼なりの雨対策のようだ。見ればあの服はフード付きで肩辺りは布が二重重ね、腕を通せば案の定、袖はひらひらと余裕がありすぎて腕の太さとあっていない。ウリュウの服って、こういう服だったのね……なんてことに少々驚いていた。

 一方で私は、ミズミが見つけてきた大きな葉っぱを傘代わりにして、茎を持って歩いていた。なんだかこんな葉っぱの傘、小さい時にやっていたような気がして、ちょっとばかり楽しくなってしまう。……尤も、記憶が戻ってないから、小さい時に本当にやっていたのかどうかは……自信がないんだけど……。

「なんだか、本当に静かね……。ミズミと一緒にこの森抜け出した時は、晴れていて空気も気持ちよくて、でも魔物は少し出たのにね」

 思わず思ったことが口を付けば、傘代わりの葉っぱから垂れる雫の先で、茶髪を濡らした美女が横顔を向けて微笑を浮かべていた。

「あの時の俺は弱っていたからな。今の俺達を見て、襲いかかってくるほど魔物も馬鹿じゃないさ」

 綺麗な横顔に見惚れながらそのセリフを聞いていると、背後を歩く細身の男がヘラヘラと笑う声がした。

「あはは〜。返り討ち確定でしょうからね〜。それにしても、この辺りの魔物に襲われるなんて、相当スティラ様、なめられてたんですねぇ〜」

「フン、全て返り討ちにしといたさ」

 従者の言葉に不機嫌そうに鼻を鳴らして彼女が答えれば、今度は彼女の隣を歩く長身の男が、見下ろすようにして頷いていた。

「ミズミ、弱っていても寝ていても凶暴だもんね」

「……一応褒め言葉と受け取っておこう」

 相棒の言葉に少々肩を落とすような素振りとともに、ミズミはそう答えた。

 そんな平和な道中は、予想外なことにあまり長くは続かなかった。というのも、森をしばらく歩いていくと、奇妙なものに出くわしたからだ。


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