砂漠の石版2
階段を下り終えてり着いた階層は、明らかに今までと違っていた。黒いだけだった通路が一変、ゆらぎもしないしっかりと光る魔法の光が壁に輝き、長い通路の奥まで続いていた。一瞬モワッとした嫌な感じの湿気を感じたけれどそれは一瞬。まるで何かに吸い込まれたかのように、その湿気が急になくなったのを感じた。
「……瘴気……か……? 一瞬、強い闇の力を感じたが……」
私と同じことを感じ取ったのか、ミズミが辺りを見回しながらそんなことを呟く。そしてはっとしたように背後を見て、従者の男を見て口を開いた。
「メイカ、あの鍵、持ってるか?」
「勿論ありますよ〜」
そう言ってウリュウが取り出したのは、あの白い氷でできた鍵だ。青く輝く宝石のような氷が煌めき、その下には雪の結晶のような美しい差し込み部分。不思議なのは氷でできているのに、全く溶けないということだ。
「砂漠に来たのに、やっぱりそれ溶けないんだ?」
「本当にそれ氷?」
私に続いてハクライまで問いかけると、ウリュウは持っていた手を変えて、その手を温める素振りだ。
「当たり前じゃない〜。ほら、こんなに冷たいし。魔法の氷はそう簡単には溶けないんだよ」
「試しにかじってみていい?」
「やめときなよ〜。壊れないとは思うけど、万が一壊れたらスティラ様カンカンだよ?」
「残念。暑いから舐めてみたかったのに」
「水飲め」
少々間抜けな男二人のやり取りは、ミズミの鋭いツッコミで一蹴されていた。
「……その鍵に……この部屋が反応しているようだな……。外敵を入れさせない仕組みが、きっとこれで解除されるんだろう。見ろ、この階には魔物すらいないようだぞ」
ミズミの言葉に私達は辺りを見回した。どの階層も魔物はコソコソと歩いているような印象だったけれど、本当にここには生き物の気配がない。魔物ですら近づけないのだろう。
まっすぐな道を、迷いなくカツコツと足音を響かせながら私達は奥へ進む。通路の終わりが見えてくると、どうにもいかつい柵が道を阻んでいるように見えた。近づいて見れば、黒く輝く金属製の柵だ。長い年月が経っているにも関わらずサビもせず傷もなく、恐らくは作られたままの姿で行く手を阻んでいるのだろう。
「この柵、どうやって超えてくの? まだ奥に道あるっぽいけど」
入り口を探していたハクライがきょろきょろと柵を見回していると、唐突にミズミが声を上げた。
「何だ、ガイアサンジスが……」
彼女にしては珍しく驚いたような声に、私達は一斉に視線を向けていた。見れば彼女の首元につけられたあの青い宝石が、水面が揺らぐかのごとく光っていた。その光に思わず見惚れて、私は胸が高鳴っていた。こんなにもドキドキするような輝き……なんだか不思議な石だ。
「ガイアサンジスがこんなふうに光るなんて……王の座の戦いの時以来じゃないかな?」
相棒に近づいて、首元の宝石を覗き込む長身の男に、言われた相棒の女は真面目な顔で作の奥を見つめていた。
「……ガイアサンジスが反応する場所……か。やはりこの先に石版があると見て間違いないだろうな……」
そう言って柵をまたぐるりと見回して、ミズミは柵のある一箇所を指差して従者に振り向いた。
「ここが鍵穴の場所かもしれん。試してくれ」
「はいはーい」
相変わらずの軽い返事で、ウリュウは言われた場所にあの氷の鍵を近づけた。すると柵の一箇所が細長い長方形型に光り、そこだけが扉のように奥に稼働したのだ。鍵を差し込まずともその鍵を近付けるだけで開く仕組みは、如何にも魔法の力が強く働いている場所らしい雰囲気だ。
その柵の扉から更に奥に足を踏み入れれば、高い壁につけられた柵の扉に二回ほど行く手を阻まれた。しかしいずれも氷の鍵に反応してその扉はすぐに押し開けることができた。そうしてたどり着いた最終地点には、石版が一つ佇むだけの割には随分とだだっ広い空間が広がっていた。
地下だというのに、魔法の明かりのせいか空間は昼間のような明るさで、永らく人が出入りしていないにも関わらず、埃一つ落ちていない。あまりにも人工的すぎて不自然な空間だと思った。
その空間に入ってすぐに立ち止まって辺りを見回していた私とは裏腹、ミズミとウリュウは目的の石版に迷いなく近づいていって、その石版の解読に当たっていた。
「頼むぞ、メイカ」
「はーい。では読んでみようか。
『闇を開放す者、その魂の器を差し出さん。さすれば闇の力をその身に託す。風の石に込められし闇の守護が闇の力へと導かん』
……だってさ」




