砂漠の石版1
階段を降りて、更に下の階層を歩いている最中だった。ミズミが急に長いため息をついて足を止めた。
「やれやれ、ようやく追いついてきたな」
そう言って彼女が背後に振り向いたものだから、私もつられて振り向いていた。背後を見るミズミの顔が意地悪ににやけていたけれど、それでも何処かホッとしたように見えて、それだけで私は大体の予想がついた。暗がりに目を凝らせば、私達が通ってきた通路とはまた別方向から人影が見えた。でも今度の人影は怖い存在ではなくて――
「あ。ようやく見つけた」
「スティラ様、ティナちゃん、無事ですか〜?」
そうどちらかと言えば安心できる存在、ミズミの相棒のハクライと彼女の従者、ウリュウだった。
「よかった、二人とも無事だったのね」
思わずそんな言葉が漏れれば、小走りに歩み寄ってきていたハクライがおかしげに笑っていた。
「はは、それどっちかって言ったら俺たちが言うセリフ」
「ホントだよ〜。急に二人とも落っこっちゃうんだもの〜。流石にこちらも落ちて追いかけるわけには行かないから、結構これでも急いできたんだから」
二人のその言葉に、私も思わず口元が緩んでいた。
「ふふ、心配かけてごめんなさい。ちょっとミズミが妬族に噛みつかれたけど、二人とも一応無事よ」
私の説明に、ウリュウは呆れるように肩をすぼませて主を見ていた。
「噛まれても妬族にならないなんて、もはやスティラ様、無敵ですねぇ」
「対処法を知っていれば回避できるだろ。だが、お前たちもその様子だと特に問題はなかったようだな」
従者の言葉にあっさりツッコんでミズミは二人を見る。相棒の視線を受けて、ハクライがポリポリと頭をかくと従者が呆れ顔で首を振っていた。
「それなりに一悶着は有りましたよぉ。ハクライてば妬族の食事を横取りするから、ちょっとした追いかけっこはしてきましたよ」
「だって俺だって食べたこと無い魔物だったから、つい」
「悪食比べかよ。毛むくじゃらの食感最悪そうなのは見かけたが、まさかそいつか?」
「ん、それは前喰ったことある。噛みちぎりにくいし、苦味強いんだ、あれ」
「じゃあ何喰ったんだ」
「んーと、でっかくて湿っぽい黒い昆虫」
「……まさか腐御器噛じゃないだろうな……。腐肉が主食の悪食な魔物で、あれに集られると大概の食物は腐るし、あんなもん喰ったら普通なら病気になるぞ」
「うん、今まで喰った魔物のなかで一位二位を争うまずさだった」
「見た目で少しは察しろ」
この二人と合流した途端空気が一気に和んで、それだけで私は恐怖心がすうっとなくなっていくのを感じていた。ミズミやハクライが強いからってだけじゃない。この三人のいつものやり取りが、その関係性が、やっぱり安心できるものなんだ。とはいえ、ハクライの会話内容は……まあ正直引いてしまう内容ではあるんだけど……。
「ところで、この遺跡の最終地点はまだですかねぇ?」
ミズミが歩き出したのを確認して従者の男が呟けば、茶髪を揺らして美女は背後に振り向いて答えた。
「恐らくあと一つくらい降りるんじゃないか。音で探ると魔力の音が響きだしている。恐らくそこが目的地ではないかと思うんだがな」
言いながら彼女はあごで通路奥を指す。見れば下に降りる階段が見えた。
もう何度目かの階段だったが、不思議なことに階段だけは壊れている様子もなく、踏みつける石の床もサラサラと表面が光って見え、傷もさしてついていないように見えた。階段を降りる四人分の足音を響かせていると、階段をきょろきょろと見回しながらハクライが疑問を口にする。
「毎回思うけど、通路部分はぼろぼろなのに階段だけは綺麗だよね」
「恐らく正しい道順で来いってことなんだろう。階段を使って降りなければ、正解ルートにたどり着けないんじゃないか。だから階段や最初の着地地点だけ妙に丈夫に作られてるんだろう。階段部分には妙な魔力の音を感じるからな」
ミズミの説明に思わず私も辺りを見回していた。ミズミの能力はこういう時本当に便利だなぁと感心してしまう。
「成程ね。独族も正解ルートできたってことかな。道ボロボロだけど独族も来れたんだね?」
「恐らくな」
「それにしても、どうやって独族はここまで来たんだろねぇ〜。妬族は多いし魔物もいなくはないし、道はこんなにボロボロだし、正直ボクらほどの腕がなけりゃだいぶ苦戦しそうですけどね」
呆れるようにして呟く細身の男に、主がぽつりと呟くように声を漏らした。
「奴隷を使ったんだろう……」
その言葉にギクリとして私はミズミの側に寄って見上げていた。
「一体どういうこと……?」
「囮を使えばいくらでも隙が作れる。妬族がいれば囮が襲われているうちに道を進むこともできるし、階段が見つかるまでは奴隷中心に歩かせればいい。おそらく……妙に道が壊れているのも、犠牲になった奴隷たちが大量に歩いたからだろう。老朽化した遺跡の割には、壊れた瓦礫の山が、比較的新しかったからな……」
その説明に少なからず恐怖と、そして怒りを覚えた。思わず唇を噛んでいると、背後のウリュウが嘲るようなため息を一つ吐いた。
「ある意味、よく考えましたねぇ〜。見事なくらい狡猾な奴らだねぇ」
「……許せない……。自分たちの目的のために、関係のない人たちを巻き込んで、命の危険に晒すなんて……!」
思わず私も怒りから言葉が漏れていた。すると即座にミズミは続けていた。
「ああ、自分たち一族に犠牲を出さないための身代わりとしてな」
そう答えるミズミの瞳がまた紫色になっていて、彼女の怒りを垣間見る。一方で表情が変わらないように見えるハクライですら、呆れるように漏らしていた。
「手段を選ばないね、独族も」
「高慢なんだろ。特に独族の王とその周辺の奴らがな」
そう吐き捨てる彼女の言葉には、やはり怒りがこめられていた。