表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
邪悪な王は偽れる  作者: Curono
第7章「想う王、揺れる女」
179/247

呪われた一族2


「きゃぁあああ!」

「走るぞ!」

 叫んでいる暇もない。叫び声を上げる私の腕を思い切り引っ張り、ミズミは私を引いて走り出していた。走りながら叫ぶ私の後ろで、あの魔物のような金切り声を上げて、妬族がビタビタと走ってくる気配を感じ、本気で私は恐怖から叫んでいた。

「いやぁあああああ!」

「くっ……! 一体突き放すぞ!」

 言うが早いが、ミズミは私の背後に向けて片手を伸ばしていた。

『スィ……フェンファー!』

 ミズミの呪文とともに、金切り声の一つが遠のいたのが分かる。でもホッとしたのは一瞬だ。すぐにまたあの金切り声がより激しくなった声が背後でして、私は前のめりで走り続けていた。角を曲がる私の背後でミズミの叫ぶ声がした。

「階段を降りろ! 階層を替えてまで奴らは来ない筈だ!」

 ミズミの声に私は辺りを見回した。通路の先に薄っすらと階段が見えて、私はそこ目掛けて走った。階段が下に伸びるのが見えた時だった。

「くっ!」

 ミズミの声がして慌てて振り向いた。見ればずっと私を追いかけていた妬族が、その片手を異様に伸ばし、ミズミの髪を掴んで引っ張っていた。もはや走るのを止めて構えるミズミに、真っ赤な魔物のような人影が覆いかぶさるように伸びて見えた。

「ミズミ、危ない!」

 迫りくる敵の手に、私は反射的に呪文を唱えていた。

『フレイ!』

「駄目だ、ティナ!」

 ミズミが予想外にも緊迫した声を私に向けたものだから、私は術を放った直後、焦るように腕を引っ込めた。けれどもう私の手のひらから発動された魔法の炎は、彼女に襲いかかっていた妬族の脇腹に向かっていた。

 魔法攻撃が当たった途端、まるで魔物のような不気味な金切り声をあげ、あの妬族が私に振り向いた。ゾッとした。あの瞳のない顔だと思っていた赤い筋だらけの顔に、空洞の瞳が大きく見開かれていたからだ。言うなれば眼球が抜け落ちて、ドクロのような空洞が、その赤い筋だらけの顔にあったと言えばいだろうか。その上、縦に首まで裂けたあの大きな牙だらけの口、それを怒りに振るわせて開けていたのだから、その不気味な顔に、私は恐怖から体が動かなくなっていた。

 その間にもあの長い腕が私の方に伸びていて、背筋が凍る思いを感じていた時だった。

「ティナ、離れろ!」

 ミズミの声がして、あの妬族の背中に跳びつくようにして体を抑え込む彼女の姿が目に止まった。それに気が付いて息を飲んだ直後だ。ミズミが苦痛に顔を歪めるのと、捕まえられた妬族が、ゆっくりと背後のミズミに顔の向きを変えるのはほぼ同時だった。

 その間にも赤い体に触れたミズミの両手には、あの赤い筋が侵蝕を始めていて、私は息を飲んだ。こんな風にして同化をしてくるんだ……!まるで植物の根が張るような侵蝕の仕方があまりに不気味で、私は言葉も出なかった。

 苦痛で息を飲むミズミに向けて、あの妬族は首まで裂けたあの大口を彼女に向けて開いていた。そのままミズミの胸元に噛みつこうとしていることに気が付いて、私はようやく我に返る。

「ミズミ! 今助ける!」

 言いながら、その両手に魔力を込める私に、ミズミは思いがけないセリフを吐いた。

「攻撃は駄目だ! 治癒魔法をコイツにかけてくれ!」

 意味が分からなくて、動きが止まった直後だった。無数の牙が縦に開いたあの不気味な口で、妬族はミズミの胸元に噛み付いていた。

「っ……ぁああああっ‼」

 初めてはっきりと聞くミズミが苦痛で叫ぶ声だった。噛みつかれた場所から、あの赤い筋がまるで生き物のように彼女の首元へ、顔へ、腕へと侵蝕していく。このままじゃミズミが……!

 焦りから動揺するけれど、私はすぐに自分を奮い立たせた。ミズミの指示を思い出してすぐに呪文の暗唱に入った。恐怖と焦りから声は震えていたけれど、それでも彼女を助けたい気持ちは強かった。

『世界を満たす万物の力……侵されし器を……あらん限り……癒やし給え!』

 特大の治癒魔法だ。ミズミの指示の意味は分からなかったけれど、妬族だけでなく、ミズミにもその魔法が当たるようにと、最大限の範囲に広げて術を放った。薄暗い地下の空間に、まるで突然差し込んだ日差しの様な暖かさ、溢れる光の粒、その治癒魔法が妬族に当たり、敵の姿に光が伝播したと思った直後だった。

「………ォオオオオ……」

 唸るような奇妙な声だったけれど、今までの金切り声とは明らかに違った。まるで、嗚咽するような何処か悲しげな響き、そんな鳴き声を初めて妬族が上げたのだ。

『……クァユ……』

 今度はミズミの奇妙な呪文の声がして、私はそこでようやく我に返った。そうだ、ミズミ、侵食されていた体は――

 と、そこで彼女の体を見て驚いた。首元に噛みつかれた牙の後はあるけれど、あの体に侵食していた赤い筋が、まるで元の場所に戻るかのように妬族の方向へ戻っていく最中だったからだ。

「え、え、ええ? 一体どういうことなの……?」

 意味が分からず思わず困惑する私を他所に、茶髪の美女は予想外な行動をしていて、更に私は呆気にとられていた。ミズミは自分に噛み付いていたあの妬族を、まるで子供をあやすかのように優しくあの頭を撫でていたからだ。

「……痛かったな……辛かったな……。もう大丈夫だ……」

 あまりに予想外の行動に、私は本当に言葉をなくしていた。触れた場所から侵食される筈のあの皮膚に触れても、ミズミの手は侵食されていない。でもよく見れば彼女の手のひらは光っていて、そこに何か術が発動しているのが分かった。あの術は……一体何なのかしら?

 そんな私の心の声を聞いたのか、ミズミは私ため息と共に流し目をするように視線を送り、落ち着いた声で答えた。

「妬族に攻撃は逆効果だ……。彼女たちを落ち着かせるには癒やしの力が一番……治癒魔法が妬族に効く対処法なんだよ……」

 囁くように言いながら、ミズミは目の前の妬族の頭を最後の一撫でをして、優しくその肩を叩いていた。

「お前達のねぐらを煩くして悪かったな。もう大丈夫だ。俺たちも用が終えたらすぐ去る。さあ、安心できる場所に戻っていい。もう俺たちも邪魔はしない。また……辛くなったら来るといい。痛みを和らげてやるよ……」

 彼女の言葉を聞いて本当に安心したかのように、先程までの荒々しい足音もなく、静かに足を引きずるようにして歩き去る赤い背中に、私は心底驚いていた。

「……え……ええええ……? ち、治癒魔法で……いいの?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ