呪われた一族1
「……もう動いていいぞ」
何度目かのそのセリフに、深くため息をつく様に深呼吸して私はぐったりしていた。
ミズミに基本従う形で、もう何人もの妬族をやり過ごしていた。壁穴に隠れたり、砕けた通路の瓦礫の裏に隠れたり、薄暗い通路でライトの魔法も使わずにこそこそと先に進むのは本当に容易ではなかった。その上ねぐらにしているだけあって妬族とかいう不気味な一族は本当に何処かしこに居て、隠れながら進む他道がない。しかもあの不気味な歩き方や魔物のようなうめき声を上げる様が本当に怖くて、隠れている間私は気が気でなかった。
「数が増えてきたな……。この辺りが奴らの拠点なんだろう……。通路の雰囲気からして、遺跡の奥は更にこの奥なんだろうが……奴らの拠点を突っ切るしかなさそうだな……」
囁くような音量で独り言を呟くミズミがずっと紫色の瞳をしていて、彼女が術を使い続けて気を張っているのが分かる。こんな怖い場所でミズミ、気を張り続けて疲れないのかしら?
そんなことが気になって、私はそっと彼女の頬に手を伸ばした。
「ミズミ、よかったら回復する? ずーっと気配探り続けて、私連れて隠れて、流石に疲れたんじゃない?」
彼女同様囁くように尋ねれば、私を見て一瞬だけ目を丸くするミズミと目が合う。わずかに鼻を鳴らす間にその瞳が緑色に変わる様は、宝石の輝きが変わるかのようで思わず見惚れた。その間にミズミは口元をわずかに緩めて微笑んでいた。
「それはティナもだろ。今はまだ大丈夫だ。それに……」
と、また通路の奥に視線を送るミズミは、瞳の色がまた紫に変わる。
「ティナの回復の術は……恐らくいざという時に頼りになる。温存しておけ。最悪、ティナに頼るしか無いからな……」
その言葉に、私は思わず固唾を飲んでいた。彼女が私の治癒魔法を必要とするということは、激しい戦闘の可能性があるってことだ。私は無言で何度か頷いて見せた。
またミズミは隠れていた瓦礫の山から離れて歩き出す。でも今度は私の前を歩くのではなく、手を引いて並ぶようにして歩きだしていた。恐怖からドキドキしている間にも、耳元でミズミが声を発する。
「この辺りがアイツらの拠点だとすると、気が立っていて危険だ。いざとなれば走る。ティナ、遅れずについてこいよ」
囁き声だけれどその口調は強い。その強い言い切りに、耳元で囁かれるその息遣いに、どうしても無駄にゾクリとしてしまうけれど、今はそれに文句を言っている暇はない。私は無言でまた頷いた。
しばらくそうやって歩いていると、妙な音が聞こえてきた。それはまるで肉食獣がむしゃむしゃと獲物を食べているかのような音だ。その上ミズミの歩く方向は、その音に近づいている気がしてならない。私は怖くてミズミが私の手を握っているその腕に、しがみつくようにしていた。
「……やはりな。妬族の拠点だ。やつら、この遺跡の魔物を餌にしてたんだ。だから妙に魔物が少なかったんだな……」
囁き声で呟くミズミは、更に私の耳に口元を近づけてくる。今度はまた違った意味で思わず肩が縮こまる私に、ミズミは一瞬ため息を漏らしつつ囁いた。
「……そう反応するな。別にお前を感じさせたくてやっているわけじゃない」
「分かってるってば」
思わず口調が強くなる私に、またミズミは吐息を零すものだから、また無駄に反応してしまう。
「……静かに」
「分かってるってばぁ……」
もはや完全に二つの意味で彼女の腕にしがみつく私に、ミズミは再び呆れるようなため息を零しつつ、また囁いた。
「奴らの背後を通る。ティナには少々怖いものを見ることになるから、なるべく奴らの方を見るなよ。俺にずっとくっついてろ。いいな」
その言葉に、私はもう声を出すのを諦めて無言でコクコク頷いて見せた。するとミズミは私の目の前に指を持ってきて、進むべき道を指差した。
「この道をまっすぐ行ってあの角を右に曲がる。また地下に続く階段を降りることになるが、恐らく目的地はその先だ。そこまでは頑張れよ」
またも私は無言で頷くと、一呼吸挟んでミズミはまた囁いた。
「行くぞ」
私の腕を引いてミズミは静かに、でも思ったよりも早く、その通路に足を踏み入れていた。
通路同士が交差する十字路のような場所だった。相変わらずの弱い壁の光源が揺らめいているその光を受けて、二つの影が揺らめいて私達の足元に伸びていた。通路に入れば、あの肉食獣が何かを食らうような音が大きくなる。怖いけれど、どうしても音の出どころが気になって、光を受けて伸びる影にちらと視線を向けてしまっていた。
妬族だった。二人の妬族が何かを食べている。でもその姿が目に入った途端、私は背筋が凍りついた。頭と首が、そこから縦に真っ二つに割れるんじゃないかと思うほどに大きく裂けて、そこから伸びた無数の牙が黒い毛むくじゃらの魔物を引きちぎっていた。無数の牙が噛み合わさるように口元と首元で合わさり合い、まだ動く魔物の手足を噛み砕きながら飲み込む様は、とても人とは思えない。
その捕食風景に、私は体が硬直していたに違いない。私を引いて素早く歩くミズミと歩調がずれて、私は思わずよろめいた。それに即座に気づいたミズミが私の体を支えるが――
カツン、と石を蹴る音が響いた。はっとする間もなく、ミズミが舌打ちしたのが聞こえた。ミズミの足が小さな小石を蹴っていたのだ。直後、捕食していたあの二体の妬族が振り向いた。
初めて、その顔を正面から見た。光が当たらなくて瞳部分が真っ黒に抜け落ちた顔に、真っ赤に染まった無数の牙が縦に裂け、薄暗い中光を背後から受けて牙ばかりが光るその姿に、反射的に私は叫んでいた。