妬族3
「……阿呆、今気にする話題か」
たちまち耳元で呆れるようなミズミの声が響く。ため息交じりに耳元で囁かれて、思わずゾクリとしてしまう。
「ん……ミズミ、耳元はダメぇ……」
反射的に肩が縮こまる私に、茶髪の美女が鼻で笑う音がした。
「自業自得だ。……ティナ……まだ動くなよ……」
今度は絶対わざとだ。私の名前にわざと吐息混じりに囁いて、耳に息を吹きかける彼女の声に、私はやはりゾクッとして肩が縮こまってしまう。息を飲む私に、ミズミはまたも耳元で吐息混じりに笑うのだ。
「フ……いい子だ……声を出すなよ、そのままだ……」
そう言って更に耳元に口を近づけるけれども、それがからかいの意味だけでないのが分かる。彼女が囁いた直後、あの通路の向こうで足を引きずるように歩く、あの妬族の足音が近づいて来た音がしたからだ。今度はその恐怖から肩が縮こまる私に、ミズミはまたも耳元で囁くように続ける。
「まだ気付かれてない、大丈夫だ……。このままもう少し大人しくしてろ……」
その声に、その吐息にゾクゾクしながらも、私は小さく頷いて唇を噛んで声を堪えていた。
そうしてしばらくしていると、あの足音が遠くに行ったことを感じ取る。そこでようやくミズミが息を吐きながら、私から体を離した。
「……無事ごまかせたな……」
相変わらず音量は小さいけれど、ミズミが落ち着いた声でそう呟くのを聞いて、私は色んな意味でため息をついてうなだれていた。
「……ティナ、大丈夫か? 大分疲れてるぞ?」
その声に顔を上げれば、ニヤリと口の端を歪めて笑う、あの意地悪な笑顔に気が付く。
「……もー……誰のせいでこんなに疲れたと思ってるのよ……」
思わず彼女を睨むようにして答えれば、ミズミは肩を震わせて小さく笑っていた。
「クク……そう怒るな。まさか、ティナは耳が弱かったとはな。今後、この手は使わせてもらおうか」
「なっ⁉」
彼女のドキリとする意地悪な発言に本気で焦って声を出せば、即座にミズミは私の口元に指を寄せていた。優しく唇に触れるその指先の動きに、またも無駄にドキリとさせられる。
「静かに。奴らはいたる所にいる。大きい声は出すなよ」
急に真剣な眼差しを向けられて、私はその顔に見入るようにして頷いた。相変わらず真剣な顔になると、その瞳の輝きの強さも、真面目な雰囲気も、声色さえも、男の人と思わせるくらいにかっこいい。ミズミってば、意地悪だと思ったら次の瞬間に急にかっこよくなるんだもの。何だか本当に、無駄に彼女に振り回されている気がするなぁ……。
そんなことを思って再びため息をつく私に、ミズミは茶髪を揺らすようにして背を向け歩きだしていた。
「ティナ、俺から離れるな。距離が空くと守りきれん」
「……分かってますよーだ」
またも乙女心を揺さぶるようなかっこいいセリフをサラリと言ってのける背中を、私は睨むようにして見つめながら、頬の火照りを感じていた。