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邪悪な王は偽れる  作者: Curono
第7章「想う王、揺れる女」
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偽りの理由3


 私の問いかけに、ミズミが目を細める様にして微笑んだ。

「女だとバレると余計な輩が寄ってきて面倒だからな。女としての武器を使う時以外は基本的に封じている。これがいつもの俺だ」

 そう言って微笑む顔が、確かに綺麗なのだけれど、既に中性的な印象を受けるのは気のせいかしら……? 体つきや雰囲気までも、この封印で変わってしまうのだろうか? そう思うと少しばかりもったいない気がしてしまう。

「折角美人なのに……不自然じゃないの? そんな封印して……」

 ごもごもと問いかける私に、茶髪の美女はまた口の端を歪めていた。

「俺にとって男のふりをする事は別に自然なことだからな。小さい頃から男のフリをさせられていたから、ちっとも不自然じゃない」

 その言葉に私は首を傾げていた。

「え……? 小さい頃から? 男の子として育てられてたってこと?」

 まあ確かに彼女の行動や発言は、女性らしいと言うよりは男性らしいけど……と思っていると、目の前の美女はまた頭を振り水気を払う。

「男の子のフリをしろって、姉さんにいつも言われていたんだよ。恐らくは……姉さんなりに俺を守る策だったんだろ……。姉さんは俺に強く生きろと言った。女のままでは、強く、自由に生きられない、そう思ってたんだろうな……」

 その言葉に納得すると同時に、納得したくない気持ちも湧く。この闇族の大陸では女性は虐げられやすいけれど、こうも嫌な気持ちが湧くってことは、私が知る世界では女性が虐げられず、女性のままでも自由に生きられる可能性があったってことだ。ミズミだって綺麗な人だもの。本来のあるべき姿で生きてもいいんじゃないかしら……?

 そう思ったら、思わず口が開いていた。

「でも……もうミズミは十分強くなったじゃない……? もう男のフリをする必要もないんじゃないかなって、思うけど……」

 少し迷ったけれど素直に言えば、彼女は自嘲気味に笑っていた。

「今更女で生きるつもりはない。俺は、このあり方が俺なんだ。それに」

と、急に彼女はしゃがみこんで、顔を近づける。その上優しい指の動きをして私のあごを指先で持ち上げた。その柔らかな仕草にドキリとしてしまう。

「今の俺で喜ぶ女もいるなら、それも別に悪くないしな」

 目を細め優しく笑う顔が思ったより近くて、心臓の音が耳の奥に響いた。思い切り思わせぶりなセリフに、私はあたふたしてその手を払った。

「別に、わ、私はミズミに喜ばないんだからっ」

「お前に言ってない。そういう女もいるだろって話をしてるんだよ」

 そう言って手を離して肩を震わせる美女に、私は思わず頬を膨らませていた。

「もー! 紛らわしい行動しないでよっ」

「お前が勝手に期待してるんだろうが」

「してないってばー!」

 逃げるように水場を後にする彼女の背中を追いかけて、私もその場を後にした。ミズミのからかいなのだけれど、それでも思わずドキリとさせられることに、ミズミに対する苛立ちよりも、自分自身にどうしても動揺してしまう。――だめだ、あの人の記憶が戻ってくればくるほど、どうしてもミズミの性格が、やり取りが、彼に似てるってそれに心が揺らされてしまう――それを嫌でも自覚させられる。

 そんなことを思いながら私は頬を押さえ、一呼吸挟んでタオルで体を拭き始めた。

 ――だがしかし、ここでちょっとした事件が起こる。タオルだけ持ったミズミが、水浴び場を出て着替え場に入った途端だった。

「――っに考えてんだお前っ!」

 思いがけない大声に驚いて、そっと水浴び場の扉から顔を出せば――タオルをかろうじて体に巻いたミズミの目の前で、頭を抱えてしゃがんでいる人影に気づく。ミズミの背後から、彼女の体に隠れているその人物を覗き見れば――黒い長髪を床につけて頭を押さえている人物――彼女の相棒の姿じゃない。

「え……ハクライ……?」

 思わず声が漏れれば、しゃがんだままの男が声を絞り出していた。

「ミズミ、いきなり全力はひどい……」

「当たり前だ! 着替え場で不意打ちはないだろ! 本気で姦族かと思ったぞ……」

 その発言に、ハクライの状況がようやく理解できた。どうやらハクライってばミズミに不意打ちで近づいたんだろう。それに驚いたミズミが攻撃でもしたってことなのかしら。彼が頭を押さえているのはそこを殴られたからだ。とはいえ、一体どうしてこんな事になったのかはまだ分からない。その間にも二人の言い争いが続く。

「あんなのと一緒にすんな」

「行動が既にアイツラと一緒だ!」

「違う、ちゃんと約束してるっしょ」

「や、約束……?」

「え、何なの? 何なの?」

 意味が分からず問いかける私の目の前で、しゃがんでいた男はいきなり立ち上がり、ほぼ半裸の美女を見てにこりと笑っていた。ミズミがタオル一枚という魅惑的な状況下だというのに、相変わらず彼の笑顔は無邪気で本当に色気がない。もう少し――こう、いい雰囲気で迫るとか、ハクライ考えないのかしら――なんて余計なことを私は考えてしまう。

「約束は守るよね。ミズミ、俺の言う事一つ聞いてくれるんでしょ」

 その言葉にミズミがぎくりと一歩後じさり、そのままの姿勢で硬直していた。

――ああ、そうだった。そう言えばミズミ、ハクライに言う事聞かせるために一つ約束したって、そんなこと姦族の宿場で言ってたっけな――。そんなことを思い出している私の目の前で、二人がじりじりと距離を取り合っていた。

「……待て、何でも聞くわけじゃないからな……」

「裸見せて」

「ふざけんな!」

「じゃ胸だけ」

「殴るぞ!」

「キス」

「断る!」

「じゃあ、今のミズミ、捕まえられたらそうするから」

 途端、二人の逃走劇が始まっていた。

「え、待ってミズミ、その姿で走るのは危険……」

 しかしそんな私の声は既に届かぬ距離だった……。ほぼ半裸の艶かしい姿をした美女と長髪の男は、そのまま宿屋の廊下を走り去っていった……。

「……やっぱりミズミ……ハクライには、たじたじなんだなぁ……」

 もはや二人の姿が見えなくなった廊下を見て、ぽつりそんなことが口をついていた。



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