偽りの理由2
この表情は今日何度か見ていた。少し元気のないような、どちらかと言えば暗い空気。なんだか今日はやたらとこんな顔をするな、と思って私は思わず首を傾げていた。
「……ミズミ、なんだか今日はちょっと様子変ね……。何か、考え事?」
無言の彼女の隣に私も座り込めば、ミズミは水面に視線を向けたまま小さなため息を漏らした。
「……考え事というよりは…………思い出すだけだ。……姉さんをな……」
初耳だった。彼女の家族についてなんて、今まで一度も聞いたことがなかったから、私は本気で目が点だった。でも即座に不安も湧いた。ここは闇族の大陸だ。この土地に来てまだ日は浅いけれど、それでも残酷で過酷な現実は嫌というほど見てきた。多くの弱い立場の人が虐げられて苦しんでいる様子を見てきたからこそ、彼女の家族についても、なんだか嫌な予感がしてしまったのだ。
そんな私の心を読んだのか、ミズミはチラと私を見てくる。けれど特に表情は変えず、すぐに視線を水面に戻していた。
「……俺は髪を短くしているが……姉さんは長くてな。髪の長い自分の姿が、姉さんに似ていて、正直驚いたんだ。……ま、姉妹だから当然だがな……」
その言葉に素で驚いて、私は彼女の昼間の姿を思い出していた。
「あんな綺麗な人なんだ……。ミズミのお姉さん……」
思ったことがそのまま口を付けば、ミズミは薄っすらと微笑んでいた。
「……ああ、綺麗な人だったよ、どっちもな」
「どっちも……? 二人くらいお姉さんがいるの?」
「ああ、いた」
その言葉に私は思わず唇を噛んでいた。いた、という過去形……ってことは……今はいないって……そういうことなんだろう……。
彼女のお姉さんの話は気になったけれど、それ以上聞くのが悪い気がして、言葉が出なかった。けれど、恐らく彼女は私の心を読んだのだろう。ミズミは視線を水面に落としたまま、呟くように話しだした。
「……ティナの予想通りだよ。もう姉さんはこの世にいない。……守れなくてな……あの時の俺では。姉さんが殺された時、俺はそれを感じ取る力もなかった。……今でも時々悔やむ。俺がもっと早く、先生に出会っていれば、この術を身に着けていれば、あの時もっと強くなっていたのに、とな……」
彼女からこんなことを話してくるなんて、本当に珍しい。いつも自分のことを語りたがらないミズミが、こんな風に話してくれるなんて……
驚くと同時に、彼女がそう語るのは、彼女の心の奥にある傷故であることもなんとなく見えてしまって、私は悲しさも湧いていた。本当は、彼女の先生のこととか、どんなお姉さんだったのかとか、色々聞きたいことは浮かんだけれど、でも何も言えなかった。私はそっとミズミの肩に頬を寄せて頭を乗せるようにして、そっとその肩を手で触れて頷いた。私が何か言ったところで、彼女の傷が癒えるようには思えなかった。でも、痛々しい彼女の言葉に、私ができることってなんだろうって、彼女のその言葉を受け止めることくらいしかできないな、と思ったら、自然と体を寄せていた。お互い裸だからこそ、その体温が優しく皮膚に伝わってくる。彼女の辛さを和らげられない自分に、少しばかり辛い気持ちも感じていた。
体の動きから、彼女が息を吸ったのが分かった。ため息をついて彼女は口を開いた。
「……そんな音を出すな。今更過去は変えられない。それは俺も分かってる」
隣のミズミが空を仰いだのが分かる。少し上から彼女が零す言葉に、私は頷いた。
「もう姉さんは戻らない。だが、姉さんのように苦しむ女を放っておきたくない。それに気がついたからこそ、生きる決意ができて、そしてここまで強くなれた。……お前がそんな気に病むことはない」
そう言って、彼女は私から少し体を離して、私の顔を覗き見て微笑んだ。強い輝きを放つ緑色の瞳が、本当に綺麗だった。もしかして、と私は思う。彼女の美しさは、ただ単に外見から来るだけではないのかもしれない。痛々しい過去があっても、それでも前を向く彼女の強さが、その生き様が、こんなにも美しく映るのかもしれない。そんなことが胸をよぎる。
でも見惚れていたのは一瞬だ。彼女はすぐに立ち上がると、力強くその両手を握りしめ、髪を振るうようにして天を仰ぐ。
「……そろそろ、いつもの俺に戻るか」
言っている意味が分からなくて、私が首を傾げていると、その見上げた彼女の綺麗な裸体に、怪しげな黒い光が現れた。思わずギョッとして少しばかり彼女から後退ると、その光が何なのかが分かる。光らせているのは彼女の両手、その両手から黒い光が放たれて、その黒く光った手のまま指先を腰に当てれば、腰にもその光が伝播する。
禍々しい力を感じて思わず眉がよる私の目の前で、ミズミは自分のその艶めかしい腰のラインに、黒い指先で大きく何かを書いていた。それは読めないけれど明らかに強い魔力の働く術に思えた。
『フー・ヌウ』
黒い文字とともに、ミズミがゆっくりと唱えたそれは呪文だ。直後、あの黒く禍々しい力を零すように光っていた腰が、一度強く光って沈黙した。しかしそこに薄っすらと黒い文字がやはり残っていた。感じ取る力がどうにも邪悪で、それは呪いを思わせた。
「……ミズミ……それは一体……?」
警戒するように問いかければ、ミズミは眼下の私の顔を見て、にやりと口の端を歪めた。
「……女の封印の呪いだ。俺の体にある女としての機能を封印した。これがいつもの俺なんでな」
その言葉に私は目を丸くしていた。
「女の封印……?」
疑問が浮かぶけれど、その直後、随分前にハクライが言っていた言葉を思い出した。そう、ハクライと初めて出会った鬼族の城で、ミズミと再開した彼が言っていた発言だ。
――あれ? なんで女の子に戻ってんの? 封印は?――
そこで彼女の言っている意味がようやく腑に落ちた。
「ミズミ……もしかして、いつも……男として振る舞うために、女としての自分を……封じているの……?」




