砂漠の石版へ1
広い草原に立っていた。吹き抜ける風が気持ちよくて、私は大きく息を吸う。風に遊ばれて自分の髪がなびく。光を受けて金色に輝くのは私の自慢の髪だ。指先で髪を摘むと、光に当たらないと茶色っぽく見える。こんなところは、兄に似ているなと思わず笑みが溢れる。
そうだ、ここは私のお気に入りの場所だった。いつもここで私は一日の最後を見送る。光の射す方向を向けば、オレンジ色の輝く太陽が瞳に飛び込む。その光に染められて、眼下の白い町並みが橙色に染まる。この景色が好きだった。
「またここにいたのか」
呼びかけられたその声は、酷く懐かしく感じた。声を聞いた途端、胸が締め付けられるように息苦しくなる。そうだ、私は――この声が――好きだった。
声の方向を見けば、予想通りの人物が私を見つめていた。そう、私の大好きな人――。
わざわざ私を探しに来てくれたのだろう。いつもそうだ。私が不安で一人でいる時、特に何を言うでもなく、ただ傍にいてくれた。きっと今日も、私のことを心配して傍にいようと、ここまで来てくれたんだ。そう思うと嬉しくてまた笑みが零れた。
「何笑ってやがる」
「ううん、ここの景色、オレンジ色で綺麗でしょ。私、この景色が好きなんだ」
そう言う私を横目で不機嫌そうに見るけれど、本心は不機嫌じゃないことを私はよく知っている。言うべき言葉が分からない、だから言葉に詰まってとりあえずそんな表情をするしかない。いつもの彼の癖だ。
そんな彼を真下から見上げて、私は彼をからかうんだ。
「君の髪、オレンジ色で綺麗だよ」
一日の終わりを告げる陽の光に染められて、彼の髪もオレンジ色に輝いていた。そんな彼の姿も、私の言葉に居心地悪そうに視線をずらすその照れ隠しの表情も、全部全部大好き――。
そんな大事なことを、ようやく私は思い出した。
「ねぇ――」
気持ちを伝えたくて口を開いて――私は唖然とした。
どうしてだろう――彼の……彼の名前が思い出せない。考えても考えても――どうしても名前が出てこない――。
確か――彼の名は……ソウガ……ううん、違う――。なんだろう、何だったっけ……。
こんな大切なことを思い出せない自分に、酷く心が揺らいでいた。




