揺れる関係3
男が言うお礼の話とは、雪山での氷の洞窟攻略の際、食事量が足らず男は貧血のような状態になり、相棒のミズミが助けてくれた時のことだ。飢餓状態一歩手前で戦って、気を失い倒れた男に、ミズミが自分の血を与えることで男は飢餓状態になること無く意識を取り戻すことができたのだ。その時の礼として男は果物を準備してくれたようだった。
しかしその時のことを思い出して、女の方は自分が取った行動――自分の血を分けるために男に口移ししたこと――を思い出していたようだった。
男の視線を受けるうち徐々に頬が赤らんでいた女は、居心地悪そうに唇を噛み視線を外しながら口を開いた。
「……今後、ああいうことがないようにしてくれよ、相棒」
「勿論」
相棒の言葉に即座に返す男は、またあの無邪気な笑顔に戻っていて、それをチラと盗み見るようにする女の頬は、まだ赤らんでいるように見えた。そんな女の様子を知ってか知らずか、長身の男は椅子により掛かるようにしてニコニコと嬉しそうに言葉を続けていた。
「あー……でも正直、ミズミから口付けされるとは思ってなかったから、あれは嬉しかったなー」
「……それ言うな。あれは緊急事態だったから――」
「勿論、もう飢餓状態手前にはならないようにするけど、あれはまたあってもいいかな」
「ふざけんな、忘れろ」
「大事に覚えとく」
「殴るぞ」
「でも」
と、既にボケとツッコミのような言い合いになっていた最中、唐突に長身の男が隣の椅子から身を乗り出して相棒の顔を覗き込む。その急な至近距離に女の方が息を飲んでいた。
「どうせなら、ちゃんとしておきたい」
いつもは間の抜けた男ではあったが、この時のセリフばかりは少しばかり声色が低く真面目な声だった。その急な変わりよう、そして男に真顔で顔を寄せられて、茶髪の女が狼狽するように目を丸くするが――
次の瞬間、鈍い音が響いて男は床に沈んでいた。見事女の鉄拳があごに炸裂したようである。
「痛い……」
「あれは緊急事態だからっつったろ!」
「俺はいつでもいいのに」
「いつでもダメに決まってんだろ!」
「あれ〜……なんか、お二人、また何かあったんですかぁ〜?」
今度は間延びした甲高い声が響いて、つい今しがた宿屋の入り口を開けたのは細身で緑の服を着た男だった。拳を握りしめたままの茶髪の人物は、その細身の従者に怖い顔で振り向いた。
「……メイカ……貴様も帰りが遅い……」
そう言ってミズミに睨みつけられている男は、床にしゃがんであごを押さえ込んでいる長身の男を見て、その細目を更に細めてため息を付いていた。
「あ〜……もしかしてハクライ、帰りが遅くなってスティラ様に怒られたの? やだなぁ、旦那の帰りが遅くて怒る鬼嫁みたいな……」
全てを言い終わる暇もなく、今度は細身の男が床に沈んでいた。
「それにしたって何です? 何もちょっと帰りが遅くなったくらいで殴らなくても〜」
主の茶髪の女の怒りが落ち着いた頃合いに、細身の従者は頭を擦りながら愚痴るように言う。その言葉に、椅子に腰掛けた凶暴な主は足を組み、不機嫌そうに鼻を鳴らしていた。
「そんなことにいちいち怒るか。だが、今回はお前を待っていたのは事実だ」
「え、ボクのこと?」
「俺は?」
男二人のそれぞれの反応に、ミズミはため息を挟んで答えた。
「ハクライは先に寝ててくれ。ティナが一人で部屋にいる。護衛を頼む。手は出すなよ」
「出さないよ、失礼な。俺手を出すのはミズミだけだから」
「ふざけんな、返り討ちにするぞ」
「それはヤダ」
「で、ボクにはなんなんです〜?」
男女のやり取りを呆れるように見て、細身の男が呆ため息まじりに言うと、思いがけず主の女は目を細めて低い声で続けた。
「……ティナの使う古代魔法について教えてくれ。……これは、歴史とは関係無い筈だ。そうだろう、メイカ?」
その言葉に、細身の従者は一瞬眉を寄せ真顔で主を見ていた。
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