危機回避2
「いやあ、心配したけど、敵は追い出したんだねぇ」
そう言うウリュウの表情がいつものにへら顔な様子に、私も緊張が解けて思わず笑みが浮かんでいた。しかし細身の男は立て続けに言葉を紡いだ。
「ところでハクライは大丈夫〜? ティナちゃんがスティラ様の名前を叫ぶ声を聞いて、脱兎のごとく飛び出して行っちゃったからさぁ、止める暇もなくて……」
その言葉にはっとしたのも束の間だった。背後でドサリと何かが倒れる音がして、直後背後のミズミが走り出す音が聞こえた。その音で私は、背後で何が起こったのかを察した。
「そうだ、ハクライ……!」
慌てて私が振り向けば、地面に倒れ込んでいる長身の男性が目に飛び込んだ。
「ハクライ!」
倒れ込む長身の男に、ミズミは素早く駆け寄っていた。地面に突っ伏して長い黒髪を無造作に流している姿には思わずゾッとする。生気のない倒れ込み方は、それだけで嫌な予感をさせる。意識をなくした倒れ方だった。
「ミズミ、大丈夫なの、ハクライは……治癒魔法使う?」
ミズミの背後に近づいて問えば、ミズミは素早く首を振った。
「飢餓状態に治癒魔法は効かん。血が足らないだけだ。だから動くなと言ったのに……!」
その言葉に、ウリュウまでもが大きくため息を付いて近づいてきていた。
「どうします、スティラ様。ボクの血でもあげてみる?」
その言葉に、ミズミは一瞬迷ったように見えた。
「……気持ちはありがたいが……そこまでするほどじゃない筈だ。おい、ハクライ、聞こえるか」
言いながら、ミズミはうつ伏せに倒れている長身の男の体の向きを変え、その頬を叩いていた。何度か呼びかけても、わずかに唸るような声をもらすだけで、彼の瞳は固く閉じられて開く気配がない。血の気の引いた顔に青ざめた唇が嫌に目立って見えて、私は思わず唇を噛んでいた。先程までのまさに鬼のような形相とは正反対で、真っ白な生気のない顔色、その変わりように私まで血の気が引いていた。
「どうする、ミズミ……」
どう手を打てばいいのか分からなくて、焦る気持ちをミズミにぶつけると、ミズミは目を細め、一瞬唇を噛んだ。その表情は、彼女ですら焦りを感じているように見えた。
「ハク…………ちっ……」
舌打ちを響かせた直後だった。ミズミは自分の人差し指と中指を自分の口に入れたかと思うと、一瞬顔を歪めた。そして思いがけない行動に出た。
「ハクライ」
言いながらミズミは倒れたままの彼の顔に顔を近づけた。あまりに距離が近くて、彼女の長い方の前髪が彼の頬に当たるほどだ。片手はハクライの頭のすぐ横に、もう片方の手は彼の胸に置くくらいにして顔を近づける様子は、同性の私が見ても色っぽく見えた。一瞬どきりとした次の瞬間、ミズミはそのままハクライに顔を近づけて――まさかの唇を重ねた。