準備期間2
「次の場所は、あの雪山を登ってみようと思う」
雪の町に来て、ようやくミズミの体力が回復して数日経ったある日のことだ。朝食の時間、ミズミは唐突にそう切り出した。
「雪山〜? 何だって雪山なんです?」
主の唐突な申し出に、デザートの果物を頬張りながら首を傾げるのはメイカだ。ミズミは既に食事を終え、腕を胸の前に組んで目を細めていた。
「町の者に聞き込みをして知ったんだが、あの山の奥深くに、妙な洞窟があるそうだ」
「洞窟?」
初耳な発言に首を傾げるのは長髪の男、そして彼女がそんな聞き込みをしていたとは微塵も知らなかった私も、驚いて口を挟んでいた。
「ミズミ、いつの間に聞き込みしてたの? もしかしてあの喰族の被害確認の時にもうしていたの?」
私達二人の問にミズミは軽く頷いて続けた。
「ああ、被害の確認と一緒にな。とにかく、その洞窟は古くからあり、中には奇妙な仕掛けがあって誰もその奥に入れないそうだ。少なくとも、この付近の住民は恐れて近づかないと聞く。しかし……割と最近……といっても数年前になるが、その洞窟に人が出入りしていたそうだぞ。なんでも、黒尽くめの陰気臭いフードをかぶった男共が、な」
その発言に、私は思わず身を乗り出していた。
「もしかして、独族……?」
「でしょうね〜」
答えたのは細目の男だ。その言葉にミズミも頷いた。それを見て長髪の男も手にした肉を頬張りながら尋ねた。
「ともなれば、雪山のその洞窟が怪しいわけだね。いつ出発するの?」
その言葉に、ミズミはにやりと笑って答えた。
「明日、早朝に動く。今日は雪山攻略のための準備と行こうじゃないか」
ミズミの言う通り、準備は相当念入りだった。雪山を登るだけでもきついのだろうけれど、その雪山でしばらく洞窟の攻略が必要となれば、雪山で数日は過ごす必要が出てくる。そのための準備がいるのだと言われ、私は買い出しに行く羽目となっていた。
「買い物係がどうして私とハクライなのかしら……?」
寒い街の中、歩き回る役回りに私は思わずため息が漏れた。渡された買い物リストが、それはまるで巻物みたいにやたらと長い。食料は勿論のこと、ブーツやら毛布やらよく分からない魔物の爪やら革やら油やら、とにかく買い物の数が半端なかった。回る店もそれだけ多岐にわたる。こんなにもリストが細かく作られていて、それだけで感心してしまう。もしかしたら喰族被害を聞いて回るなんて言っていたけれど、ミズミ、本当はこういった買い物の必要な店もその時に把握していたんじゃないかと思えた。そのくらい、店とそこで買うものの的確な指示が書かれていたのだ。でもそれだけ大量に買い物が必要と分かって、私は感心するよりも先にうんざりしていた。
そんな私の隣では、同じ様に寒さに背中を丸めている長髪の男性がケラケラ笑っていた。
「ミズミが言うには、買い物はティナが一番適任なんだって。俺に頼むと食べ物ばっかり買うし、メイカは雑すぎて頼んだもの買い忘れるし。で、俺は荷物持ちなら出来るだろって、外に追い出された」
その言葉に、申し訳ないけれどものすごく共感してしまう自分がいた。
「……確かに……そう言われると私以外、適任者いないかも……。でも、それを言ったらミズミだって買い物出来るじゃない。寧ろ町の女の子も、その方が喜ぶ気がするけど……」
ふと湧いた疑問を口にすれば、長髪を揺らして男性は首を傾げた。
「多分、ミズミはまた音で探ってる。だから動きたくないんだと思う」
その言葉に私は彼女の能力を思い出した。そうだ、ミズミはあの奇妙な術故に色々聞こえるって言っていた。思わず目を丸くして、私は彼女の相棒に疑問を投げていた。
「へぇ……じゃあ、今もその雪山の様子探っているってこと?」
「多分。遠征先いつもそうやって状況探ってるから。そういう時、ミズミ一人になりたがるんだ。俺が隣にいても邪魔だって追い出されちゃう」
そう言われたら、もうこの役割は私しかいないということに納得せざるを得ない。そりゃあ買い物は楽しいから好きだけど、それでもこんな寒い雪の街、積極的に出歩きたくないなぁ……。
「ところで……買い物のお金ってどうなってるの? やっぱり王様だから財力はあるってことなの?」
渡されたお財布がずっしり重いことを確認して、私は次の疑問が浮かぶ。そのお財布を見てハクライはニコニコと笑っていた。
「俺たちが遠征先で潰した奴らの余り物。持ち主がわかればミズミ、基本返しに行くんだけど、もう持ち主不明の時にはお城の宝物庫行き。お金、宝石、魔鉱石、貴金属、貴重アイテムなんでも揃ってるよ」
「そ、そういう仕組だったの……」
話を聞くと、ちょっぴりその宝物庫に興味も湧く。そんなたわいない会話をしながら私は長髪の男性と共に買い物に回っていた。