竜2
「りゅ……竜……?」
想定もしてなかった発言に、私は話している男の顔を、姿を、まじまじと見ていた。緑色の肩ほどの髪、狭い額に細い目、小さに鼻に口、何よりも特徴的なその細い体。妙に骨っぽいというか、ゴツゴツしているなとは思っていたけれど、とても竜を思わせる姿ではない。
そんな私の心の内を、私の訝しげな態度で察した男が、ようやくあの薄ら笑いを浮かべて私を見た。
「そりゃ今は竜の姿をしてないよ。これは仮の姿。人前で本来の姿なんて滅多に出さないからねぇ。スティラ様には一度エンリン術で正体を暴かれたけど、あの姿を現すのはボクだって十数年ぶりだったからね」
思いがけない説明に、私はただただ彼をジロジロ見て理解を追いつかせるだけで精一杯だった。でも確かに、ウリュウという名をしているくらいだもの、名前にリュウが入っている辺りから、それは真実味があった。とはいえ、いきなりそんな話をされて、私は困惑していた。そんな私をさておいて、ウリュウの説明は続いていた。
「竜の血は、それだけでかなりの力がある。口にしたものは生命力が溢れて力がみなぎるくらい余裕だよ。それこそ、失った体の一部を簡単に癒せるくらいの力がある。でもね」
と、男はそこで目を細めその瞳を鋭く光らせていた。いつもなら見せないその威圧感のある様子に、一瞬背中が寒くなる。
「だからこそ、竜を襲ってくる馬鹿は昔からいたんだ。ボク達一族も馬鹿じゃないからね。そう安々と血肉を分け与えなんかしない。大抵そういう輩は返り討ちだ。だからこそ、こんな邪悪な闇族の土地で、ボク達一族は血を与えることはしてこなかった。代々仕える、この闇族王、スティラ様であってもね」
そこまで言ってウリュウはミズミを一度見て、俯くようにしてため息を付いた。顔を隠したまま俯いた体制で沈黙する男を見入っていると、男は急に顔を上げて息を吸った。そしてハクライと私を見てあの薄ら笑いを浮かべてから、わざとらしく深く息を吐く。その様子は、何処となくヤケになっているようにも見えた。
「正直言うとさぁ〜、スティラ様が瀕死の重傷を負った時、焦ったんだぁ。仕える王が殺されないよう守るのがボク達一族の務めだったんだけど、それが危うくなったからね。でも、一応スティラ様はハクライにも王としての権限を分け与えているから、最悪スティラ様が死んでも、ボクのお仕事は果たせるわけだし、助ける必要なんかないんだって、そう思っていたんだよ。今までのウリュウ一族がそうであったように」
わざとらしいふざけた表情に加えて、この発言だ。思わずカチンと来るけれど、それは一瞬だった。ウリュウはその発言の後、彼にしては珍しく表情を曇らせたからだ。口元は笑っているけれど、その本心が笑っていないことは瞳に表れていた。
「でも、そう思ってこの町まで来たけどさ……ハクライもティナちゃんも、スティラ様助けるために必死なんだもの。なんか、ボクにしては珍しく、これでいいのかって、本気で考えたんだよ〜。このままスティラ様を今までのウリュウ一族がしてきたように見捨てるのか、それとも、ハクライやティナちゃんみたいに助けるのかって……」
ウリュウは深くうなだれて、その緑色の髪で顔を隠すほどに下を向く。顔の見えないまま、男は言葉を続けていた。
「一族の決まりは絶対だ。決まりを破ればそれなりの代償が来る。中には一族に対して発動する呪いすらある。別にボク、一族からハブられることなんて怖くないし、叱られることも気になんかしちゃいない。ただ……ボクは今まで考えてこなかったんだって、思い知ったんだよ……。自らの意思で、誰かを助けようとか、守ろうとか、そう思うような、仲間意識っていうの? ……そーゆーことをさ」
そこまで言って、ようやくウリュウは顔を上げた。薄ら笑いを浮かべてはいたけれど、その瞳は何処か自嘲気味に見えて、その瞳がちらとハクライに、そして私にも向けられた。そしてそのまま瞳を閉じると、あの細い目の状態で話し続けた。
「今まで仲間なんて、一族以外に持ったことも、ほしいと思ったこともなかったけどさぁ〜、でも、ちょっと、ボクもそういうのいいなぁって、珍しく思ったんだよ〜。ただの形式だけの従者ウリュウだけど、スティラ様とか、ハクライとか、ティナちゃんとかと一緒に、仲間って思って、大事にするのも、悪くないなぁって」
「ウリュウ……」
思わず私は彼の名を呼んでいた。私の呼びかけに、少しだけ照れ隠しのように笑うウリュウは鼻を鳴らして、ミズミを横目で見た。
「ウリュウ一族は、血肉を分け与える事は本当に少ない。分け与えるのは、神の意志に従う時か……もしくは、竜が心を許した本当の信頼関係のあるものだけ……。考えて悩んで、ようやく、ボク知ったんだよ……。スティラ様……いや、このミズミ・スティラ様なら……ボクの血を与えるに値する人なんだってね」
そう言って薄っすらと笑う男の顔は、あの軽い笑いじゃなかった。本当に優しさを込めて、彼女を見つめるその表情は、初めて見る顔だった。そんな男の視線を受け、ミズミはあの緑色の瞳を開いて、迷いなく彼を見つめ返していた。
「……感謝する、メイカ……。お前のおかげで、今こうしていられるわけだからな……」
素直にミズミが礼を伝えると、メイカは静かに首を振って自嘲気味に微笑んでいた。
「お礼を言われるほどじゃないよ、スティラ様。仲間なら……助けて当然なんでしょ?」
瞳を開け彼女を見るウリュウの表情は、いつものあの薄ら笑いに変わっていた。ただ軽さはなくて、まだ優しい雰囲気を残すその笑みは、彼の彼女への信頼の証のように思えた。
「メイカ、ミズミ助けてくれてありがと。俺達じゃ手がなかったから、すごく助かる」
ハクライがニコリと微笑んでウリュウにお礼を言う。少し目を丸くする男に、私もため息一つ挟んで口を開いた。
「ウリュウもウリュウなりに、色々悩んでくれてたのね……。……道理で最初、イライラしたわけよね。正直あの時のウリュウ、本気で殴ろうかと思ったもん」
「やだなぁ、ティナちゃんまでスティラ様みたいなこと言わないでよぉ〜」
私の発言に、ようやくいつもの調子を戻した男がそんなことを言う。そんなやり取りを見て、ミズミがかすかに笑った。その表情には優しさがあって、穏やかに見えて美しかった。
「ミズミも、折角メイカが治してくれたんだから、おとなしく寝ててね?」
「あ、今度は回復の術が効くわよね。すぐ傷口塞ぐわ」
「スティラ様、ボクが血をわざわざあげたんだよ? ちゃんと治ってくれなきゃ困るからね?」
私達三人にそんなことを言われ、ミズミが呆れるようにため息をつく。しかしその表情は薄っすらと嬉しそうに見えた。
「やれやれ、世話人が三人もいると五月蝿くて眠れんな」
「あらいいじゃない。ミズミそれだけモテるんだから」
「うわー、ティナもメイカもライバルかぁ……それは嫌だなぁ……」
「ハクライ、真に受けない真に受けない〜」
薄暗い宿の一室で、にぎやかな会話が続いていた。