看病2
あっという間に一日が終わろうとしていた。雪積もる町は日が傾きだせばたちまち冷える。空には徐々に橙色が広がってくる今の時間、ハクライが彼女の側にいたから、宿の廊下で私は一人窓の外を眺めていた。外は橙色に紺色が侵食して夕闇が迫っていた。そんな空の下には色を暗くしていく果てしなく広がる海。もうすぐ夜になろうとしていた。せめて夕食は、ミズミに栄養のあるものを食べさせてあげたい。そんなことを思いながら夕暮れの海を眺めていた時だった。
「ちょっといいかな」
唐突に声をかけられた。振り返らなくても分かる。この甲高い特徴的な声はウリュウだ。今日一日彼の姿をあまり見ていなかったから、急なことで驚いて私は振り向いていた。
「いいけど……」
一言答えれば、ウリュウはあの細い目を更に細めて笑い、私と同じように窓枠に肘をついて外を眺めた。並んで外を見れば、私と同じくらいの身長のウリュウは、私と同じようにオレンジ色から暗くなっていく海を見ていた。一体何の用かと訝しげに思っていると、彼は少しの間を挟んで話しかけてきた。
「ティナちゃん、スティラ様の傷、今日はどうだった?」
私の方を見ずに、視線は海に向けたまま、まるで世間話でもするような軽さで聞いてくる。私もハクライも、彼女のあの様子にまだ動揺していて、とてもそんな軽い調子で会話なんて出来ないというのに……。そう思うと心の中にもやもやと嫌な気持ちが湧いてくる。
「……変わらず酷い傷よ……。私の回復の術じゃ追いつかないくらい……」
口にするのも嫌だった。反射的に顔をしかめてしまう私をちらと盗み見るように横目を向けて、細目の男は外に向かってため息を付いた。
「……やっぱりそうかぁ……。どーしたものかねぇ……あのままだと、正直命に関わるもんねぇ」
窓枠を掴む両手に力がこもった。そんなこと、言われなくても分かってる。そして彼女があんな状態になったのは……私が原因だ。だからこそ、今の状況をどうにかしたかった。
「どうにかして、ミズミを助けるわ……。絶対に回復してみせる」
決心を込めてぽつり漏らせば、あの緑の髪を揺らしながら男は首を傾げてきた。
「だから……どうにか……って、どうやるの。ティナちゃんの回復の術は、もはや効果がないんでしょ?」
変わらないあの調子で言われて、私は自分の落ち込む気持ちと相まって、思わず彼を睨みつけていた。
「私に出来る魔法は全部使ってみる。何が何でも、助ける。魔法がダメなら薬草でもなんでも、探してくるわ」
私の言葉を聞きながら、あの細目の男は薄っすらと口元に笑みを浮かべたまま私を見つめていた。自分の主が命の危機だと言うのに、こんなにも軽いノリで会話してきて薄ら笑いを浮かべている、この男に本当に腹が立っていた。焦りと自分への怒りも重なって、思わず私はウリュウに、怒りを向けていた。
「ウリュウこそ……何か手はないの? 自分の主があんな状態だって言うのに、何もしないの? それとも何も出来ないの? 色々知ってる貴方なら、何か手があってもいいんじゃないの? それとも、ミズミのことそんなに心配もしてないの?」
責めるようにまくし立てれば、ウリュウはため息一つ挟んで、また薄っすらと笑っていた。
「そんな事ないよ〜。ボクだってボクなりに、スティラ様のこと心配はしてるんだよ?」
言う割にその態度がちっともそう見えない。笑う時以外は基本無表情でイマイチ感情のわかりにくいハクライだって、目に見えて落ち込んでいるくらいミズミのことを心配しているというのに、ウリュウってば、変わらないこの調子なんだもの。流石に私は怒りを覚えていた。その上この男は、緊迫感のないあの顔のまま、多弁になって弁明してきた。
「ただ、ボクだって万能じゃないからさぁ。それに、体の傷を治すには根本となる生命力がある程度残っていなければ引き出せない。ティナちゃんの回復の術が効果でないのも、スティラ様が瀕死の状態で体力がほぼないことと、そしてあの傷で一番重症の右腕がもうなくなっていることが原因でしょ〜。せめて骨でも残っていれば回復のしようがあるけど、それすら焼滅しているからねぇ。回復の術や薬草では、もはや手はないよ」
理屈ではそんな事分かっていた。でもそれを受け入れたくなかったし、そんな不可能な状況をなんとしても変えたかった。
「……私は諦めない。出来うる手は全部尽くすわ」
私がそう吐き捨てて踵を返そうとすると、思いがけずウリュウの細い手で腕を取られた。
「待ってよ、ティナちゃん」
「何よ」
振り返れば、ウリュウは変わらずの薄ら笑いで私を見ていた。変わらないコイツのこの軽い様子が、とにかく腹立たしくて、私は会話も続けたくなかった。本当にこの人、ミズミのこと心配しているのかしら……。
そんなことを思って彼を睨みつけるようにして見ていると、ウリュウは口の端を歪めて笑みを浮かべたまま問いかけてきた。
「ティナちゃんは、スティラ様を助けるためなら、何でも出来る?」
意味深な問いかけに、私は瞬きしていたに違いない。質問の真意が見えなくて彼の顔をじっと見ていると、一つ奇妙なことに気がついた。ウリュウ……笑っているけど、目が笑ってない……?
「何でも……私に出来ることなら……私はするわよ」
ちょっとばかり彼の様子は気になったけれど、質問に対しての私の答えは決まっていた。警戒するようにして答えれば、ウリュウはまたあの表情のまま口を開いた。
「それはどうして? スティラ様に助けてもらった借りがあるから? それとも、自分のせいでああなったって、後ろめたさがあるから?」
まるでその質問は、私が試されているかのように聞こえて、カッとなった。私は反射的に掴まれていた腕を振り払って口を開いていた。
「それもあるけど、そうじゃない。ミズミは私の大切な仲間よ。仲間を……友達を助けたいって思うのは私にとって当たり前なの。大切な人を助けたいって、そのために出来ることなら何でも手を打ちたいって思うからよ」
そこまで言って、私はますます感情的になっていた。ウリュウの態度に苛立って、その気持のまま、私は逆に問いかけていた。
「ウリュウは、ミズミが主だからただ従っているだけなの? 助けたいって思わないの? 私は貴方がミズミのこと本気で心配してないように見えて、イライラしてる。ハクライだって心底彼女のために手を尽くしてくれてるのに……ウリュウにとって、ミズミって……ただの形式上の主ってだけなの? そんな従者……私だったらいらない!」
今度こそ完全に捨て台詞だった。気持ちのまま言葉をぶつけて、私はそのまま廊下を歩きだしていた。
「ティナちゃん、何処行くの?」
即座に背後からあの男が呼びかけてくる。そんな声を背中に受けながら私は振り向きもせず答えた。
「食堂のおじちゃんの所! ミズミ用にスープもらってくるの!」
「あ〜……アレかぁ……に美味しいもんねぇ〜」
またも呑気にそんなことをぼやいているウリュウの声にいらだちを感じながら私は足早に外に出た。




