焼滅1
「…………ん……」
涼しい風が頬をなで、目に飛び込むのは薄暗い空、そして輝きだす星。……外の景色だ。しばらく私は瞬きしていた。ここは……何処だろう……私……死んでない……?
「あ、ティナちゃん起きた」
急に視界に飛び込んだのは、あの細目の男、ウリュウの顔だった。いつもならヘラヘラと軽い笑いを浮かべている男が、真顔で私を見て少しだけホッとしたような顔をしていた。そこまで気付いて、私は自分が横になって倒れていること、そしてそんな私の顔を覗き込むようにしてウリュウが上から見下げていた事を知る。
「……あ……私……生きてた……のね……」
素でそんなことが口走れば、ウリュウは薄っすらと笑って目を閉じた。
「うん、スティラ様が守ってくれたんだよ」
「……ミズミ……が……?」
言いながら起き上がると、体のあちこちが痛い。自分の体を見れば、衣服が少し焼けて、腕や脚や頬など、所々やけどをしている事に気が付いた。
「スティラ様が、溶岩の海に落ちそうになったティナちゃんに風の術を使ってね、下から吹き上げるようにして落下から守ったんだよ〜。一緒に溶岩も吹き上げたから、ちょっとやけどはしちゃったみたいだけどね」
そう説明するウリュウは、いつもどおりの口調だけれど、こころなしか声が暗い気がした。
「そうだったの……本気で死ぬかと思って……気を失ってたのね、私……」
辺りを見回して、ここが何処かをようやく悟る。ここはあの火山洞窟の入り口だ。あの灼熱地獄の熱さから開放されて、ここはほんのり温かい程度。夕暮れ時のこの時間は外が涼しくて、逆に洞窟から吹いてくる風が暖かく感じるくらいだ。
その時ようやく、ある異変に気づいた。いつもならすぐに私に声をかけてくる茶髪の彼女がいない。辺りを見回せば、少し離れたところでハクライが髪を結い上げたままの状態で、背中を向けて座っているのが見えた。
「ミズミは……」
問いかけて、ウリュウが間をとって小さく息を吐いたのを聞いて、嫌な予感がした。
「ミズミ……?」
ハクライは私とウリュウに背を向けるようにして座っているけれど、彼の腕の中に、横たわっている何かが見えて、私は四つん這いのまま近づいていた。
「ティナちゃん、見ない方が……ショックを受けるかも……」
背後のウリュウの声を聞き、私はだんだん強くなる嫌な予感に胸が締め付けられて、気持ちのまま急ぐようにしてハクライに近づいた。私が背後に近づいても振り向きもしない彼の様子に、私はますます焦りが湧いていた。
「ハクライ、ミズミは……」
呼びかけて、彼の背中越しに腕に抱かれている人物を見て――気が遠くなった。
固く目を閉じて、茶色の髪が風に揺れるその白い肌、しかしその頬には赤黒い傷のような深い火傷の痕、そしてその赤黒いやけどは首の半分を締めていて、その先は黒く炭のような黒――そこから先を見て、私は一瞬嫌な夢でも見ているのかと思った。
人ではない何かがくっついているのかと錯覚するほど、彼女の肩は真っ黒に焼けていて、胴体の服はかろうじて残っているけれど、その右腕はそこになかった。肩から先は炭化してボロボロと崩れた跡、そしてお腹辺りまで続くあの赤黒いやけど、脚は所々で済んでいるけれど、それでも右足のやけどの範囲は広い。左側の体があの薄着のまま綺麗に残っていて、それが逆に右側の破損を余計に強調しているように見えた。本来なら、こんなにも白くて綺麗な腕が、綺麗な顔が、失われてしまったなんて――この現実を受け入れたくなかった。
「嘘でしょ……ミズミ……ミズミ……!」
呼びかけても彼女の瞼は動かない。彼女の腰を大事そうに抱きかかえ、焼け落ちた右側の傷に触れないように、相棒を膝に乗せているハクライはただじっと彼女を見つめているだけだ。あの無表情が、余計に私を焦らせた。
「まだ生きてるよ、そこは大丈夫。勿論、瀕死だけどね……」
声をかけたのはウリュウだ。背後から声を降らせるウリュウは、大きなため息一つ挟んでそのまま淡々と説明していた。
「スティラ様、ティナちゃんを風の術で吹き上げて戻すために、ずっと術を使っていたから……溶岩が腕にあたっても術を止めなかったんだよ〜。スティラ様、樹族だから炎には弱くてね……。スティラ様に重傷負わせて、炎の精霊は満足したみたいだったから、その後は無事洞窟を抜け出せたんだけど〜……。ティナちゃんも気を失ってるし、スティラ様はこんなだし回復の手がなくてね……。右腕もさっきまでは炭化したまま残ってたんだけど、ここまで来る間に崩れ落ちちゃったんだよ……」
そんなウリュウの説明に私は意識も感情も混乱していて気が遠くなるような、頭が真っ白になる感覚だった。
――どうしてこんな事になったのか……私を守ろうとしてミズミがこんな目に遭ったなんて……私のせいだ……私が……あの時、彼女の手を離したばっかりに……こんな状況でハクライも呆然としているし……ウリュウがちょっと呑気に感じることには……なんだか納得いかないけど……でも今のこの状態をどうにかしないと……彼女を……どうにかして……治さなきゃ……かと言って、右腕がなくなるなんて……どうしたらいいのか――
私はブンブンと頭を振った。色々考えるのは後だ。今はミズミを助ける方法をとにかく考えなくちゃ――!
私は勢いよく立ち上がった。急な動きにウリュウが目を丸くし、ハクライはようやく私の方を向いた。
「ベッドのある町へ連れて行って。食事も取れる所。綺麗な水のある所。人がいて、知識のある人がいそうな所。とにかく急いですぐにでも行ける場所よ、そこでミズミを手当しましょう。今治癒魔法使ってみるから!」
私の指示に、ようやくハクライが口を開いた。
「ミズミが……雪国の方へ行けって。メイカ、あの町に行こう。あそこなら休める」
「ああ、あのスープの美味しい町ね。じゃ、すぐに転送魔法準備するから、ティナちゃん、その間に」
「分かってる。今回復してみる」
いいながら私はミズミに手をかざして魔法の発動準備に入る。でも――私は思わず眉をしかめていた。
焼けただれた、という表現では足りないほど酷い傷だ。焼け落ちた、という表現がふさわしいその体は、もはやその右腕がない。意識なく目を閉じるミズミの生気のない顔を見て私は唇を噛んでいた。回復すべき器が完全に欠けてしまった場合、治癒魔法は――
そこまで思って私は必死に首を振る。今はそんな理屈、考えている場合じゃない。出来る手をとにかく尽くそう。私は手のひらに集まった力を解き放った。発動した魔法の光が彼女に当たるけれど、その右側の体は光らない。光るのは形の残る左側と脚ばかりだった。それを見て、私は両手を握りしめていた。
「さあ、転送魔法の準備ができたよ。移動しようか」
ウリュウの声が響いて、ハクライは傷ついたミズミを抱きかかえたまま立ち上がった。