965.転売屋は南方の果物を買い付ける
陛下の来訪まで十日を切り、国の至る所から荷物が運び込まれるようになった。
もちろんそれを用意しているのは我々だが、噂を聞きつけて一儲けしてやろうという商人も相当の数入ってきている。
そのせいで街中空前のお祭り騒ぎだ。
「シロウ様、新しい面会の申し出が入っております。」
「今度はどこだ?」
「南方の商人のようでこれまでに面識はないようです。一度面通しをお願いしたいとの事ですがいかがしましょうか。お疲れでしたらお断りもしますが。」
「南方にはこの後世話になるし、顔合わせだけならすぐ終わるだろう。応接室に通しておいてくれ、一度執務室に戻ってからそっちに行く。」
「かしこまりました。」
街に流れてきた商人の中には、ギルド協会などではなく俺の所に来る奴が少なからずいる。
てっきりハーシェさんの関係者かと思ったんだが、半数は自分で俺の存在を知り声をかけてきたって感じのようだ。
この間バーンの背に乗ってあっちこっち飛び回ったことで認知度が上がってしまったらしい。
彼らの目的はずばりこの街での口利き。
俺にそれなりの発言権があるとわかっているので色々と便宜を図って欲しくてやってきている。
それにあわせて色々と金になりそうなものを置いていこうとするのだが、もちろん受ける義理がないので丁重にお断りしている感じだ。
おそらく、というか間違いなく今回の商人もそうだろう。
めんどくさいが今後南方を旅するのであればあまり無下には出来ないんだよなぁ、残念ながら。
ドアの前で聞こえない程度に盛大な溜息を前で待機していたグレイスに見られ、笑われてしまった。
「シロウ名誉男爵の到着です。お館様どうぞ。」
「失礼する。」
グレイスの手によって開けられた扉を抜け応接室へと入ると、ソファーの前では比較的若い青年が緊張でガチガチに固まっていた。
夏なんだがまるで氷漬けのようだ。
そんな彼を一瞥した後向かい合うようにしてソファーに腰掛ける。
座り過ぎて最近少しへたってきている感じがするので、近いうちに修理に出しておかないと。
「かけてくれ。」
「ししし、失礼します!」
「そんなにかしこまらなくていいぞ。男爵とはいえ俺はタダの名誉職、多少街に顔が利く程度の男だ。えぇっと、名前は?」
「ポーといいます!宜しくお願いします!」
「それで、そのポーさんは何をしにきたんだ?誤解しないように先に言っておくが、俺の所に来たところで何か出来るわけじゃない。そりゃ多少金は持っているほうだが、他の商人に比べれば微々たるもの。金や便宜目的であれば他を当たってくれ。」
ズバッと一刀両断にする勢いで先方の出鼻をくじく。
大抵はこれで諦めるのだが、彼は特に変わった様子もなくキラキラした目で俺をじっと見つめてくる。
なんだよ、何でそんなに俺を見るんだ?
「あー、どうした?」
「は!すみません、まさかシロウ名誉男爵ご本人にお会い出来るとは思っていなかったものですから。見とれてしまいまして。」
「そんなにいいもんじゃないぞ?」
「そんなことありません!二歩三歩先を行き、常に新しい商機を見分けられる手腕は尊敬に値します。私もそんな風になりたいと夢見ているのですが、生憎とまだまだ力不足でして。この間も旬の果物に手を出して大損してしまいました、あはは。」
大損して笑って居られるのは中々なことだと思うのだが。
この時期の果物といえばこの間のメロンや柑橘類が有名だが、どれも手を出して失敗することは少ないはず。
腐らせたりしたんだろうか。
「ちなみに何を仕入れたんだ?」
「パパパインアップルです。ご存知ですか?」
「あー、あの硬くて鋭くて痛いやつな。」
「そう、それなんです。」
「確かに旬ではあるが、中身は少ないうえに味は普通。ダンジョンの中で手に入る食材の中ではかなり優先順位が低い奴だ。悪いがよくまぁそんなのを仕入れる気になったなぁ。」
「え、中身が少ない?この時期のパパパインは爆弾のように実が大きく甘味もしっかりしているんですが。というかダンジョンでも採れるんですね、やっぱりすごいなぁ。」
何がすごいのかはよく分からないが、うんうんと納得したように大きく首を上下に何度も動かしている。
俺の知っているパパパインアップルという果物は、元の世界のパインを何倍も大きくした上に皮を硬くかつ鋭くしたような果物だ。
一応中身は似たような感じだが、可食部が少ないうえに甘味もあまりなく、取れるのは少々の水分だけ。
喉が渇いて仕方がないとかなら仕方なく手を出すかもしれないが、そうでないのであれば態々摂ったりしない食材という認識だ。
そのはずなんだが、彼の口から出てきたのはそれと間逆に居るような内容。
ダンジョンの中と外で生育が違ったりするんだろうか。
「ちなみにそれ、今も売れ残っているのか?」
「お恥ずかしい話ですが、色々声はかけたものの売れませんでした。それで、せっかくならシロウ名誉男爵にお会いしてから帰ろうかと思っていたんです。」
「ちょっと在庫全部持ってきてくれ、どこにあるんだ?」
「馬車に積んだままですが・・・全部ですか?」
「あぁ、全部だ。」
俺の第六感がそうしろとささやいている。
この街、というかダンジョンの中ではさして珍しい物ではなくても、外の環境であればそうじゃないなんて事はよくある話だ。
同じ果物でも、外と中では成熟具合が違う。
これは常にその果物を確保できるダンジョンと、季節が来なければ熟さない果物との大きな差だと俺は思っている。
応接室を飛び出した彼を追いかけ、俺も屋敷の前に移動。
タイミングよく前に馬車が停車した。
「お待たせいたしました。」
「なかなか立派な馬車じゃないか。」
「父が残してくれたものでして、長年愛用したものです。とはいえ、私になかなか才覚が無いもので近いうちに手放すことになるかもしれません。」
「まぁ、商売なんて常に儲かるもんじゃないだろ。」
俺が常に儲け続けていられるのも相場スキルという強い味方がいるからだ。
荷下ろしをしていないにもかかわらず荷台からは嗅いだことのある甘い匂いが漂ってくる。
これは勘が当たったかもしれない。
「この街ではどうやって売ろうとしていたんだ?」
「匂いが強いので各お店に声をかけて回ったのですが、なかなかいい返事がもらえませんでした。」
「現物は持って行かなかったのか。」
「匂いを嫌う方もおられますので。」
この辺の街で売れなかったのはそれが原因だろう。
本場の物と違ってここのパパパインアップルはあまり人気がない。
つまり、近隣の街でもそれと同じ考えを持つ人が多いと考えられる。
だが、本場ではそれが違う。
この匂いから察するにかなり甘味が強く人気はあれど、逆にそれがアダとなって売れにくい。
向こうのやり方をこっちでやってしまったせいで売れなかったんだろうなぁ、多分。
「とりあえず一個持って厨房に来てくれ。」
「はい!」
時折後ろから風が吹くたびに物凄く甘い、いや、甘酸っぱい香りがしてくる。
俺の想像以上に凄いのかもしれない。
「あの、本当に中で調理されるんですか?
「ダメなのか?」
「汁が飛び散る可能性があるので、普通は外で割るんです。」
「なら忠告に従おう、ハワード面白い食材が手に入ったぞ!テーブルとまな板を裏庭に持って来てくれ!」
「はい!」
面白い食材と聞いてハワードが厨房から飛び出してくる。
彼が持っていたのはダンジョンでも手に入るパパパインアップル。
だが、その大きさもそこから発する香りも全てが別物。
大きさは大玉スイカほどもあり、今にも爆発しそうな雰囲気すらある。
葉は鋭く、皮もトゲトゲしていたそうだがよく見ると底の方はそこまで尖っていなかった。
だから持って歩けたのか。
「それじゃあ行きます。」
「あぁ、くれぐれも気を付けろよ。」
「やめてくださいよ、ボンバーオレンジじゃないんですから。」
「あ、近いものがあるかもしれません。」
「・・・気を付けます。」
ハワードが巨大な包丁を手に緊張した面持ちで横に寝かしたパパパインアップルに刃を立てる。
深呼吸をして気合を入れ、一気に下まで切り落とした。
その次の瞬間。
魔物の首を切り落とした後のように、切断面から大量の液体が辺りに飛び散った。
が、それは血ではなく果汁。
甘酸っぱい香りが辺り一面に広がっていく。
どうやら香りは元の世界と変わらないようだ、残るは味だな。
なんだかんだで微妙に違うものがあるだけに油断はできない。
「流石だな。」
「これ、俺達の知っているのと全然違いますね。」
「そうなのですか?」
「あぁ、この街というかダンジョンで手に入るのはこんなに果汁も多くないし香りも強くない。旬の物は美味いというがここまでとは。」
上と下を切り落とし、それを縦8等分に切り分けた後に芯の部分を切り落とすと皮の部分が皿のようになる見覚えのある形に変化した。
後は皮からはがすように刃物を入れて手頃なサイズに切り分ければ完成だ。
切り分けずにこの形で皮だけ切り落とせばスティック状になるし、棒を刺せば縁日なんかで見る棒つきパインにもなる。
どれどれ味はどうかなっと。
「美味い!」
「これは、想像以上の甘さです。でも最後の酸味がいいですね。」
「食べ過ぎると唇がぴりぴしりしてしまいますが、これが旬のパパパインアップルです。」
「食感はシャリシャリしてるのにこのみずみずしさ、癖になる美味さだ。何でこれが売れないんだ?」
「やはり匂いと、切り出した時の果汁ですね。」
確かに個人で食べるとなると周りの目が気になるかもしれないが、商業ベースで考えれば全然ありだと思うんだが。
そのまま食べると甘ったるくなってしまうが、そこはダンジョンを有効に生かせばどうとでもなる。
むしろ加工すれば最高のデザートになるんじゃなかろうか。
飲んでよし、たべてよし、メロンメロンにも匹敵する美味さだ。
「ちなみにいくらで売るつもりだったんだ?」
「一つ銀貨5枚です。」
「結構高いですね。」
「すみません、南方から運ぶとなるとどうしても。でも、5個買って下さるなら銀貨22枚にします。」
「在庫は?」
「50個・・・さすがに多すぎますよね。」
多いか少ないかで言えば多いだろう。
単純計算金貨2.5枚分、これだけ熟しているとなると近日中にすべて廃棄する必要が出てくる。
つまり丸々損失。
そりゃ立派な馬車を売ろうかって話も出て来るってもんだろう。
この味なら十分商機はありそうだが、生憎とそれをご丁寧に言う程の関係ではまだない。
「じゃあ全部買うといくらにしてくれるんだ?」
「お館様本気ですか?」
「本気だから聞いてるんだ。で、どうする?このままいくつか売れるだけで廃棄するか、それともここで全部俺に売るか。」
「シロウ名誉男爵様の目には売れると見えるんですね。」
「まぁ、そういう事にしておいてくれ。」
売れる。
その方法が俺にはある。
でも、彼にはない。
ここが俺の庭、かつ好き放題できる権力と財力があるからこその技だ。
「わかりました、全部買って下さるのであれば金貨2枚でお譲りします。でも、どうやって売るのか見せて頂いてもいいでしょうか。後学のために。」
「いいだろう。ただし、それを使えるかどうかは保証しないからな。」
さぁて、陛下が来るまであと少し。
最後の一儲けといこうじゃないか。




