956.転売屋は赤い月を見上げる
皆既月食の夜に思いついた話です、本編とはあまり関係ありませんがお付き合いください。
珍しく暑さの引いた夜の事。
誰もが寝静まった夜中にふと目が覚め、窓の外を見る。
そこにあったのは巨大な赤い月。
元の世界同様この世界も、少し黄色みががかった白色の光を放ってるのだが、今日の月はまるでホラー映画に出て来たような赤さをしていた。
ブラッドムーンというのだろうか、そういえば過去に見たことがある気がする。
アレはそう、皆既月食が起きた時。
月が地球の影に隠れてしまうと見えるのがちょうどこんな色の月だったような記憶がある。
それでも、この月は妙に明るいような気がするんだが。
そんな月に誘われるように、俺はベッドから降りて畑へと向かう。
流石に一人で出歩くほどバカではない。
「ルフ、起きてたか。」
ブンブン。
俺の足音に気が付いたのか、近づくと静かに立ち上がり尻尾を二回降った後後ろに光る赤い月を見上げた。
昔話じゃ満月を見た狼男は人の姿になるそうだが、このような赤い月の場合はどうなんだろうか。
まぁそもそもルフはグレイウルフでそういう類ではないんだが。
足元にすり寄って来たルフの頭をポンポンと撫でた後、不気味ほど静かな赤い月の夜を二人でい静かに散策する。
風もなく音もしない不思議な夜。
もし夢だと言われても信じてしまいそうな気もする。
でも、もし夢ならばルフと話をして見たいよなぁ。
「あら、二人でお出かけ?」
「なんだ、また来たのか?」
突然聞こえてきた声。
さっきまで誰もいなかった空間に瞬きをしただけでジャージ姿の女が姿を現した。
月の女神。
相変わらずジャージが良く似合うなぁ、この人は。
前に出て来た神の御使いだっけ?ノーブラ巨乳のあの痴女、あの女みたいにローブ姿とかなら女神っぽい感じも出ると思うんだが。
「またって何よ!月の女神が会いに来てあげたのよ?ちょっとは驚いたり感激して涙を流したりその場に伏せるものじゃない!?」
「部下に悪戯されて髪の毛を黒く染められたような奴を見てどうして涙を流さなきゃならないんだよ。なぁ、ルフ。」
「そうね。」
「ん?」
月の女神とは別の声に思わず足元を見る。
が、そこにあったのはモコモコの毛並みではなくスラリと伸びた細い脚。
そのまま上に目線を動かすと、程よく引き締まった裸体を隠すことなく胸を張る女がいた。
胸の先端はつんと上を向き、尻は垂れることなくその体に沿っている。
大きさはどちらも小ぶりだが妙にそそられる魅力があった。
その体でひと際目を引くのが頭上の耳。
俺はこの人を知っている・・・気がする。
「ちょっと、女の子の裸をまじまじと見るんじゃないわよ。」
「どういうことだ?」
「だって今日は赤い月、月の力が及ばない特別な夜よ?何が起きたって、それこそ彼女のように月の呪いを受けずに人型になる事だって不思議じゃないわ。」
「うーむ、わからん。わからんがルフってことはわかる。」
「本当に?」
「あぁ、そんな雰囲気がある。綺麗だぞ、ルフ。」
「ありがとう、」
そう言ってルフは飛び跳ねるようにして俺の首に手を回し、抱き着いてきた。
裸のはずなのになんとなくフワフワモフモフな感じがするのは気のせいではないんだろう。
程よい胸が腕に押し付けられるのが気持ちがいい。
とはいえそのままの格好ではさすがに寒そうなので、着てきた外套を外して体に巻き付けてやる。
「貴方って本当に順応性が高いわね。月の女神が出て来ただけじゃなく、自分の狼が人型になったのよ?」
「何が起きたって不思議じゃないんだろ?なら月の女神が出ようがルフが人型になろうが同じことだ。で、今日はどうしたんだ?また部下に悪戯されたのか?」
「この美しい髪を見てどうしてそんな事を思うの?別に今日は何もされてないわよ、最近は比較的関係も良好だし。」
「比較的、ね。」
確かにあの夜のように髪は月光の様に光り輝いており、見た目にも特に変わった様子はない。
22月はまだまだ先だし、酔っぱらっているわけでもなさそうだ。
じゃあ何で来たんだ?
「今日は月蝕だから地上の様子を見に来ただけよ。それこそ、横の彼女のように呪いから解放されて暴れるような子がいないかどうか。ようは仕事ね。」
「仕事か、そりゃご苦労な事だ。」
「ほんと誰も見てないしサボりたいところだけど、ほら、私って一応月の女神じゃない?その私がサボるとか、部下に見られたらなんていわれるか・・・。」
「ほんとそれですよね~、まさか女神様がお仕事サボるとかそ~んなこと、言うはずないですよね~。」
サボろうか、そんな不真面目な事をいう女神を咎めるようにまた別の声が聞こえてきた。
方向的に俺達の後ろ。
ルフは横にくっついたままだし、また誰か来たようだ。
「え、ルナ!?なんで貴女がここにいるのよ、担当区域はもっと別の場所でしょ!?」
「そんなの当の昔に終わりましたし~。あ~んまり女神様がおそいので~、むかえにきただけで~す。」
「って事らしいぞ女神様。良かったな、部下が手伝いに来てくれて。」
「べべべ、別にサボってなんてないんだからね!」
「ど~だか。てっきり、この人間と狼がラブラブなのを嫉妬して邪魔しに来たと思ったんですけど~、まさかそ~んなこと、ないですよね~?」
エルロースのような立派なうさ耳を揺らしながら、少女が地面を飛びながら女神の傍に移動する。
背は女神の肩ほどしかないが、うさ耳が中々に長く耳の長さを足せばほぼ同じぐらいだ。
亜人とは違うんだろうなぁ。
「え、そうなの?」
「ちちち、違うわよ!そんな女々しい事しに来たんじゃないんだから!」
「え~、この前だって羨ましいって言ってたじゃないですか~。確かに仕事が忙しくて男作る暇なんてないんですけど~、ほんと仕事ば~っかりおしつけられて~。まぁ、私は、素敵な王子様がいるんで~、羨ましいとか思わないんですけどね~。」
「煩い煩い!ちょっとあんた黙ってなさい!」
「は~い、だまりま~す。」
あー、うん。
なんで月の女神が部下に悪戯されるんだよとか前は思ってたんだが、このパワーバランスを見ると致し方無いような気がする。
完全に部下に舐められている、というかマウント取られている感じ。
女神がどれほど偉いかは知らないが、この部下相手では分が悪いだろうなぁ。
「ともかく!羨ましいとかそういうので来たんじゃないから!そう、この前のお礼、お礼をしに来たの!」
「礼ならもう貰ったが?」
「違うんですよ~。この人仕事をさぼって地上の人達の事ばっかり見ているんですけど~、最近そちらのお姉様がとってもお気に入りで~、どうにかしたいな~とか勝手に思っちゃったりしちゃってるんです~。」
「え、私?」
「だって、人になれないのにこんなに貴方の事が好きなのよ?そりゃあ御使いがちょっかい出して一回人になったみたいだけど、それでも一回だけ。それなら何とかしてあげたいって思うじゃない。ちょうど月の影響を受けない今日ならその手伝いが出来るかも~って思って来たら、なんか勝手に人に戻っちゃってるし。なんで?」
なんだかよくわからんが、ともかくルフを人にする為に来たはずが勝手に人になっていたという訳だ。
もちろん本人を見ても首をかしげている。
そういやこの前夢を見たのも、夏だった気がするなぁ。
「あの夢はやっぱりルフだったのか。」
「夢のままでよかったんだけど、一回人になってしまうととどうしてもまたなりたいって思ってしまったの。そしたら貴方が来て、気付いたらこの姿になっていた。」
「って事らしいが?」
「愛ね!」
「愛ですね~。」
「そういうのいいから。」
「だってそれしかないじゃない。恐らく狼は皆何かしらの月の呪いを受けているんだけど、それが無くなったことで願望が表に出て来たって感じじゃないかしら。」
うーむ、狼に月の呪いがとか知らない情報が山ほど出ているが、ともかく月が隠れたことでルフの願いが形になったと。
なるほどなるほど。
なるほど?
「で、そんなルフの為に何をしてくれるんだ?」
「ふふ~ん、これよ!」
「首輪?」
「チョーカーよ!まったく、これだから男は。」
「まぁまぁ女神様。早くしないと暁の時間が来ちゃいますよ~、ただでさえ仕事が遅いんですから早くしてくださ~い。」
「うぅ、部下が私の事苛めてくる。」
それは自業自得だと思うんだが。
急かされるように女神が差し出したチョーカーをルフが受け取り、彼女は何も言わずに首に巻いてしまった。
どういう仕組みなのかひもで縛るわけでもないのにピタリと首に巻き付いている。
「あ、おい。」
「だって、私の為の物なのでしょう?大丈夫。」
「思い切りがいいわねぇ、でもそういうの好きよ。とりあえずそれをつけていればいずれ願いが叶う時が来るわ。流石にすぐにってわけにはいかないけど、待っていたら必ず叶うからそれまで外すさないように。まぁ、外せないと思うけど。」
「呪われてるのかよ。」
「そんなわけないでしょ!失礼ね。」
いや、外せないとかいうからそう思ってしまうじゃないか。
「良くお似合いですよ~お客様。」
「ありがとう。似合う?」
「良く似合ってるぞ。」
「ふふ~ん、でしょでしょ。この日のために用意したとっておきなんだから感謝しなさいよね。」
「有難うございます、女神様。」
「そうそう、そういう謙虚な態度が大切なのよ。それなのにうちの部下やこの男ときたら・・・。」
ブツブツと文句をいう女神だったが、部下の視線を感じ慌てて目をそらせてしまう。
そりゃ悪戯されたりするなぁ、このパワーバランスなら。
「あの~、そろそろ時間ありませんけど~、残りの仕事大丈夫ですか~?」
「え、嘘、もうそんな時間!?ぜんぜん大丈夫なんかじゃないわよ!そうだ、仕事が終わったってことはもう暇なのよね?それならアンタも手伝いなさい!」
「え~、やですよ~。これから彼とデートなのに~。」
「問答無用!そういう事だから、お幸せに!」
「おしあわせに~。」
部下の首根っこを掴み、月の女神は赤い月に向かって飛んで行ってしまった。
毎回そうだが、勝手に来て騒ぐだけ騒いで帰るよなあの女神。
迷惑っていうわけじゃないんだが結構疲れる。
「という事らしいが、とりあえず今日はどうする?」
「赤い月が消えるまでだけど、たくさん話がしたいわ。これまでの事も、これからの事も。」
「それはいいな、俺もゆっくり話がしたいと思っていたんだ。」
一度畑に戻り、赤い月の光が降り注ぐ倉庫の裏に座り込んで二人でいつまでも話し続ける。
今まで思っていた事、感じていた事、これからの事。
話は尽きず時間はあっという間に過ぎていく。
それでも無限にも感じる時間の中で、二人共飽きることなく話し続けた。
だが流石の俺にも限界が来たようだ。
段々と瞼が重くなり、ルフの言葉に上手く返事が出来なくなる。
「おやすみなさい、マイマスター。また赤い月の夜に会いましょう。」
そんな言葉と共にルフの唇が押し付けられる。
最後に見えたのは美しい女と、その後ろに光る赤い月。
次にハッと目を覚ますと、太陽が地平線の向こうに顔を出していた。
アレは夢だったんだろうか、そう思ってしまうようなとても不思議な時間。
まわりをみると、すぐ横には寄り添うようにルフが丸くなっていた。
「流石に夢で片づけるのは無理だよなぁ。」
最後に感じたあの柔らかな唇の感触。
女達にはない八重歯のような硬い物が一緒に押し当てられたのは間違いない。
身じろぎした俺の気配にルフがはっと目を覚まし、そのまま大きく伸びをする。
その姿はやはりグレイウルフそのもの。
だが、その首には昨夜までついていなかった物が巻かれていた。
『赤月のチョーカー。数年に一度訪れる赤い月の光に染まった不思議なチョーカー。その月光を浴びると、身に着けた者が望む姿になることが出来る。ただしその時間は暁の間だけ、日が昇れば再び元の姿に戻ってしまう。三度赤い月の光を浴びると、その姿は永遠の物となる。最近の取引履歴はありません。』
昨夜月の女神がルフに渡した物がここにあるという事は・・・。
再びルフの方を見ると不思議そうに首をかしげる。
そして座り込む俺に近づくと、その頬をペロリと舐めた。
「今度も夢じゃなかったみたいだな。」
ブンブン。
嬉しそうにルフのしっぽが左右に振られる。
「まぁ、何にせよルフがルフであることは変わりない。これからもよろしくな。」
「ワフ!」
嬉しそうに尻尾を振るルフの頭を優しく撫で再び目を閉じると、かすかにあの笑みが頭に浮かんだ。
鑑定スキルを見る限り、後二回光を浴びる必要があるようだ。
それがいつになるかはわからないがそれはそれで楽しみでもある。
だがこれは二人だけの内緒だ。
再び目を開けると太陽の光と共にルフが幸せそうに目を細めて笑っていた。




