889.転売屋はタマネギを調理する
「おー、コレはまたすごいな。」
「豊作であることは喜ぶべきなのですが、いささか量が多すぎてですね。」
「ある程度配ったんだろ?」
「もちろんです。保存用に取り分けた後、仲間達に配布。それでも余りまして飲食店に声をかけさせていただいたのですが・・・。」
そこまでやったにも関わらずこの量か。
俺とアグリの目の前には堆く積まれた木箱の山。
中には大量のオニオニオンがこれでもかと詰められている。
春。
新たまねぎの季節を迎え、今回もいつもと同じく豊作だったようだが・・・いささかその量が多い。
それもそのはず、オニオニオンは元々オニオーガが育てている野菜。
ダンジョン内で生育されているものを地上に持ってきたわけだが、元々魔素との親和性が高いだけあって非常によく育った。
育ったのはいいのだが、結果として畑は一面タマネギだらけ。
配れるだけ配ったにも関わらずこの量だ。
使い道がなければ捨てるしかないだけに、さぁて困ったなぁ。
「とりあえず炊き出しにでも使うか。」
「炊き出しにですか?」
「タマネギといえばカレーだろう。量は消費できるし初物で作るやつは特に甘みがあって美味いからな。となると、残りの材料だが、オニトポテはダンジョンにあるし、マジックキャロットもダンジョンだし、ブラウンマッシュルームもありだが、これもダンジョンか。ほんと何でもそろうなぁ。」
芋もニンジンも夏の野菜だが、ダンジョンの中では季節関係なく手に入る。
もちろん本当の旬のものに比べると味は落ちるが、それでも旬を問わず食べられるメリットは大きい。
ダンジョン街にいるからこそできる荒業でもあるな。
他の所でもできないこと無いが、ダンジョンから搬出されたものを買わなければならない分輸送費も掛かるので、結果として高値で買う必要が出てくる。
そこまでして食べる必要があるのかって話にもなるんだよなぁ。
それを考えると元の世界がいかに便利だったか。
ある程度の野菜はいつでも手に入ったし、そのおかげで料理の種類も豊富になった。
この世界の料理が少ないとはいわないけれど、ここ以外の街に行くと格段に店のレパートリーが減るのはそのせいだろう。
「俺は野菜と肉を手配してくるから、アグリはいつもの大鍋を準備しておいてくれ。鍋は二つ、先に山盛りのオニオニオンを茶色になるまで炒めてもらえると助かる。」
「わかりました、前に何度か作っておりますので何とかなるかとおもいます。」
「宜しくな。」
せっかくの新タマなので一種類しかないのはもったいない。
個人的にカレーは牛肉派だが、鳥も捨てがたいよな。
豚も悪くないんだが、どうしても脂が多くなってしまうのでついつい選択肢からはずしてしまう。
ボア肉だと其れはマシになるんだろうか。
香辛料で臭みは消えるだろうからありといえばありなのかもしれないな。
とか考えながら、急ぎ必要な野菜の確保を冒険者ギルドに依頼してその足で肉屋へ。
ちょうどビッグホーンの肉が入ったところらしく、赤身の部分を大量に購入して一緒にワイルドチキンのモモ肉も下準備してもらう。
剥いだ皮は持ち帰って別口で調理するつもりだ。
「さーて後は野菜の到着を待つばかりだが、先に別の物を作るか。」
「言われたとおりオニオニオンはスライスして水にさらしてあります。」
「よし、それじゃあストロングガーリックをみじん切りにして焦げないようにじっくり揚げてくれ。」
「はーい!」
「本当に大丈夫か?」
「それぐらい僕達にもできるよ!ちゃんと食事当番してるもん!」
オニオニオンを炒める匂いにつられてガキ共が手伝いに現れた。
最初は不安だったが、自慢げに言うだけあって包丁捌きは中々のもの。
孤児院では食事の準備も交代制らしくその成果といったところだろうか。
そして、そんなことをしているうちに朝一番に依頼した野菜はまさかの昼過ぎには全て畑に運び込まれた。
報酬の上乗せに加えてカレーの食べ放題券をつけたのがよかったんだろうか。
恐るべし冒険者の食欲。
この分だと間違いなく足りなくなるので、急ぎ婦人会から大鍋を借りてきて量産体制に入る。
おかしい、確かに大量のオニオニオンを消化するつもりで動いていたのだがまさかここまでの大事になるとは。
ま、いつものことか。
『カレー。新物のオニオニオンが使われており通常のものよりも旨味が深く甘味が強い。最近の平均取引価格は銅貨20枚。最安値銅貨10枚、最高値銅貨30枚、最終取引日は二日前と記録されています。』
俺がこの世界にもたらしたと思われる料理がいつの間にか鑑定スキルで表示されるようになっている。
うーむ、毎度の事ながらどういう原理なんだろうなぁ。
しかも他の料理との違いも表示されているし。
謎だ。
「美味しそ~。」
「そりゃうまいさ、新物のオニオニオンが山程入ってるんだからな。」
「早く食べたい!」
「まぁ待て、順番だ順番。」
「シロウ様、サラダの準備もできました。」
「了解、ドレッシングはお好みでかけてもらってくれ。」
カレーだけだと飽きるので、オニオニオンのスライスを水に浸してシャキシャキサラダを作っておいた。
アクセントはストロングガーリックフライ。
ちなみに、炊き出しとは言ったが作るのにも材料費は掛かっているので金は取る。
タダなのは調理を手伝ってくれたガキ共と冒険者ぐらいか。
カレーは牛でも鶏でもどちらも銅貨15枚、サラダ付きで銅貨20枚。
おかわりはその半額の予定だったのだが・・・。
「牛お願いします!」
「俺、鶏!大盛りで!」
「あ、俺も大盛りの大盛り!」
夕方、畑に作った臨時の店はいつものように長蛇の列ができていた。
匂いを嗅ぎつけ、飢えた野獣の如き冒険者があっという間にカレーを平らげていく。
よかった、鍋の確保しておいて。
今も後ろで追加を作りながらの販売だ。
気づけば婦人会の奥様方が手伝ってくれている。
後でバイト代払わないとなぁ。
「あの、自分もいいですか?」
「もちろんだ、仕事終わりか?」
「はい。ここで美味しい物を食べられると聞いて飛んできました。」
「だが向こうだとタダで飯出るだろう。」
「あっちも美味しいんですけど、せっかくお金を稼いだんだし美味しい物を食べるのに使うのもいいかなと。」
冒険者の次にやってきたのは、拡張工事に来ている労働者だった。
彼らにはギルド協会から三食出ているはずなのだが、わざわざこっちを選んでくれたらしい。
嬉しそうに代金を支払い、大盛りのカレーを受け取るとそのまま笑顔で去っていく。
その後もちらほらと彼と同じような感じで労働者がやってきては、皆嬉しそうに代金を支払っていった。
お金を稼ぎにここへ来ているはずなのに、お金を使って喜んでいる。
なるほどなぁ。
「お疲れ様でした。片付けはこちらでやっておきますので、シロウ様は先にお戻りください。」
「いいのか?」
「なにやら考え事されているようですから、こちらの事はどうぞおきになさらず。」
日の暮れる頃にカレーは全て完売。
不満そうな声も聞かれたが、まぁそれもいつものことだ。
後片付けをアグリに丸投げして、その足で拡張工事の詰め所へと向かう。
仕事を終えいつもの三人が後片付けをしていた。
「お疲れさん、これ差し入れ。」
「わ!カレーだ!」
「いいんですか!」
「これってさっき話に出ていた奴ですよね、嬉しいなぁ。」
カレーの匂いに疲れた表情も笑顔に変わる。
これがこいつのすごいところだ。
もちろん嫌いな人もいるだろうけど、たいていの人はこれで笑顔になるもんなぁ。
三人が食べ終わるまで片付けの続きをしておく。
今日も事故はなく無事に工事は終わったようだ。
食事は・・・まぁまぁ消費されている。
でも朝昼はともかく夕食の受け取りにはムラがあるようだ。
俺の予想通りって感じか。
「ご馳走様でした!」
「片付け、ありがとうございます。美味しかったです。」
「ありがとうございました。」
「喜んでもらって何よりだ。で、ちょいと聞きたいんだが夕食の受け取り減ってるよな。」
「あー、減ってます。」
「朝昼はそうでもないんですけど、半月経ったぐらいから顕著に減ってきましたね。」
それは書類を見ても明らかだ。
毎日ギルド協会が従事している労働者と同じだけ食事を用意してくれているんだが、朝昼はほぼ100%受け取っているのに、昨日は6割しか受け取っていない。
最初はそんなこと無かったんだが、時間が経つにつれって感じだな。
アンケートもとっているのだが、別に味が悪いというわけでもないらしい。
むしろ食事の満足度はかなり高い。
にも関わらずこれだけ数が減る理由はタダ一つ。
「仕事終わりの楽しみを求めてって感じか。」
「そうかもしれません。就労後は自由時間ですし、それなりのお給金も払っていますから。ある程度仕送りをしても残るはずですし、そういうのが必要ない人でしたらかなり稼いでいるはずです。ちょっと羨ましい。」
「なんだ給料少ないのか?」
「そういうわけじゃないんですけど・・・、私もたまにはパーッとお金使いたいなぁって。なんだか溜める癖がついちゃって、ついもったいないって思っちゃうんですよね。」
「なるほどなぁ。」
その考え方には俺も覚えがある。
お金をためるのが楽しくてそれに夢中になるがあまり、窮屈な生活を送ってしまう。
もちろんそれが悪いとは言わないがわざわざ自分の首を絞める必要は無いだろう。
たまには気晴らしが必要だ。
そして、まさに労働者が同じ状態にあるようだ。
今までは溜めるのに必死だったが、ある程度余裕が出てきたのでそれを使いたくなっている。
さっきカレーを食べに来ていた労働者も似たようなことを言っていたのを覚えている。
お金を稼ぎに来たからといって使っちゃいけないわけではない。
むしろ、使うことでメンタルヘルスが向上し作業効率も上がるってもんだ。
統計を取ったわけではないが、この感じだと夜に飲食街に繰り出している労働者はそれなりの数いるだろう。
それはつまり冒険者以外の客が増えたということ。
お店側からしてみれば願ってもない状況だろう。
これまでは決まった数の客を各店が取り合っていたので、どれだけ工夫しても確保できる客の数には限界があった。
だが、労働者という新しい存在が増えたことで更なる儲けを獲得できるチャンスが生まれたわけだ。
今後は彼らを取り込むべく飲食店はさらに発展することだろう。
それは新たな雇用や消費を生み、結果として街にお金が落ちることになる。
彼らに支払った金が外に出ることなく街の中で循環するというのは最高の流れだ。
今は飲食店しか儲からないかもしれないが、今後は別の部分で消費が増えるのは間違いない。
人間とは欲深い生き物だからな、欲を満たせるだけの金があれば使いたくなってしまうものだ。
そして俺もその欲を満たす事が出来る。
彼らがほしそうなものを考え、仕入れ、売ればいい。
なんせ彼らの声が一番集まるところに出入りしているんだ、それを調べるのは簡単なこと。
その結果、今回のように余剰が出てしまったものを消費できれば言うこと無しだ。
なんせ廃棄するしか選択肢の無かったオニオニオンがほとんどなくなったんだからすごいよなぁ。
まだまだ潜在的需要はたくさんある。
タマネギに限らず次もしっかり考えて金儲けさせてもらうとしよう。
「ちなみに次は何が売れると思う?」
「やっぱり甘いものじゃないですか?」
「いや酒だろ?仕事終わりの一杯、最高だぜ。」
「それなら飲んだ後のラーメンもはずせないよね。」
「あ、わかる~。せっかくだし今から食べに行かない?」
「お、そりゃいいや。」
「せっかくですしシロウさんもどうですか?」
若い三人が期待に胸膨らませて俺を見てくる。
そんな誘われ方したら断れるわけ無いじゃないか。
「よし、じゃあ行くか。」
「やった!」
「すぐ片付けるのでちょっと待ってくださいね!」
「っしゃぁやる気出て来た!」
笑顔をはじけさせ三人がばたばたと片づけを始める。
若いっていいなぁ。
そんなことを考えながら、俺も笑みを浮かべ三人の様子を見守るのだった。




