854.転売屋は狩りに出る
「さて、それじゃあ出発するか。」
「ウーラさんも一緒だからいいけど、くれぐれも気をつけなさいよ。」
「お館様、夕食の食材買ってないんででっかいの頼みますね。」
「ウガンルバッフテ、ウフタルリトフモ。」
まだ日も明けきらぬ明け方。
食堂の裏口前でエリザとドーラさんからの見送りを受け、俺達は静かに出発した。
まずは街北側の扉から畑へ向かいそこでルフとレイの二匹と合流する。
久々の遠出という事もあり、いつも以上に元気なレイをルフが諫めているのが可愛らしい。
諫めながらも本人もウキウキしているのを隠しきれてないんだよな。
尻尾の振り方がいつもと違う。
合流後、改めて装備を確認。
ウーラさんとソラはダンジョンに行くいつもの装備、俺は新調したグローブとスリングを念入りにチェックした。
ずばり今回の目的は春に向けて増えてきたディヒーアのハンティング。
この間廃鉱山に向かった時にも上空からいくつかの群れを発見することが出来た。
幸い街に被害は出ていないがへたに繁殖して襲われても困るので、ある程度間引いておこうという事になったわけだな。
ちょうどディヒーアの角や肝がアネットの作る薬に必要になったのと、春から増える冒険者や労働者に対応するために干し肉を量産するためでもある。
ダンジョンに潜るにせよ、工事をするにせよ肉体労働にはやっぱり肉と塩が必要。
ってことで上空から確認した群れの場所に向かっているというわけだ。
装備の点検後、僅かに白んだ地平線を見つめながら無言で草原を進む。
しばらく進んだところでふと前を歩くソラを見ると、かすかに震えているように見えた。
「寒くないか?」
「大丈夫、です。」
「ウコレヲルキテオフケ。」
情けない所は見せられないと強がったものの、父親にはバッチリお見通しのようでウーラさんは身に着けていたモコモコのマフラーを差し出した。
それを黙って受け取り、嬉しそうに巻くソラ。
うーん、まさに理想的な父親像。
俺もこんな境地に至れるのだろうか。
いつか子供が大きくなったら・・・、それまで勉強させてもらうとしよう。
レイが先行して周りを伺い、ルフは俺の傍に寄り添い辺りを警戒。
そんな感じで進むこと一時間ぐらいだろうか、空が明るくなってきたところでピタリとレイが止まった。
ウーラさんが右手を下に伸ばしたのを確認してその場に身をかがめる。
どうやら獲物は近いようだ。
ヒクヒクと鼻を鳴らし、辺りの様子をうかがうレイとルフ。
「ウサキルニイフク、オウマエルハフアウトデルコフイ。」
ソラに声をかけて、ウーラさんとルフは身を低くしたまま先に行ってしまった。
「見つけたのか?」
「先に行くそうです、少し待てって言ってました。」
「今日は何頭仕留めると思う?」
「えっと、いっぱい仕留めると思います。」
「そうか、ならしっかり働いて腹空かせないとな。」
「はい!」
小声ながらしっかりと返事をするソラ。
しばらくして、朝靄の立ち込める草原にディヒーアの悲鳴が響き渡った。
それと同時に靄の向こうからドドドドという音が聞こえてくる。
あれ、これもしかしてやばくない?
レイが俺達の前に周り、その毛を逆立てながら靄の向こうを睨みつける。
ソラが長剣を抜き、俺はスリングを構えた。
間違いなくこっちに向かってきている。
ブラックホーン程ではないけれど、ディヒーアもなかなかの巨体。
体当たりされれば大人なんて軽々と吹き飛ばされてしまうだろう。
地響きがすぐそこまで迫って来た、その時だった。
レイが大きく吠える。
それを合図に靄の向こうに向かって弾を放つ。
すぐに次の弾をつがえ、同じく放つ。
狙いなんてあったものじゃない。
だが、二発目を放ったところで靄のすぐ先からディヒーアの悲鳴が響き、ズシンという音共にこちらに向かって転がって来た。
だが、仕留めそこなったのかその場でのたうち回る雄のディヒーアにレイが素早く襲い掛かり、首の急所に鋭い牙を立てる。
と、同時に左右に分かれてディヒーアの群れが通り過ぎる。
空気がかき回され靄で一瞬前が見えなくなったが、すぐに視界が開けた。
足元には今にも息絶えそうなディヒーアと決して離すまいと牙と爪を立てるレイがいる。
横のソラも無事なようだ。
「ウダイルジョウフブカ!」
「大丈夫!」
少し遅れて靄の向こうからウーラさんとルフが飛んでくる。
どうやら向こうでも仕留めてきたんだろう、ルフの口は血に染まりウーラさんの斧には血が滴っていた。
「そっちもひとまず仕留めたようだな、よくやった。」
ルフがすぐに駆け寄ってきて俺の無事を確認するかのようにスピスピとにおいを嗅いできた。
その間に足元のディヒーアは命の火を静かに消し、レイがゆっくりと口を離す。
いきなりの展開でどうなる事かと思ったが、とりあえず最初にしては上出来だろう。
すぐに血抜きをして獲物を一か所に集める。
その間に朝靄は随分と晴れ、青空が見えるぐらいになっていた。
とはいえこれで終わりじゃない。
軽く休憩をしてから次の群れを探すべく再び移動を開始する。
先程仕留めた獲物の横でのろしを焚いたので後で誰かが回収に来てくれるはずだ。
さすがにこれを持って戻るのは非効率だからな、仕留めるたびにのろしを焚いて随時回収してもらうことになっている。
ノルマはないのだが、最低でも15頭は仕留めておきたい。
肉はいくらあっても困らないし、それだけ集めればアネットも喜ぶだろう。
材料費がタダって事は売れば丸まる儲けになる。
いやー美味しいなぁ。
その後も最初と同じように獲物を探しては襲い、探しては襲いを繰り返して昼頃にはノルマを達成。
流石に狩り過ぎたのかルフたちがいくら探し回っても、ディヒーアの気配が無くなってしまった。
でもまぁ20頭は仕留めたので十分すぎる成果ではあるな。
狩りは今日だけじゃない、放っておいてもまた元の場所に戻ってくるんだからまだまだ肉は確保できそうだ。
どれだけ集めても困ることは無いからな。
「そろそろ帰るか。」
「う、ハイ。」
「疲れたか?」
「ちょっと、でも楽しかったです。」
ウーラさんに負けず劣らずソラも中々の腕前で、巨大なディヒーアに臆することなく向かっていき見事二頭仕留めている。
俺は最初の一頭のほか、レイに手伝ってもらいながら三頭。
残りはルフとウーラさんが頑張ってくれた。
いない獲物を探しても時間の無駄なので、少し早いが引き上げることに。
武器を片付けさぁ戻ろうかと思ったその時だった。
「グルゥ!」
突然ルフが唸り声をあげ、空を睨みつける。
少し遅れてレイとウーラさんも武器を構え、同じく空を睨み警戒し始めた。
「ふ、せろ。」
「お、館様、伏せてください。」
「言われなくても。」
ヤバイ事が起きているであろうことはウーラさん達の気配からヒシヒシと伝わってくる。
なんだ、何が起きている。
ルフが上を見ているんだから空から何かが来るんだろう。
でも何が?
空を飛ぶ魔物はいくらでもいるが、この草原に存在する種類はそれほど多くない。
2mを越えるワシのような巨大な鳥ならば可能性があるが、他のはルフがここまで警戒する程じゃない。
前のように普段はいるはずのない魔物が自然発生したという可能性もあるから、絶対はないんだけども・・・。
「キタ。」
ウーラさんの声がいつにも無く緊張している。
一瞬太陽が陰り、そして一拍送れて強い風が俺達を襲う。
「ワイバーン!」
太陽の中から突如現れたのはワイバーン。
そいつが巨大な羽を羽ばたかせてホバリングするたびに土埃が舞い上がり、視界が微かにさえぎられる。
誰を食ってやろうかと品定めをしているんだろうか。
ルフは身をかがめ臨戦態勢、レイも臆することなく牙をむいている。
ウーラさんは静かに武器を構えて相手を凝視していた。
俺に出来ることはスリングを構えること、ではなくソラと共に彼らの邪魔をしないよう集中することだ。
何でこんなところにワイバーンなんかと思ったが、よくよく考えればディヒーアを狙うのは別に俺達だけじゃない。
あれだけ狩れば血の匂いも広がるんだろう。
餌を探して北側の山から下りてきてもおかしくないよな。
静かににらみ合ったのはどのぐらいだろうか。
俺にとってはかなり長い時間だったが実際はそうでもないかもしれない。
だが時は確実に進んでおり、そいつは小さく唸った後少しだけ上に飛んだ後、目にも留まらぬ速さで急降下してきた。
狙いは俺、もしくはソラ。
それが分かっているからこそ、ウーラさんはすばやく俺達の前に立ちはだかり、斧を振りかぶってその一瞬に全身全霊をかける。
勝負は一瞬。
だが、いつまで経ってもその瞬間が訪れることは無かった。
急降下してくるワイバーン。
だが、俺達の所に爪が届くよりも速く別の何かが横からその巨体を吹き飛ばした。
それは漆黒の鱗を輝かせたもう一頭のワイバーン。
いや、我が息子だった。
「トト!」
「バーン、ナイスタイミング!」
恐竜大戦争の如く巨大な翼竜が空ではなく大地の上で暴れまわっている。
近づけばどちらかにつぶされてしまうような状況にも関わらず、ルフたちはワイバーンに向かって飛び掛っていった。
体格的には襲ってきたワイバーンのほうが上。
だが、ルフとレイ、そしてウーラさんの助けがあれば敵ではない。
あっという間に空からの襲撃者は地に伏すことになった。
まさか、最後の最後にこんな奴が襲ってくるとは。
バーンがこなかったらどうなっていたんだろうか。
「はぁ、疲れた。」
「トト、大丈夫だった?」
「あぁ、おかげで助かった。ウーラさんたちも無事か?」
「ウモンルダイフナウイデルフス。」
「大丈夫です!」
皆多少の傷は負っているようだが、大きな怪我はなさそうだ。
ルフ達も興奮冷めやらぬという感じで何度も遠吠えをしている。
「良くここが分かったな。」
「良くない気配を感じたから、間に合ってよかった。」
「おかげで最高の獲物を手に入れることが出来たよ。素材は貰うが、肉は好きにして良いぞ。」
「やった!カカとレイも食べよ!」
この巨大な土産を見たらまたエリザが何か言いそうだが、これを置いて帰るなんて選択肢は無い。
血の一滴まで利用できるのがドラゴン種のいいところ。
最高の手柄をバーンに運んでもらい、俺達も街へと凱旋するのだった。




