810.転売屋は交換する
さて、用意しないといけないものは全部揃ったか?
えぇっとリストを見る限りは問題なさそうだが・・・小麦よし、肉よし、野菜・・・は行く前に取りに行くか。
必要な薬は昨日のうちに積み込んだし、持ち帰る用の容器も積み込んだ。
それじゃあ畑に行くか。
「ちょいと畑に行ってくるから馬車を回しておいてくれ。他の荷物も念のため再確認してもらえると助かる、目録も準備しておいてくれ。途中で確認するから。」
「かしこまりました。」
「しかし麦の値上がりは顕著だな。」
「1キロ銀貨1枚、5キロ銀貨4枚。前が銀貨3枚だったことを考えるとまだ二割増しですから安い方です。」
「安い方、か。これが春先になるともっと上がるんだろうなぁ。」
「そうですね、備蓄が減れば減るほどそうなるかと。」
先程買い付けた記録を見てみたが、麦の不作のせいもあり価格はかなり上昇傾向。
収穫後でコレだから消費の進んだ春先はもっと値上がりするだろう。
俺のように高くなると見越して買い付けている商人もたくさんいるはず。いくら国の備蓄があるとはいえそれが行き渡るには大分時間が掛かるし、更にそれを輸送するのにも金がかかる。
金が掛かれば物に転嫁されるのは世の常識。
本当なら俺も大量に買い付けたかったのだが、街の分を考えるのであれば今回の量が限界だった。
全部で100kg。
話によればこれで冬は越せるそうなので、高くなるが今回のが無くなる頃にもう一度運び込むとしよう。
今後は結構な頻度で立ち寄ることになるので、輸送費が掛からないのは素直にありがたい。
一足先に畑へと向かい収穫作業を確認。
冬野菜は今年も豊作。
いや、豊作すぎると言っていいだろう。
いやマジでこの畑どうなってるんだろうな。
「これはシロウ様、申し訳ありません。まだ準備が出来ていなくて。」
「まだ馬車は来ないから大丈夫だ。しかし凄い量だな。」
「銀貨50枚分と言われましたので。」
「豊作すぎるのも考え物だな。」
「どうしても卸値が下がってしまいますから致し方ありません。とはいえ、この豊作ですのでこれぐらい一気に持って行っていただける方が我々としても助かります。息子たちはもう食べ飽きたそうなので。」
「早くないか?」
「ホワイトラディッシュにスカートキャベジ、あの大きさを毎日ですから。」
「まぁ、気持ちはわかる。」
大根に白菜、冬野菜の代表格だが素材そのものの味は少な目。
味付けをして食べるのが一般的だが量が量だけに消費が大変なんだよな。
この世界のやつはかなりデカい。
ホワイトラディッシュはおでんにすれば一気に消費できるが、白菜はなぁ・・・
俺は好きだがこの世界ではそこまで人気は無いらしい。
お鍋に最適なのに。
「アグリさん終わったよ!」
「終わったよ!」
「皆さんご苦労様でした、後は荷馬車に積み込めば完了です。泥を落として箱詰めしてしまいましょう。」
「「「はーい。」」」
話し込んでいると、収穫を終えたガキ共がこれまたたくさんの野菜を手にやって来た。
アグリの指示を受けて手慣れた様子で泥を落とし、そのまま木箱に詰め込んでいく。
その手つきに迷いは一切ない。
「手慣れたもんだ。」
「畑が大きくなって人手が足りないだけに、仕事を覚えている人がいるのは助かります。今では大人にもわかり易く教えてくれているんですよ。」
「あんなに小さかったくせになぁ。」
「今では無くてはならない存在です。目録をご準備しますので今しばらくお待ちください、失礼します。」
「了解っと。」
野菜を積み込めばこっちも準備完了。
今回の目的は、例の亜人達に食料を届ける事。
俺があの廃鉱を買い付けた事はまだ知らないのでそれについての報告と、ついでに前回頼んでいた品を受け取る予定だ。
食料だってタダじゃない。
あくまでもこれは取引であって、彼らを助けるとかそういう事ではない。
俺は金になるからあそこを買っただけだ。
あぁ、レールの搬出についてもしっかり調べておかないと。
今回もまた忙しくなりそうだ。
「シロウ様お待たせ致しました。」
「アニエスさん今回も悪いな。」
「いえ、これも仕事ですので。」
道中に魔物がほぼいない事がわかったので、今回は二人だけでの移動になる。
アグリたちが運んできた木箱を順番に載せて準備完了。
「ルフ、行くぞ。」
ブンブン。
前言撤回、二人と一匹だ。
自分でピョンと荷馬車に乗り込み、開いた場所で再びルフは丸くなる。
俺も馬車に乗り込みアニエスさんと小さくうなずき合う。
さーて、商売商売っと。
「あー、着いた着いた。」
「お疲れさまでした。」
「俺はルフと共に後ろで寛いでいただけだけどな。さて、仕事しますか。」
「ルフは周囲の警戒、私は中を確認してきますのでシロウ様は荷下ろしをお願いします。」
「了解っと。」
流石にルフに荷下ろししてもらうわけにもいかないので、周囲を警戒してもらっている間に運べる木箱から片付けていく。
半分ほど片づけた所でアニエスさんが人を引き連れて戻って来た。
「シロウ様、皆さまが手伝いに来てくださいました。」
「おぉ!こんなにも大量の食料、本当にありがたい。」
「みんな!すぐに運び込むぞ!」
「「「「おぅ!」」」」
身長はせいぜい中学生ぐらいしかないのに、力は普通の一般男性を上回る。
俺が四苦八苦して下ろした荷物を軽々と持ち上げ、ぞろぞろと鉱山の奥へと運んでいってしまった。
何だろう、昔見た映画に出てくる小人のようだ。
ホビルトとは違うんだよなぁ。
「シロウ様、長旅ご苦労様でした。先程アニエス様からお聞きしましたがまさか本当にこの鉱山を買い取ってしまわれるとは。それにこれ程の食糧も一緒に、感謝の言葉もありません。」
最後に残ったミヌレさんが恭しく俺に挨拶をする。
別にそんなに畏まらなくてもいいのだが、向こうからしてみれば俺は恩人のようなもの。
こうなるのも致し方ない。
「別に感謝されたい為にやったんじゃない、あくまでも金儲けだ。それに俺がここを買取ったという事は今後継続的に搾取されるという事を忘れてもらっては困る。定住を許すからにはそれなりの働きをしてもらうぞ、わかっているだろうな。」
「もちろん理解しております。ひとまずはどうぞ中へ、商談と参りましょう。」
いつまでも立ち話ってわけにもいかないしな。
自分で買った場所とはいえ、一日半もの時間を掛けてここまで来たんだ。
大家としてしっかり持て成してもらわないと。
炭鉱の中は最初に来たよりも整備され、非常に歩きやすくなっていた。
魔灯もしっかり点いているし、心なしか舗装もされている。恐らくは俺達が出てから戻るまで間に色々と片付けてくれたんだろう。
坑道を下ること10分ほどで亜人達の集落へと到着。
最初とは違い皆の俺を見る目は喜びと感謝であふれていた。
「随分と歓迎されているじゃないか。」
「それはそうでしょう、これだけの物資を運び込んだのですから。足りないとは言わせません。」
「もちろんです、皆シロウ様に感謝しているのです。細々と本当に細々と生きていくことしかできなかった私達が、これ程にも恵まれた生活が出来るなんて今でも信じられません。」
「それも労働という名の対価があってこそ、早速話を聞かせてもらおうか。」
「どうぞこちらへ。」
集落とは言ったがここは鉱山の中。
少々広く作られた広場の奥には幾重にも道が伸びその先に住居となる部屋が作られているようだ。
案内されたのはその一番奥にあるミヌレさんの部屋だ。
「今飲み物をお持ちしますので。」
「悪いが時間がない。今日中に積み込むものを積み込んで例の場所で休む予定なんでね。先に話を進めさせてくれ。」
「かしこまりました。ではまずレールについての報告からさせて頂きます。」
今は12月、色々とやることが多いのでさっさと用事を終わらせて戻らなければならない。
前回ここを出るときにお願いしていたことは二つ、その一つが今報告を受けているレールについてだ。
「なるほど、距離にしておおよそ二キロ分は使用できそうか。」
「脆くなっている物、錆びている物は省き完全な状況で再利用出来ると判断した物になります、整備をすれば使えるものはまだまだあるかと。」
「十分だ、とりあえず今回は持ち帰れるだけ持ち帰る。とはいえブツを乗せる必要があるからそれを乗せる場所だけは残しておいてくれ。」
「その、本当にあんなものを買われるのですか?今日運んでもらった物資の方が何倍も何十倍も価値のあるもの、アレでは生きていけません。」
報告をしていたミヌレさんが申し訳なさそうな顔をする。
何故そんな顔をするんだろうか。この人たちにとってはそうかもしれないが、俺達にとっては持ち込んだ食糧のそれこそ何十倍もの価値のあるものだ。
本来取引とは等価で合って成立するものだが、今回に限ってはそうではない。
いや、はたから見れば違うかもしれないが、それぞれの立場で考えればそれに見合う取引になっている。
だからこそ俺はここを買った。
金になる、そう判断したからこうやって取引に来たんだから。
「買うから俺はここに来た、そしてそれに見合うだけの食糧を用意した。無駄にする気か?」
「滅相もありません!どうぞご確認ください。」
そう言ってミヌレさんが机の上にコトンと置いたのは古ぼけた小瓶。
俺は何も言わずそいつを手に取った。
『魔力水。大量の魔力を有したその水は多くの物に利用することが出来る。ただしそのまま飲むことは出来ず、飲めば毒となる。地上に存在する事はほぼなく主にダンジョンや魔力鉱山の奥で発見される事がほとんど。最近の平均取引価格は銀貨5枚。最安値銀貨4枚、最高値銀貨7枚。最終取引日は本日と記録されています。』
何の変哲もない水、いや魔力水。
成分そのものに魔素を有しており様々な事に使用される万能素材。
それはもう薬から魔道具からなんでもござれ。
そんな素晴らしい素材にもかかわらず地上で見つかることはほとんどない。
理由は簡単。
魔素は基本水と混ざらない。
だが、長い年月をかけて魔石などからしみ出したものはそうではなく、なのでダンジョンや魔石鉱山などから手に入れるしかない。
それなりの数が供給されてはいるものの需要に追いつかないので売りに出せばすぐ売れる、最高の商材といってもいいだろう。
それが目の前にある。
しかもこれだけではなく大量に。
もちろんうちのダンジョンでも手に入る、この前のようにクラインの壺を持ち込めばそれなりの量が手に入るからな。
だが、その手間を掛けなければ手に入らない品でもある。
俺達からすれば喉から手が出るほど欲しい品、でも彼らにとってこれは邪魔者でしかない。
飲んでものどを潤すことは出来ず、体を壊してしまい腹を満たすこともできない。
そんな厄介者と引き換えに大量の食糧が手に入るんだから、そりゃあ驚きもするだろう。
これまで街で買い物が出来たのはこれを細々と売って来たからだ。
そういえば過去に何度か買ったことがある気がする。
てっきり冒険者が手に入れた物だと思っていたんだが、どうやら違ったようだ。
「間違いない。早速馬車に入れておいた容器に入れてきてくれ、全部だ。」
「おーい、水を入れてきてくれ!」
「「はい!」」
「そしてこれがもう一つの頼まれ物、水の魔道具と魔石だ。小型と中型それぞれ二個、魔石は普通に使えば一か月は持つだろう。」
「ありがとうございます、これで雨を待たなくて済みます。」
「なに、前に使った残りだから気にするな。それじゃあ契約書の確認と行こうか。」
さて、物は確認し合ったわけだし最後の仕上げと行こうか。
俺は懐から書類を取り出すとミヌレさんの前に差し出した。
それを目だけで読むと何も言わず近くのペンでサインを入れる。
これで取引は成立だ。
契約書にはこう書かれている。
『今後この廃鉱に住むのであれば以下の物を徴収する。
品目:魔力水
個数:所定の容器に100個
期日:月末までに
これを実行し続ける限りこの地に住むことを認める。また、必要な物資は商品と引き換えに毎月支給する。加えて鉱山内の維持並びに整備を行い、必要であればレールの運搬などの業務を行う事。鉱山内で見つかった物の所有権は所有者にあり、速やかに提出し所有者は所定の金額を支払う事。
これを了承するのであれば所定の欄に記名する事。』
向こうはこれを了承し、それに見合う品を提供した。
だから俺はそれに見合う食糧を持ち込んだというわけだ。
食糧にかかった費用は金貨2枚ほど。
それに対して魔力水で得られる金額は金貨5枚を越える。
街ではなく王都に流せば金貨7枚でも売れるだろう。
需要が多ければ多い程値段は吊り上がる。
加えてレールの販売価格もあるので、金貨400枚なんてあっという間に還元できることだろう。
廃鉱した時には気付かなかったんだろうな、地下にこんな凄いものが眠っているって。
ミヌレさん達が見つけたのもほんの数年前。
世の中なにが足元に眠っているかわからんもんだ。
かくして俺は新たな金儲けの種を手に入れたのだった。




