770.転売屋は靴下を仕入れる
予想とは裏腹にマヨネーズはあまり売れなかった。
いや、売れたのは売れた。
好きな人は好きだし何よりも料理に合うので様々な料理に応用されることになった。
が、いかんせん供給量が少ない。
どんな商材もそうだが流行時に一気に広めないと普及するのには時間がかかる。
今回はその典型で、さぁ広めようというタイミングで卵の供給量が一気に減った。
正確に言うと十分の一になった。
本当に欲しい人のみが卵を購入し、それ以外の人はまぁまたの機会にという感じで後回しにする。
結果として普及は鈍化し大量需要は夢のまた夢、とはいえうちではほぼ毎日のように作られている。
養鶏業者はおっちゃんの所だけじゃないし、本当に欲しいならダンジョンで取って来るという手もある。
実際に取引所には卵の依頼が常時張り出されることになったので、金のない冒険者は新たな金策として利用する事だろう。
ダンジョンに行けば大抵のものは手に入る。
ほんと、ありがたい話だ。
「さて、ついたな。」
「おつかれさまでした。」
「俺はマリーさんと一緒にカーラの所に行って進捗状況を説明してくる。売り出しまで残りあとわずかだ、出来るだけ歩調は合わせておきたい。その他は任せて構わないよな。」
「ナミル様への伝達は私が、エリザ様とキキ様はガレイ様の船へ荷物を運んでおいてください。」
「わかりました!」
「終わったらそっちに行くから。」
「では私も行ってまいります。」
ミラを見送りマリーさんと共にカーラの工房へと向かう。
今日は冬に売り出すパックの最終打ち合わせの為に隣町へとやって来た。
もちろんその他の用事もあるのだがそっちは女達に任せておけば問題ないだろう。
「ってな感じで準備は進んでる。問題は箱の細工だが最悪そのまま行くしかないだろう。」
「それは仕方がないよ。でもこの短時間でよく全部そろえられたね。」
「まぁ幸運が重なったって感じだが、案外世の中何とかなるもんだ。」
「ふふ、そうかもしれない。マリーはどう?」
「どうって何が?」
「お腹の子だよ。悪阻は終わったみたいだけど大丈夫なのかい?」
「もう安定期に入ったからね。でも心配してくれてありがとう。」
いつもは大人しいマリーさんもカーラの前では素の自分になれる。
いくら望んで手に入れた今の自分でも昔の自分が無くなったわけではない。
どちらも本当の自分なんだしそれは大切にするべきだ。
「ともかく販売は11月初日、貴族向けのやつを早めに納品してもらえると助かる。王都の方はどうだ?」
「イザベラさんから催促がすごいけどまぁ何とかなってるよ。向こうでも専用の箱を作って対応してもらえることになったみたいだ。」
「ならこっちにも在庫を回しやすくなったな。」
「港街は良いのかい?」
「まずはうちとここだけで大丈夫だ。」
正直向こうに回しているだけの余裕はない。
まずは足元でしっかりと消費してそれから考えよう。
「わかった、準備ができ次第こっちの箱をそっちに回すから後は任せたよ。それじゃあ、また11月に。」
「あぁ、よろしく頼む。」
さて、打ち合わせはこれにて終了。
ゆっくりしたい所だがまだまだ用事が沢山ある。
とりあえずマリーさんを宿に連れて行ってそれから露店へと足を運んだ。
「うーん、今日は不作か。」
久方振りの市場巡り、期待とは裏腹に思ったような品は転がっていなかった。
これっていう感じの物がないんだよなぁ。
そろそろ冬に向けて不要な物を売り出す時期なんだが・・・。
まぁそんな日もあるだろう。
見つからないならさっさと切り上げてミラの様子でも、そう思って市場の端へと足を向けた時だった。
若い女が小さな声で必死に客を呼び込んでいる。
が、あまりにも小柄なその人は視界に入らないのか足を止める人はほとんどいない。
あぁ言うのは大概食べ物か扱いに困るものって相場が決まっているんだ。
俺が手を出すものじゃない。
足早に店の前を通り過ぎようとしたのだが、もし当たりだったらという欲が働いて商品に目が行ってしまった。
並んでいたのは黒い靴下。
大小さまざまだがどれも真っ黒のソレが大量に陳列されていた。
そりゃこの置き方とビジュアルじゃ誰も買ってくれないだろう。
しかし靴下って・・・珍しいな。
この世界に来た頃は自前のを使っていたが、それが痛んでしまうと基本裸足。
ブーツを履くときは当て布のようなものをするが、基本は素足って感じだ。
そんな世界で靴下と出会うってかなりレアじゃないだろうか。
「あ、あの!よかったら見て行ってください。」
「靴下売りなんて珍しいな。」
「あ、ご存じなんですね。」
「まぁ一応な。」
「どれもブラックシープの毛で作ってあります、温かくてそれでいて保温性も高いんですよ。あと、滑りにくいようにハイドオクトパスの吸盤も縫い付けてあるんです。」
「あぁ、だからこんなにポコポコしているのか。」
見た目は普通の黒靴下。
丈は脛に被るぐらいでものすごい長いというわけではない。
ブーツを履けばぴったり隠れるぐらいの感じだ。
足の裏の部分には何やら小さな突起が沢山ある。
これがタコの吸盤なのか。
「見た目はよくないですけど履いてもらえるとその良さが分かると思います。」
「ちなみにいくらだ?」
「二足で銅貨80枚。もし10足買ってくださるのなら銀貨3枚と銅貨50枚でどうですか?」
「ちょっと高いな。」
「そ、そうかもしれませんが絶対に満足してもらえるはずです。はずなんです。」
最初は勢いがあったのにどんどんと声が小さくなっていく。
この感じだとほとんど売れていないんだろうなぁ。
元々靴下文化がないだけにこういうのは売れない物に分類される。
履けばわかるのは事実かもしれないが、そこに行きつくまでが大変なんだ。
とはいえ俺には靴下文化があるわけで。
冬の寒さを乗り切るためにもいくつかあってもいいかもしれない。
「そこまで言うなら買ってみるか。とりあえず10足くれ、少し大きめのヤツ。」
「あ、でしたらこの足型に足を乗せてもらえますか?」
「ここだな。」
靴を脱いで足形がいくつも書かれた板の上に足を乗せる。
なるほどこれで大まかなサイズを測るようだ。
ごわごわだと意味ないもんな。
「えっと、これがいいですね。親指の部分は補強してあるので破れにくくなっていますから。」
「お、それはありがたい。早速履いてもいいか?」
「はい!」
代金を支払って早速両足を通してみる。
するとどうだろう。
ゴムを仕込んであるかのようにぴったりと足にフィットしている。
靴を履いてみても中で滑る感じはなく、むしろ地面を掴みやすくなった気さえする。
その場で軽く飛んでみたり足を動かしてみても問題なし。
これ、すごくないか?
「どうですか?」
「思っている以上に良いな。」
「嬉しいです。」
「サイズはこの板で確認して選べばいいんだよな?」
「そんな感じです。」
ってことはこれさえあれば大体のサイズはわかると。
なるほどなるほど。
「因みに、今日は何時までいる?」
「えっと、夕方には家に帰るつもりでした。」
「もう一度来るからそれまで待っていてくれ、家族を連れて来る。」
「わかりました、待ってます!」
これは売れるかもしれない。
とはいえ靴下文化のないこの世界でなじむのかという疑問もあるので、売るべきターゲットに確認してもらうのが一番だろう。
宿に戻るとちょうどエリザ達が一仕事終えて戻っていた。
文句を言う二人を引きずるようにしてさっきの店へと戻る。
「靴下?これはいて靴を履くの?」
「蒸れませんかね。」
「通気性は比較的高いのと、直接素足が靴底に付くよりかはマシだと思います。」
「って事だからとりあえず履いてみてくれ、金は出す。」
やはり冒険者にはなじみは無いようで、半信半疑の二人に無理やりサイズを測らせて合った靴下を選んでもらう。
それを足に通して立ち上がったその瞬間。
「なにこれ!」
エリザが驚きの表情のまま大きな声を出す。
「すごい、足にぴったり吸い付くみたいです。」
続いてキキが姉と同じような表情で感動していた。
「足が滑らないって事は踏ん張れるって事だろ?加えて快適性が上がれば長時間の移動にも耐えられる。問題は消耗頻度だが、これに関しては使ってみなければ何とも言えないだろう。とはいえ、踏ん張りがきく上にこれからの時期寒さからも身を守れるというのは非常に大きな魅力だと俺は思うんだが、どうだ?」
「採用。」
「よし、全部くれ。」
「え、全部ですか?」
「何なら家にある在庫全部でもいいぞ、明日まではここに滞在するから出発前に直接回収してもいい。ちなみに月産どのぐらい作れるんだ?」
エリザが即断するということは効果は申し分ないということだ。
現役から若干退いているとはいえ、冒険者の代表と考えて差し支えない。
後衛のキキもその使用感に満足している。
冒険者が使えるという事は、輸送業者や肉体労働者も使えるということだからな。
需要は引く手数多。
靴下文化がないということはこれからどんどんと広めていけるということ、つまりそれは儲けに直結する。
消耗頻度にもよるが、銀貨2枚前後で売っても問題はないだろう。
ある程度土壌が出来上がったら今度はローザさんに依頼して自前で作ってもいい。
魔毛を入れてやればヒートテック的な使い方もできる。
冬に間に合わせる事が出来ればさらなる売り上げも見込めそうだ。
「頑張れば300足は作れます。」
「なら中くらいから大きめを中心に200足注文したい。材料はこちらで手配するのとそっちで手配してもらうのとで今後の仕入れ値も変わってくるが、そのあたりは今後詰める感じでいいだろうか。とりあえず11月末までに200足お願いできるか?」
「はい!ありがとうございます!」
200足って事は100ペア分。
最初はそれぐらいで問題ないだろう。
とりあえず在庫を全部買わせてもらって、それを売って土壌を構築。
大丈夫だ、時期的にも十分勝算はある。
不作だなんて言ってしまったが最後の最後に大物を引き当ててしまった。
たまにこういうのがあるから露店巡りは止められないんだよなぁ。
「シロウが悪い顔してるわ。」
「うるせぇ、いつもの事だろ。」
「大丈夫よ絶対に売れるから。」
「知ってる。」
商売っ気のないエリザがそう言うんだから間違いない。
さて、これがどれぐらい売れるか楽しみじゃないか。




