769.転売屋はマヨネーズを思い出す
「兄ちゃん、ちょいと知恵を貸してくれないか?」
「どうしたおっちゃん。」
「実はなぁ・・・。」
久方ぶりに露店を出して商売をしていると、少し遅れてやってきたおっちゃんが申し訳なさそうに相談してきた。
いつもなら元気に乳製品を並べるはずが今日はその品数も少ない。
代わりに、後ろの荷車には大きな布が掛けられていた。
『アングリーバードの卵。栄養価が高いだけでなく食肉用に流通している種が産卵するため流通量が多いのが特徴。最近の平均取引価格は銅貨10枚、最安値銅貨5枚最高値銅貨13枚最終取引日は本日と記録されています。』
「卵ねぇ。」
「甥っ子の頼みで断れなくてよ。この前大きな地震があっただろ?あの時にビビって大量に産み始めたんだ。最初は良かったんだが、産む度にエサは食うし処理にも困るしで頭を抱えてるんだよ。何とかならないか?」
「ここで売るのはダメなのか?」
「そりゃ売れればいいが、この量が毎日だぞ?」
布がかけられた荷台には大量の卵がこれでもかと詰め込まれていた。
その数300。
街の規模を考えれば十分消費できるだろうが、毎日になると飽きも出てくるだろう。
割れやすさを考えると売れ残りを運ぶのも毎日運んでくるのも大変だし、かといって貯めれば今以上に処理に困る。
一日貯めれば600個、卵の持ちを考えるとそれが限界だろうけど冬なら二日ぐらい保存できそうだから持ち込んで900個。
流石にそれを1日で処理するのはなかなかに難しい。
とはいえ世話になっているだけに何とかしてやりたいのだが。
「で、全部買ってきたのね。」
「他でもないおっちゃんの頼みだから仕方ないだろ。」
「とはいえどうします?流石に我々だけでは消費できませんよ。茹で卵にしても一人30個は食べないと。」
「いくらご主人様の命令とはいえ30個はちょっと・・・。」
食堂に運び込まれた大量の卵。
ご近所に配ったりすれば今日は何とかなるかもしれないが、それが毎日となるとさすがに難しい。
イライザさん達に声をかけてもいいのだが、毎日卵料理を出すのは大変だろう。
ここは冒険者の街、卵よりも肉を好む奴らばかりだからなぁ。
美味しいのに。
「で、どうします?」
「とりあえず30個ほど茹でておいてくれ。俺は別の調味料を作る。」
「あ!またシロウの料理が食べられるのね。」
「今回は何を作るんです?」
「料理っていうか調味料だな、お酢と塩、それと油を用意しておいてくれ。」
大量の卵を食べるにしても茹でただけではすぐに飽きてしまう。
とはいえ塩だけでも苦しいのでここは新しい奴に登場してもらうとしよう。
昔はこれを直接吸う奴がいたっていうが最近は聞かなくなったな。
今もいるんだろうか。
卵を割り、黄身と白身に中身を分ける。
今回使うのは卵黄だけなので卵白の方はお菓子作りにでも使ってもらおう。
用意した卵黄にお酢と塩を入れてよく混ぜ、その後油を上から少しずつ加えながらひたすら混ぜる。
混ぜれば混ぜるほど乳化が進み、あっという間におなじみの調味料が出来上がった。
「なにこれ、白くてトロっとしてる。」
「マヨネーズだ。」
「「「「マヨネーズ?」」」」
「まぁ食べればわかる、茹で卵は出来たか?」
「ここにあります!」
「俺は塩派だが、たまにはこっちも食べたくなるんだよな。」
完熟卵を半分に割りマヨネーズを少量付けて口に運ぶ。
おなじみのメーカーの味とはやはり違うが、それでも十分満足できる味だ。
俺が食べたのを見て他のみんなも恐る恐るマヨネーズをつけて口に運ぶ。
「なにこれ!すっごい美味しい!」
「トロっとしていて仄かに酸味もありますね、油を入れていたのでもっとしつこいのかと思いましたがこれは癖になりそうです。」
「お館様、これはやばいですよ!料理が根底から変わりますって!」
「そんな大げさな。」
「大げさじゃないですよ!これなら卵以外にも何にでも合います、なんだこれ、なんでこんな組み合わせでこの味になるんだ?」
ハワードが今までで一番興奮している。
醤油や味噌なんかでも興奮していたがマヨネーズが一番凄い。
「俺はゆでた野菜につけるのが好きだ、キャベッジの千切りも美味いぞ。とはいえ、大量に作ると卵白が余るんだよなぁ、悪いが無駄なく消費してくれ。」
「クッキーにしちゃうから大丈夫よ。それよりももっと美味しい食べ方知ってるんでしょ?早く教えてよ。」
「まぁまて、それは夕食のお楽しみと言いたいところだが、いいよな?」
「やった!」
「ハワード悪いがメニュー変更だ、付き合ってくれ。」
「お安い御用です!」
市販のマヨネーズと違って自作のマヨネーズは日持ちしない。
なので作ったその場で消費しなければいけないのだが、この反応を見る限り十分使いきれそうな感じだ。
卵白もお菓子にしてしまえば全て消費できる。
とはいえ毎日300個だからなぁ。
一個銅貨10枚でも300個あると銀貨30枚。
一日だけであれば何とかなるがこれが毎日となると手痛い出費になる。
かといって買わないとおっちゃんの生活が大変なわけで。
まぁ、とりあえず今は晩飯に向けて準備をするか。
仕事そっちのけで厨房に籠りハワードと共に包丁を振るう。
横ではエリザとキルシュそれとミミィの三人が一生懸命クッキーを焼き続けていた。
とはいえ卵300個は消費しきれないのでマスターやイライザさん、それと婦人会のみなさんに手伝ってもらって何とか消費。
さすがに料理だけじゃ50個消費するのが限界だった。
「それじゃあ食うか。」
「「「「いただきま~す!」」」」
いつも以上に活気のある食堂。
それもそうだろう、なんせ俺とハワードの自信作だ。
新たな調味料マヨネーズのポテンシャルを見せてもらおうじゃないか。
今日のメニューはチキン南蛮と唐揚げ、それと大量の野菜。
大量のタルタルソース作りは気が遠くなるような感じだったが、全員の食いっぷりを見る限り無駄じゃなかったと思う。
終始無言で料理を食べ続ける姿を見ると料理人でなくても作った甲斐があったなと思ってしまうな。
「ってかエリザはタルタルソースつけすぎな、無くなるだろうが。」
「だってすっごい美味しいんだもん!」
「卵で作った調味料と卵を混ぜるなんて、なんだか不思議な感じです。」
「アンナさんのピクルスがいい味出してるだろ。」
「少し酸味のあるタレと合わさっていくらでも食べられそうです。」
「チキンはいやって程揚げましたからね、好きなだけどうぞ。」
「大丈夫残らないから!」
「少しは遠慮・・・いやいい、好きなだけ食え。」
まるで欠食児童のように揚げたアングリーチキンにかぶりつくエリザ。
もちろん他の面々もいつも以上に食いつきがいい。
特に三人トリオはエリザのように目を輝かせて料理を口に運んでいた。
他の女性陣はチキンよりも野菜がお気に召したのかそちらの消費が多いようだ。
「うん、美味い。」
「今回もお館様の料理には驚かされました。マヨネーズでしたっけ、これはすごい発見ですよ。」
「でも似たようなのはあるんだろ?」
「ありますがここまでなめらかじゃないんですよ。それにこのタルタルソースですか、揚げ物なら何でも合うんじゃないですかね。」
「なんでもってわけじゃないだろうがそれなりには行けるとは思うぞ。問題は卵白の消費が追いつかないってことだな。見ろ、クッキーが山のようだ。」
調理場の奥には焼きあがったクッキーがうずたかく積まれている。
つまみ食いしてみたが卵白を使う事で軽い触感になっていた。
ラングドシャとかがこんな感じだっただろうか。
美味いんだが聊か量が多すぎるんだよなぁ。
「子供達に配ればいいじゃない。」
「配るって言っても限度があるだろう。まぁあっちは蟻砂糖でもかけて付加価値をつけて売るって手もあるか。余るようならドルチェに声かけて使ってもらうとかな。」
「でも毎日これじゃ大変じゃないですか?」
「え、私はうれしいけど?」
「流石に俺も毎日揚げ物は勘弁してほしい。」
「僕食べるよ!」
「ほら、ジョンも食べるって。」
いや食べるって言ってるの二人だけだから。
商売でやっているならともかく流石に毎日あの量を揚げるのは無理がある。
揚げれば揚げるほど食べてもいないのに胸いっぱいになるんだよなぁ。
「でもどうするんです?お館様の事ですから毎日買うんですよね?」
「んー、そうしたいのは山々だが限界があるだろ。」
「じゃあいつもみたいにマヨネーズを売り出せばいいじゃない。」
「そうですよ、ご主人様がお店を出せばすぐに繁盛しますから。」
「マヨネーズを売るだけの店か?残った卵白どうするんだよ。」
「あー、そっか・・・。」
全部ドルチェに渡すわけにもいかないし、かといって自分達で消費するには無理がある。
もちろん割り切って捨てるという手もあるがもったいない精神が出てきてしまうんだよなぁ。
買い続けるという事は金がかかるという事。
エリザの言うように店を出せば瞬く間に原価を回収、更には利益もばっちり出るだろう。
だがさっきも言ったように毎日揚げ物を揚げるのは勘弁してほしい。
ならどうするか。
「いやー、兄ちゃんに頼んで正解だった。まさか街中の人が買いに来てくれるとはなぁ。一人5個の制限を付けても即完売、おまけに他の乳製品も飛ぶように売れて大儲けだ。」
「私もそのおこぼれにあずかって大満足さ。しかしマヨネーズなんて面白い調味料があるんだねぇ。」
「気に入ってもらえて何よりだ。」
「でもよかったのか?こんな凄いの皆に知らせちまって。」
「そうさ、それこそ金儲けの種だったろうにお金に煩いアンタにしては珍しいじゃないか。」
おばちゃんの言うようにマヨネーズを製法を秘匿として売りに出せば大儲けできただろう。
それかレシピを高額で売るという方法もあった。
だがどれも時間がかかる上に消費量が少ないんだよな。
俺達は今すぐ大量に消費する手段を欲していた。
だから今回は製法をオープンにする事で街中の人に使ってもらうことにしたというわけだ。
もちろん俺だって儲けを捨てたわけじゃない。
流石に一般的過ぎて油を独占することはできなかったが作るのに必須の塩は俺とモーリスさんの専売なので必然的に儲けが出るし、更にはそれを使った料理の材料を今回は手配させてもらっている。
「シロウ、狩ってきたわよ。」
「よしよし、後は放っておいても勝手に売れるだろうから休憩してくれ。」
「はーい。」
「そうだ、イライザさんが早速チキン南蛮を売り出すらしいぞ。」
「やった!じゃあ今日はご飯食べて帰るから!」
「はいはい、食いすぎないようにな。」
大きくなったお腹を撫でながらエリザはイライザさんの店へを旅立っていった。
仕込みは上々。
マヨネーズづくりは進んでいるだろうから、そろそろそれを欲して人が集まるはずだ。
「何をしたんだ?」
「ちょっと肉をな。」
「悪い男だね、売れるとわかって買い占めたのかい。」
「買占めなんてしないさ。大量に仕入れて来ただけだよ。」
「一緒じゃないか。」
「どっちにしろ売れるんだ、せっかくの新作なんだしみんな美味い肉で食いたいだろ?」
エリザに頼んでいたのは肉。
今日の朝一番で冒険者に大量のアングリーバードを調達するように依頼を出しておいた。
血抜き、加工は必須。
その分買取価格を上げる事で量を確保、マヨネーズが普及するタイミングで一気に放出することで大量の需要にも対応出来るようにした。
もちろん値段を少し高くすることも忘れない。
今頃市場の別の所では行列が出来ているだろう。
肉屋のおっちゃんには申し訳ないが、今回だけなので勘弁してほしい。
マヨネーズを普及させたことで、ハワードの言うように大きな変化が生まれるだろう。
俺が教えた料理に限らず新しい料理も考案されるだろうから、必然的に飲食物の需要は増えその分美味い物が食えるようになる。
更にはそれが街の外にも広がり、国を挙げての騒ぎになる日も来るかもしれない。
もっとも、米のようにそこまで広がらずに落ち着く可能性もあるけれども。
ま、その時はその時だ。
この街だけでも新しい料理に出会うことが出来るし、なにより大変な思いをして料理を作らなくて済む。
やっぱり料理は作るより食う方だな俺は。
大量に持ち込まれた卵は無事消費されると同時に新たな料理を生み出した。
後はこの需要がいつまで続くかだが・・・。
ま、それはそれで考えればいいか。
俺は苦労せずに美味い物が食えて更に儲かればそれでいい。
久しぶりのマヨネーズはやっぱり美味かった。




