7.転売屋はセドリを考える
「あれ、今日は出かけないの?」
「あぁ仕事が無くなったんでね。」
「えぇ!大変じゃない!」
「来月分は稼いだからよしとするさ。」
「え、まだ二日よね?」
「そうだな。まぁ時間はあるしのんびりやるさ。」
出かけずにのんびりと朝食を摂っているとリンカが話しかけてきた。
ちなみに呼び捨てなのは年下だとわかったからだ。
もちろん、元の年齢ではなくの年齢に換算しての話だが。
18でその幼さは犯罪だろと最初は思ったものだが、何でもホビルトという種族は子供ぐらいの大きさにしか成長しないらしい。
そういうのが好みの人間が聞いたら狂喜乱舞しそうだが、有難い事に俺にその趣味は無い。
信じられないといった顔でリンカが裏に戻ったかと思うと、今度はマスターがポットを持ってやってきた。
「大変な目に遭ったみたいだな。」
「マスターにも迷惑をかけたな。」
「なに、こういう商売してたらよくある話だ、気にしてない。もう一杯飲むか?」
「頂くよ。」
紅茶のようなその飲み物はこの世界では香茶と言うらしい。
茶葉を蒸して作っているらしいから同じような物だろう。
「それで、これからどうするんだ?」
「まだ二日だからな、また新しい商売を考えるさ。」
「うちとしては長い事いてくれた方がありがたい、応援してるぞ。」
「せいぜい追い出されない程度に頑張るさ。」
幸いこの二日で稼いだ金を合わせるとこの世界に来たのと同じぐらいの金額は戻ってきた。
それに加えて力の指輪なんて物も手元にある。
これを売ればもうしばらくは安泰だろう。
「マスター、この街に買い取りをやっている店はあるのか?」
「質屋か?」
「いや、買い取りだ。別にそれでも構わないんだが買い取りを主にしている店だな。」
「そうだな、二軒ほどあるがどちらも質がメインだ。わざわざ格安で商品を流すぐらいなら自分で売るのが商売ってもんだろ?」
マスターの言うように自分で売ればまるまる利益が出るんだからわざわざ買い取りに出す必要はない。
でもそれは商人の考えであって、ここに大勢いる冒険者はそうじゃないだろう。
出来るなら早く現金に変えたい、そう考えている奴も少なからずいるはずだ。
そういったやつらは質屋にもっていって流したりしているんだろうが、貸出利息で稼ぐ商売だけに買い取りになると買いたたかれているんだろうなぁ。
「お前が何をしようとしているかはわからないが、質屋に手を出すのだけはやめとけよ。」
「そもそも質入れするものがねぇよ。」
「その体があるだろ、若いだけに買手はすぐつくんじゃないか?」
「やめてくれ、そっちの趣味は無いんだ。」
「そりゃよかった、俺もだ。」
そんな話をしてくるもんだからてっきりそっちの趣味でもあるのかと思ったが、安心した。
自分を質入れするなんざ最後の最後、いや、最後でもその選択肢はないな。
「ちなみに自分を売ったやつはどうなるんだ?」
「奴隷に落とされておしまいさ。」
「おぉこわ、そうならないように祈っておくよ。」
「行くのか?」
「あぁ、今日は下見だから昼には戻る。」
とりあえずは情報収集だ。
鑑定スキルも相場スキルも手に取ったものにしか反応しないからな、出来るだけ多くの品に触れて確認しておきたい。
何が高くて何が安いのか。
その辺がわかれば何か思いつくだろ。
飲み干した二杯目の香茶はポットの中で濃くなったのか少し苦い味がした。
「よぉ、シロウじゃねぇか!」
「ダン!どこに行くんだ?」
と、市場に向かう途中にダンとばったり出くわした。
同じ宿に泊まっているんだから出会いそうなものだが、この二日は朝一で出ていたから出会わなかったんだろう。
「これからちょっとダンジョンにな。」
「後ろにいるのは仲間か?」
「あぁ、即席のメンバーだが問題ない。今日はそんなに深く潜らないつもりだ。」
ダンの後ろには同じく冒険者らしき格好をした三人がだるそうな顔でこちらを見ていた。
「なぁ、ダンジョンに行って何をするんだ?」
「今回は討伐依頼をこなすつもりだ。規定数狩ればギルドから金が出るし、素材も買い取ってもらえる。運が良ければ宝箱から何か出てくるだろ。」
クエストってやつだな。
ゲームの中じゃよくやったが、現実でやるのはごめんだ。
「へぇ、珍しい物も出るのか?」
「大抵ゴミだが、属性付きの武器や能力上昇系の装具が見つかればデカい。」
「力の指輪とかか?」
「いいねぇ、そんなのが出ればこの人数で割っても当分遊べる。自分で買うには高いからなぁ。」
なるほど、欲しいけど手に入らないか。
まぁ普通はそうなるよな。
個人で扱うには金額がデカすぎる。
なんせ100日分の宿泊代と同じだ、よっぽど余裕が無いと買うのは難しいわけだ。
「せいぜい気を付けろよ。」
「まかせとけって!」
張り切ってダンジョンに向かったダンと別れてのんびりと市場へ向かう。
一応管理組合に顔を出すといつものおばさんが心配してくれたので、礼だけ言っておいた。
またお世話になるしこういった気配りは後々役に立つ。
「ほんじゃま始めますかね。」
何が何かわからないのでとりあえず片っ端から手に触れていく。
よう大将これはなんだい?
これは○○だぜ。
そんなやり取りを延々と繰り返し半分回る頃にはもう昼になっていた。
一度宿に戻って食事を済ませ再び市場に戻り今度は反対側から回っていく。
残る半分も回り終えた時、俺はある事に気が付いた。
値段設定がバラバラ過ぎる。
同じ商品でも高いものと安いものでひどい時は二倍以上の差がついている。
あぁもちろん固定価格があるやつは別だが、そうじゃない奴は落差が激しい。
これに関してはこの間力の指輪を手に入れた時に気づいていたが、今日改めて見て回るとその疑問は確信に変わった。
『鑑定スキルでは相場はわからない』と、いう事だ。
話をしながら何人か鑑定スキル持ちの店主に出会ったので、このスキル自体は珍しいものではないんだろう。
だが全員が全員持っているわけではないので鑑定スキルの無い店主程適当な値段設定をしていることが多い。
それどころか鑑定スキルを持っていても相場と値段に差があるケースもあった。
物がわかっても価値がわからなければただのゴミ。
質屋にもっていって買いたたかれるなら自分で売ろうという考えの人が多いのかもしれないが、それは俺にとって非常にチャンスだ。
俺には相場スキルがある。
これと鑑定を駆使すればレア品を見つけることもそれが高いか安いかも見破ることが出来るわけだ。
つまり『セドリ』と呼ばれる手法が使えるわけだな。
あれだよ、古本屋とかリサイクルショップで珍しい品を見つけて、正しい所に売りに行って利益を出すやり方だ。
ネットが普及して物の価値がすぐわかる世の中になっても、知らない人は知らないし調べない人は調べない。
店側も商品すべての価値を把握しているわけではないので、ごくまれにそういったお宝が眠っていることがある。
ようは宝探しだ。
この市場にはそのお宝がゴロゴロ眠っていて、そして俺はそれをリアルタイムで把握できる。
もしこのスキルを元の世界に持って帰れたのなら俺は数年で億万長者になれるだろう。
骨董品なんかの真贋だって一目でわかるんだぜ?
最高じゃないか!
「と、いう事で当分はセドリで食っていくとしよう。」
そうと決まれば早速行動開始だ。
狙い目は小さくて利益率の高い物。
もしくは冒険者が利用しそうなやつがいいだろう。
それを狙ってもう一度市場を回り幾つかいい感じのものを発見できた。
例えば・・・。
『鉄の剣。一般的な鉄の剣、冒険者が普段よく使用する。火属性が付与されている。最近の平均取引価格は銀貨5枚、最安値が銀貨1枚、最高値は金貨1枚、最終取引日は昨日と記録されています。』
とか、
『硬革の袋。通常より硬い革で作られており丈夫。微弱な拡張魔法が付与されている。最近の平均取引価格は銀貨1枚、最安値が銅貨50枚、最高値は銀貨78枚、最終取引日は三日前と記録されています。』
等もあった。
拡張魔法ってのは入れ物の容積を増やす魔法だろう。
これは自分用にキープしたが、同じようなものを別に見つけてある。
ちなみにどれも普通の値段で売られていたので、鉄の剣は銀貨1枚、硬革の袋に関しては銅貨80枚だった。
問題は値段をどうするかだ。
相場はわかっているからそれにのっとって売れば問題は無い。
だが、相場が正しいというわけでもない。
ダンのセリフにあったように個人で買うとどうしても高くなってしまう。
かといって必要以上に下げれば利益が出ない。
今後せどりをしていくのであればそれなりに資金は必要になるし、数が増えれば置く場所の問題だって出てくる。
今は小さいものに限っているがそれがずっとあり続ける保証はないしな。
暫定的な売値は鉄の剣が銀貨5枚、硬革の袋も同じく銀貨5枚ぐらいにしておくとして、本当にこの価格でいいのか別の視点から確認した方がいいだろう。
そう、質屋だ。
あそこに持ち込んでいくらで売れるのか、もしくは貸してくれるのかを確認すればさらに転売される心配も無くなる。
いくら安く買えたからって、買い取り価格よりも低かったら意味は無いからな。
利益を出してなんぼの商売だ、今までもそうだったんだし異世界で遠慮する必要はないだろう。
「稼げるだけ稼がせてもらおうか。」
そうと決まれば持ち込み用にもう少し仕入れて質屋に向かうとしよう。
目星をつけていた商品を思いだし、相場スキルに導かれるまま俺は目的の露天へと向かった。