557.転売屋は目薬をつくる
「うーむ。」
「どうかされましたか?」
「目がかすむんだ。」
「疲れ目ですかね。」
「多分な、ここ最近書類漬けだから。」
眉間をぎゅっとつまんで目を閉じる。
元の世界にいたときは老眼的なのも入っていたので書類関係がしんどかったが、この世界に来てそれとも無縁になったと思ったがそうでもないらしい。
何事もやりすぎはよくないということなんだろう。
だが、パソコンなどがないこの世界ではどうしても書類での報告が多くなってしまう。
特にあれやこれやと手を広げている俺の場所には連日何かしらの書類が届けられるわけで。
自業自得とはいえこれはきついなぁ。
眼球を圧迫してから目を開けるとなんとなくすっきりするんだが、気のせいなんだろうなぁ。
「休憩しましょうか。」
「いや今やらないと後で嫌になる、もう少し頑張るさ。」
ミラが心配そうに俺を見てくるが、笑ってごまかす。
しんどいといってもやらないといけないことに変わりはない。
えぇと次は、この前のサングラスについてか。
アーロイは職人にしては珍しく書類関係が得意なようで、非常にわかりやすい報告書を書いてくれる。
今回の書類には調光レンズの各材料の原価や加工賃、複数の販売価格とそれに伴う利益などが事細かに記入されている。
ここまでしてくれると本当にありがたい。
ルティエはそういうのが苦手なので、毎回簡素な報告書類になっている。
ま、俺に伝わればいいわけだしその辺はとやかく言わない。
しっかしあれだな、結構強気な価格設定だな。
「今回のサングラスもいい感じに売れそうだな。」
「それは何よりです、キキ様に感謝ですね。」
「あぁ、教えてもらわなかったらせっかくの販売機会を逃すところだった。こんな素材がほかにもたくさんあるんだろうなぁ。」
「たくさんあったとしてもそれをどう加工するかを思いつかなければ意味がありませんよ。」
「今回はたまたま思いついただけで、毎回思いつくわけじゃないからな。」
「そう言いながらたくさんの新しい物を思いつきますよね。」
「それもそろそろ頭打ち、いやそんなこというもんじゃないか。」
何を弱気になっているのやら。
確かに考えつくものは少なくなったかもしれないが、それは無知が原因だ。
何事も頭を柔軟にして、商機を逃さないようにしないと。
儲けのネタってのは思っている以上に近くに転がっているものだ。
「どうしますか、必要であれば素材の手配を致しますが。」
「そうだな物は試しで100ほど作ってみるとするか。被膜は10レンズは200枚手配を頼む。」
「畏まりました、今の内容でギルドに依頼を出します。」
「販売先は前回同様輸送ギルドに声をかけて、残った分をアインさんに任せるか。」
「残りますでしょうか。」
「残らなかったらその時だ。そこまで売れるなら噂が広がる前に量産しておく時間も必要だしな、準備しないと。」
売れるとわかって準備をしないのはみすみす儲けを捨てているのと同じことだ。
わかっているならばそれに向けて準備をしておくのが商売の基本。
ま、とりあえずそれは試作品をみてからということで。
「失礼します、お茶をお持ちしました。」
「入ってくれ。」
執務室代わりに使用している応接室にグレイスの声が響いた。
扉が開きカラカラとカートが押されてくる。
「お茶だけじゃないのか?」
「ハワードがレレモンのケーキを試作しましたのでお持ちしました。眼精疲労にも効くそうです。」
「まさかハワードにまで心配されるとは。」
「お館様はもう少し働き方を改めるべきです。毎日少しずつされたほうが効率いいのではありませんか?」
「わかってるんだが店に出るとほかの仕事をしたくなくなるんだよ。」
「お疲れですから仕方ありません。」
いやマジで家にいるときはできれば仕事をしたくない。
せっかく職場と家を分離したというのにまた家でも仕事とか、勘弁してほしい。
グレイスが文句を言いながらもてきぱきとお茶の準備をしてくれる。
飯だけでなくスイーツまで作れるとは、ハワードの料理好きもなかなかなものだ。
レレモンのはちみつ漬けだろうか、スライスが丸々一枚乗った斬新なケーキではあったが、味は非常に良かった。
売れるんじゃないか、これ。
「美味いな。」
「とっても美味しいです。」
「ハワードも喜びます。レレモンには疲労回復効果があるそうですし、今日の香茶にはリラックス効果の強いものを選ばせていただきました。この時間だけはごゆっくりおくつろぎください。」
「じゃあついでに蒸しタオルを持ってきてもらえるか?」
「目に当てるんですね?」
「あぁ、本当は目薬を差したい所だが・・・。」
あれ、なんで目薬がないんだ?
「どうされました?」
「アネットのところに行ってくる、すぐ戻る。」
無いはずがない。
これだけ薬だなんだとあるのに目薬だけ作られない理由はないはずだ。
部屋を出て小走りで地下へと向かう。
一応扉はあるがノックは不要だ、だって聞こえないからな。
「アネット、ちょっといいか?」
「あれご主人様どうされたんですか?」
「目薬が欲しいんだ。できれば疲れ目対策になるようなやつ。」
「目薬、ですか。」
「ないのか?」
「あるにはありますが疲れ目を回復するようなものは生憎。」
「マジか。じゃあ何ならあるんだ?」
「視力の一時的な向上と集中力アップの目薬でしたら。」
うぅむ、俺の求めているやつとはちょっと違う。
視力の向上ではなくほしいのはあくまでも回復。
疲れ目の概念はあるのにそれを回復させる薬がないのはちょっと意外だな。
「そうか、ないのか。」
「どうされたんですか?」
「いやな、書類作業で目が疲れているから目薬をさそうかと思ったんだ。」
「そういった疲れは滋養強壮の薬ですねぇ。」
「別にほかの部位は元気にならなくてもいいんだが。」
「そうですか?」
「元気になってほしいのか?」
「今日は私の当番なので。」
あー、なるほど。
確かにアネットの体力を考えたらその薬があったほうがいいかもしれない。
ってそうじゃない。
俺が欲しいのは目薬だ。
「ちなみに作れるか?」
「疲れ目は筋肉の疲労が原因ですね。となると、弛緩させるか栄養を与えるか・・・。」
「ちなみにそれができたらハワード作のレレモンケーキが待ってるぞ。」
「レレモン、確か疲労回復効果がありましたね。それなら一緒にピッチピーチとブルブルベリーがいいかも。成分を抽出してそれを蒸留水に混ぜて酸性度を調整すれば・・・。うん、できます。」
「本当か!」
「でもブルブルベリーが無いんですよね。」
「なら取ってこさせる。」
疲れ目が解消できるのであれば喜んで金を出そう。
気づかれていないだけで疲れ目になっている人は多いはずだ。
特に細かい作業をしている職人なんかには絶対に売れる。
何なら支給してやってもいい。
いい仕事の手助けになるのならばぜひ使ってくれって感じだ。
「では素材が集まりましたら教えてください。それと、ハワード様に私の分のケーキもお願いできますか?」
「ミミィに運ぶように言っておこう。悪いな、無理言って。」
「いえ、実は私も目が疲れていたのでそういうのが欲しかったんです。なんで思いつかなかったんでしょうか。」
疲れすべてをまとめて治すほうが効率いいからかもしれないな。
その点目薬だとその部位にしか効力を発揮しない。
とはいえ、汎用性の高いものよりも専門性の高いもののほうが効果が強いのは必然だ。
アネットの薬に間違いはないからな。
出来上がるのが楽しみだ。
食堂でアネット用のケーキを注文した後応接室へと戻る。
「お早いお帰りで。」
「目薬のめどが立った。ブルブルベリーを手配したいんだがアーロイの素材と一緒に頼めるか?」
「量はどうしましょう。」
「あーそこまで聞いてこなかったな。10、いや30はあったほうがいいか。」
「それでしたら朝食のヨーグルトに入れることもできます、多めに仕入れていただいて問題ありません。」
「じゃあ100で。」
「まったく、お館様には加減というものはないのでしょうか。」
だって全員で食ったらすぐなくなるじゃないか。
『ブルブルベリー。様々な場所で生育する野生の果物で、収穫時期が来るとかすかにふるえるのが特徴。ただし時期を間違えると振動が多くなり爆発するので収穫には注意しなければならない。最近の平均取引価格は銅貨17枚。最安値銅貨13枚最高値銅貨25枚、最終取引日は三日前と記録されています。』
ダンジョンの中でも外でもどこででも生えているので確保は容易だ。
とはいえ果物だけに旬が存在するので、常時食べれるのはダンジョン産のものに限られる。
アントシアニンだっけ?
そういうのが目にいいんだろう。
「では注文してまいります。」
「よろしく頼む。その間に何とかこの書類の山は片づけておく。」
「無理されなくても構いませんよ?」
「薬ができるって言っても時間はかかるだろう。ケーキも食ったし、少し休めば大丈夫だ。」
「蒸しタオルも用意してございます、30分後に起こしにまいりますのでそれまではどうぞお休みください。」
「そうさせてもらう。」
ひとまずは休憩が最優先。
ミラを見送り応接室のカーテンを閉めてソファーに横になる。
蒸しタオルを目の上に置くと、じんわりとした温かさが筋肉のコリをほぐしていくように感じた。
そしてあっという間に眠りにつく。
もちろん30分後にはしっかり起きた。
あのグレイスが寝かせてくれるわけないからな。




