538.転売屋は最後の雪を堪能する
「さむ~い!」
「そりゃ雪降ってるからな。」
「もう2月も終わりなのにね。」
「まだ冬だからな、最後に一花咲かせたかったんだろ。」
「花というか雪ですね。」
「だな。」
二月も後半。
来月には春がやってくるというのに季節外れ・・・いや、季節を惜しむかのような寒波がやってきた。
昨日までの暖かさから一変、朝起きてみれば一面雪景色だ。
今も雪が降り続いている。
なるほど、だから昨夜はアネットがくっついてきたんだな。
いつもなら多少離れて寝るのに、昨夜はぴったりと肌をくっつけてきた。
寝ているときにたまに狐耳が出てくるときは甘えている証拠。
本人は気づいていないんだろうが、そういうところがまた可愛らしい。
「どうぞ、ホットショコラータです。」
「おぉ、助かる。」
「私も欲しい!」
「もちろんありますよ。」
雪に埋もれた大通りを見ながら優雅に飲むホットショコラータは最高だな。
こんな日に客なんて来るはずもなく、朝から閑古鳥の無く店内で俺達はのんびりとした時間を過ごしていた。
「ねぇシロウ、畑見に行かなくていいの?」
「今行くとガキ共に捕まるからな、わざわざ襲われに行く必要も無いだろう。」
「あ~、確かに。」
「植えたばかりの野菜は幸いにもまだ芽を出していません、寒波もそんなに長引くことはないと思います。」
「という事だから俺達にできることは暖かい部屋で風邪をひかないようにするだけだ。」
「体がなまっちゃいそう・・・。」
「ならダンジョンに行ってこい、あそこは寒くないだろ。」
「いやよ。」
じゃあ我慢してろ。
カウンターに頬杖をついて雪の降る外をぼんやりと眺める。
最高の時間。
とかになるわけもなく、僅か一時間ほどいや30分で飽きてしまった。
アネットはいつも通り製薬に、ミラとエリザは春物の準備とかで上でガサゴソと忙しそうにしている。
暇とはいえ店を閉めているわけではないので、飽きても店番はしないといけないんだよなぁ。
「あー寒い!」
「お、ダンじゃないか。珍しいな。」
「ちょっと野暮用でダンジョンに潜ったんでな。」
「素材の買取ならギルドに頼めよ。」
「素材じゃないからここに来たんだっての。とりあえず何か暖かいの飲ませてくれよ。」
入ってくるなり飲み物を要求してくるとかなかなか図々しいじゃないか。
ま、そんな事で怒る俺じゃないけどな。
暇つぶしも兼ねているので少しゆっくりめに香茶を淹れ店に戻る。
足元に置いた焔の石を抱いてダンが戻るのを待っていた。
「ほら、銀貨1枚だ。」
「高すぎるって。」
「冗談だよ。で、とりあえず物を見せてくれないか?」
「おっとそうだな。」
思い出したようにカバンを開け、品物を取り出すダン。
こいつはいったい何をしに・・・いや何も言うまい。
「宝箱でもないぽっかりと空いた穴の中に入ってたやつだ。やばいものじゃないとは思うんだが、とりあず確認してくれ。」
「これは鈴か?」
「でも振ってもならないんだよな。」
「ふむ。」
見た目は耳の無い某ネコ型ロボットがつけてそうな大きさの鈴だ。
だが手に取って振ってみてもダンがいうように音はならなかった。
『見破りの鈴。偽りや嘘を感知すると音を鳴らす鈴。その程度が大きければ大きい程音は大きくなる。最近の平均取引価格は銀貨29枚。最安値銀貨18枚最高値銀貨47枚。最終取引日は719日前と記録されています。』
うそ発見器みたいなものか。
だから振っても音が鳴らないんだな。
「今日は暑いな。」
「は?何を言って・・・うわ!勝手に鳴った!」
明らかなウソを言った途端、鈴が勝手に動き出し大きな音を鳴らした。
「ふむ、壊れてはいないようだ。銀貨20枚でなら買ってやる。」
「なんで動いたんだ?」
「嘘とか偽りを感じると音が鳴るんだとさ。」
「だから今鳴ったのか。」
「お前も言ってみたらどうだ?」
「ん~いきなりいわれてもなぁ。そうだ、買取価格が結構高くてうれしい。」
さっきよりも小さい音だが、ダンの言葉に鈴が反応する。
「おぉ、鳴ったぞ。」
「なんだよ安いってか?」
「銀貨50枚ぐらいにはならないのかよ。」
「なるわけないだろ。」
「ふむ、こいつが鳴らないってことは本当なのか。」
「お前なぁ。」
俺を試すかのような発言だったが、嘘は言っていない。
ふむ、こういう使い方もありか。
「仕方ないな、銀貨30枚ならいいだろ?」
「お、マジか。」
「そのかわり美味い物食わしてやれよ。」
「助かるぜ。」
銀貨を積み上げ鈴を回収。
後はくだらない話で盛り上がりながら、時間をつぶした。
とはいえ女達の様にそれで一日時間をつぶせるわけもなく。
酒が入っているわけでもないので昼過ぎには家へと戻っていった。
「随分と楽しそうでしたね。」
「そうか?」
「そう感じましたが違いましたか?」
「別に楽しそうじゃ・・・。」
そこまで言った所で鈴がチリンと小さく鳴った。
ついそうでもないと言ってしまったが、本音の所では楽しんでいたようだ。
なんていうか無理やり現実を突きつけられている気分だが、そんな事で嘘を言うんじゃないとたしなめられているようだ。
「あら、可愛い鈴ですね。」
「ダンが持ってきたやつだ、エリザの妹を買い付けるときに使うつもりでいる。」
「では忘れずに持って行かないと。」
「金貨の入った袋と一緒にしておいてくれ。」
「かしこまりました。」
ミラの手にポトンと落とすと、納得したように小さく頷いた。
これが切り札になるとは思えないが、相手のウソを見抜けるのは交渉事には非常に有利となるだろう。
物証などはないのでそれを追い詰めることはできないが、嘘だとわかっていれば相手の罠にかかる心配がなくなる。
もっとも、どこまでの嘘に反応するのかをある程度検証する必要はあるだろうな。
嘘も信じれば真実になる。
本人がそれを心の底から信じていれば、他人にとっては違う事実も本物になるわけだしそれによってならないこともあるだろう。
世の中何が嘘で何が本当なのかなんてわかりそうでわからないもんだ。
「さて、いい加減外に出てくるか。」
「お出かけされるんですか?」
「いい加減家に引きこもるのも飽きてきた。せっかくの雪だ、最後ぐらい楽しんでも罰は当たらないだろ?」
「よろしいかと思います。あとで暖かい香茶をお持ちしますね。」
「着替えも一緒に頼む、せっかくサウナがあるんだしっかり温まりたいからな。」
「かしこまりました。」
市場に行ったところで今日は店も少ないので仕事にならない。
むしろこんな日ぐらい仕事を忘れて遊んでもいいんじゃないか。
あまりにも暇すぎてそんな風に考えるようになってきた。
遊ぶならとことん遊んでやれ。
「あれ、出かけるの?」
「あぁ、ルフの散歩ついでに畑に行ってくる。」
「捕まるわよ?」
「望む所だ。」
「なら私も行くわ。」
「寒いぞ?」
「いいじゃない、せっかくの雪なんだし楽しまないとね。」
みんな考えることは同じのようだ。
エリザも暇で時間を持て余すぐらいなら最後の雪を楽しもうという考えに至ったらしい。
「それじゃあ行くか。」
「何するの?」
「それなりに積もったし雪合戦か、宝探しか。まぁ色々だな。」
「面白くなりそうね。」
「金はもう溜まったんだよな?」
「えぇ、金貨50枚とシロウに言われた分はとりあえずね。」
「なら問題ない、とことんやるぞ。」
「オッケー任せて!」
やることをやらずに遊ぶのはあれだが、終わっているのであれば問題ない。
色々あった冬を惜しむかのように降った雪。
これを楽しまずして冬は終われないだろう。
もっとも、最後の最後に大仕事が待っているけれど。
まぁそれはそれだ。
その日は夕方までガキ共に混じって雪まみれになり、最後はサウナでしっかり温まってから家路についた。
とんでもない手紙が届いていることを、その時の俺達はまだ知らない。




