536.転売屋は情報を買う
「以上がぬいぐるみ事業の報告になります。予想を上回る需要があるようで、今後も増産していく予定では有りますがそこまで人出が割けないのが現状です。」
「まさか本当に当たるとはなぁ。」
「中に匂い袋を入れたのがよかったみたいですね、子供達だけじゃなく大人も買っているみたいです。」
「恐怖の対象であるはずの魔物が愛玩対象になるのか。どこも同じだな。」
妖怪だのなんだのをキャラクター化して売るのが得意なお国柄だが、まさかそれがここでも見られるとは思わなかった。
狼や鹿なんかはまだわかる。
だが、スライムやドラゴンなんかがそれを上回る人気なのが不思議だ。
確かにかわいいけどさぁ。
「婦人会でも裁縫が得意な人を中心にお願いしているから人材確保はもう少し待ってくれるかしら。」
「その辺はいつも通り全部丸投げだ、好きにしてくれ。」
「相変わらず無欲な人ね。」
「欲はある、ただめんどくさいだけだ。綿花はうちとギルドが半々で提供するから加工のほうはよろしく頼む。」
「いざとなったら隣町から買い付けるわね。それでも利益は出るはずだから。」
「人件費が増えるようであればそれも手段だな、じゃあ俺は店に戻る。」
「わざわざごめんなさいね。」
「なに、ついでだからな。」
婦人会からの呼び出しは前回のぬいぐるみ事業についての報告だった。
最初は婦人会に依頼して作ってもらっていたんだが、かなり好評で増産する運びとなった。
こっちは大量の綿花を消費できるし、なにより通常よりも高く売れるのがいい。
値崩れして行き場を失っていたやつが別の部分で命を吹き返すんだから、世の中どうなるかわからんもんだな。
需要を見誤って大量に売れ残った玩具があるきっかけでバカ売れしたのと同じ。
あの時は俺も大損を覚悟したが世の中わからないもんだなぁ。
そんなこんなでうちもギルドも大儲け。
まぁ、金額については単価が単価なので察してくれ。
ヘレーネさんに見送られて婦人会の事務所を後にした俺は、その足でマスターの居る三日月亭へと向かった。
そろそろ待ち合わせの時間。
はてさてどんな話が聴けるのやら。
「よぉ。」
「シロウか、丁度来たところだぞ。」
「さすが俺ナイスタイミング。」
「嫁さんが先に挨拶をしている、飲み物だけでいいか?」
「あぁ。それと・・・。」
「こっちに関しては気にするな、ちょうど床掃除がしたかったところだ。」
「助かる。」
いつもなら昼間でも大勢の客で賑わっているはずの三日月亭だが、今日は閑古鳥が鳴いている。
それもそのはず表には『店内清掃のため夕方まで閉店』の札が掲げられている。
これで店には誰も入れない。
ここにいるのは俺の関係者だけというわけだ。
飲み物を受け取り最上階の部屋へ。
ノックをすると中からハーシェさんの返事が返ってきた。
「お待たせしました。」
「丁度いいところに。ナベルナさん、こちらが夫のシロウです。」
「これはこれはお会いできて光栄です。私のことはどうぞナベと気軽に及びください。貴方のお噂は我が国にも届いていますよ。」
「いい噂だといいんだが。」
「もちろん、目利きの素晴らしさは神の眼の如しと。」
「よしてくれ、俺が好きなものがたまたま売れているだけだ。」
「ふふ、夫は恥ずかしがりやなんです。」
「横暴でわがままばかりの客にも見習わせたい謙虚さです。」
「お褒めに預かり光栄だね。よかったら先にのどを潤してくれ、それから仕事の話といこうじゃないか。」
部屋に居たのは50を超えてそうなずんぐりむっくりの男だった。
恰幅のいい腹に愛想のいい笑顔、誰からも嫌われない見た目は商いをするためにあるようだ。
ハーシェさんの座るソファーに腰掛け、グラスを机の上においていく。
それから均等にピッチャーに入った果実水を注いだ。
この香りは柚子だな。
最初にグラスを選んでもらいそれからハーシェさん、最後に俺がグラスを選ぶ。
だが飲む順番は俺のほうが先だ。
毒が入っていないことを確認してからナベという商人もグラスに口をつけた。
「これは、珍しい香りがしますね。」
「柚子という西方で栽培されている果物だ。この国でもユッズという名前で少量ながら栽培されている。あいにく果実は無いがジャムでなら融通できるが?」
「では直接買い付けることにしましょう。」
「ま、そのほうがいいだろうな。」
「名前は聞いた事がありましたが、これはなかなかそそられる香りです。」
「今後はうちの化粧品にも使われる予定だ、女性受けはするだろう。」
「いい事を聞かせていただきました。」
「情報量としては安すぎるぐらいだと思うけどな。」
普通であればどこで手に入れられるかを教えたりはしないだろう。
理由は簡単、自分のところから買い付けてほしいからだ。
加えて化粧品に使われることや、女性に人気である情報も普通は教えたりしない。
だがそれをたやすく提供したのには理由がある。
わざわざ人払いまでしてここに呼んだのは、これから語られる情報のためだ。
「もったいぶるのもあれですね。ではデビット、我が国ではオーディンアンと名乗っている商人についてわかる限りお伝えしましょう。」
「宜しくお願いします。」
「ほかでもないハーシェさんの頼みですからね、これからも良い取引をお願いしますよ。」
「いい品であれば喜んで買わせてもらおう。」
「期待しております。」
グラスの水を一気に飲み干し、ナベさんはゆっくり話し始めた。
この人は喧嘩という名の争いが行われている隣国の商人で、ハーシェさんとは行商する中で知り合ったらしい。
情報屋とまでは行かないが行商しながら情報という形のないものを売っているのだとか。
デビットについてもそれなりに情報を持ており、正直想像以上の内容だった。
「つまり、死人の名前を買ってまわってるって事か。」
「そうなります。我が国では戸籍なんてあってないようなものですからね、登録すれば税金を持っていかれる。だから登録していない人が多いんです。」
「そんな状況でもしっかり戸籍を登録している人はむしろ珍しいわけだな。だが死んだことにしなければ税金は払い続ける必要があるだろ?」
「はい。ですので購入金額とは別に一年分の税金を支払い、生きているとされているその間に売却をすれば偽装は成立するわけです。隣国に奴隷として売られれば税金の義務からも解放されますし、名前を売るだけでお金が入ってくるわけですから拒む理由はありません。」
「悲しんでいる家族に対して『ただ死ぬだけでなく金になるんなら文句は無いだろ』ってか?最低だな。」
「とはいえ、家族にとっては貴重な収入です。このような事情もあり残念ながら物証を手に入れることは出来ませんでしたが、ひとまずこちらがフローリアという女性の情報です。」
受け取った資料にはフローリアという女性がいつ生まれ、そしていつ売られたのかが記されていた。
だが実際は売られる前に死亡している。
その記載はどこにも無い。
「人の死を商売に使うだなんて・・・。」
「まさに『死の商人』ってか?」
「今回の争いはかなりの規模でしたからそれはもう多くの在庫を手に入れたのではないでしょうか。」
「で、こっちで犯罪者を別人に仕立て上げ売りさばくと。とはいえこっちもバカじゃない、今頃血眼になって犯罪者の行方を追っているだろうさ。」
ホリアさん曰く国を挙げての大騒ぎになっているみたいだ。
特に死人の多いと言われる鉱山では墓を暴いて死体を確認しているんだとか。
エリザの妹もそこから引っ張ってきているわけだし、それぐらいするよなぁ。
「我々としては国の名誉が汚される前に片付けば・・・っと、今のは聞かなかったことに。」
「ん?何かいったか?」
「いえいえ何でもありません。」
我々っていうぐらいだし、この人は商人なんかじゃなくもっと上の人間の可能性があるな。
とはいえそれを突っ込むと面倒なことになりそうなので本当に聞かなかったことにしておこう。
「情報感謝する。それじゃああとはそれに見合う仕入れをして終わりにしよう。何を売り込んでくれるか楽しみだな。」
「後悔はさせませんよ。」
とりあえず話は終わり。
後は商人として商売をして解散だ。
ナベさんをハーシェさんと見送り大きく伸びをする。
目の前には大量の木箱。
少々高い買物にはなったが損はしないだろう。
『トロールの涙。鉱山で見つかる天然の魔石。その中でも水の魔力を有した物はトロールの涙と呼ばれているが、魔物トロールが流したものではない。最近の平均取引価格は銀貨8枚。最安値銀貨1枚最高値銀貨59枚。最終取引日は77日前と記録されています。』
小指の先ほどの大きさをした小さな青い石。
確かにしずくのような形をしている。
魔石とはいうものの含有されている魔力は微々たる物で、通常の魔石のように使うことは出来ないようだ。
隣国の特産品らしいが、情勢不安の中ではなかなか売れないそうで今回俺達が買う運びとなった。
全部で金貨15枚。
まぁまぁな金額だが、これをルティエ達に加工してもらって新作として売り出せば充分に元は取れる・・・はずだ。
まぁ何とかなるって。
「さて、俺達も帰るか。」
「ルティエ様驚くでしょうね。」
「ガーネットルージュだけじゃダメだって事は分かってるだろうし、喜んでくれるんじゃないか?」
「ふふ、そうだといいんですけど。」
金額を聞き悲鳴を上げるかもしれないなぁ。
ま、代金は物ができるまで立て替えてやってもいい。
こっちの無理なお願いだし、それぐらいはしてあげるべきだろう。
仮に外れても情報量だと思えばいいし、当たれば継続して買うだけだ。
情勢不安定って事は今後は安く手に入るかもしれない。
後は野となれ山となれってね。
木箱を手押し車に載せ、ゆっくりと歩く。
ハーシェさんが愛おしそうに自分のお腹を撫でるのを横目に、いつもよりも時間をかけて大通りを歩くのだった。




