524.転売屋は異国の品を堪能する
「おー、コレは中々に見事だな。」
「凄い人ですね。」
「今年最初の市のようですから気合が入っているのでしょう。」
いつもは人の行きかう大通りを丸々つぶして、両サイドに露店を出せるようにしたようだ。
港から入り口にかけての長い上り坂にはどこにいたのかというぐらいにたくさんの人が集まっている。
いつもなら魚が並べられている港付近も今日は露店でいっぱいのようだ。
「見たことのない品ばかりね。」
「どれも国外から仕入れた物なのでしょう。見てください、あんなに鮮やかな刺繍がしてありますよ。」
「ふむ、これは全部見て回ると大変だな。」
「いいじゃない、夕方まで時間はあるんだし。」
「それもそうか。ってことで昼間では各自自由行動、買った品は馬車まで運ぶように。」
「「「はい。」」」
さて、せっかくの機会だ。
色々と楽しませて貰おう。
全部を見て回れないので冷やかしながら気になった品を見て回る。
『さざなみの貝。耳を当てると打ち寄せる波の音が聞こえてくる。音にはリラックス効果があるが、使用し続けると魔力を吸われ意識を失ってしまう。最近の平均取引価格は銀貨3枚。最安値銅貨80枚最高値銀貨12枚。最終取引日は411日前と記録されています。』
最初に見つけた貝は中々に危ない品だった。
波の音にはリラックス効果があるといわれているが、まさか魔力を吸われて意識を奪われるとは。
面白そうなので買ったものの使いすぎないように気をつけよう。
「それは何だ?」
「これかい?牛の解体用ナイフさ。」
「牛限定なのか?」
「他の動物に使ったんだが切れ味が悪くてね。」
「鑑定して貰わなかったのか?」
「牛殺しのなんとかって名前だそうだけど、俺は冒険者じゃないし便利だったから使ってたんだ。とはいえ、だいぶ痛んでるだろ?新しいのを買い換えたいんだがどうだ?」
『牛殺しの短剣。牛にのみ絶大な効果を発揮する短剣。これで急所を突くとどんな牛でも絶命する。磨り減っている。最近の平均取引価格は銀貨22枚。最安値銀貨17枚最高値銀貨40枚最終取引日は89日前と記録されています。』
随分と使い込んだのか歯の部分が随分と薄くなっている。
前に猪殺しってのも手に入れたことがあったなぁ。
猪と分類される魔物には絶大な効果があったはずだ。
おそらくコレも一緒なんだろう。
「いくらだ?」
「銀貨15枚で買ってもらえるとありがたい。」
「んー、いつ折れるかわからないしなぁ銀貨10枚は?」
「それなら最後まで使うって。」
「なら15枚とその後ろにある肉は?」
「お、うちの肉がわかるのか?」
「わざわざこんな所で売るぐらいだ、珍しい肉なんだろ?」
「よく聞いてくれた!こいつは隣国で繁殖してる『ツインホーン』っていう魔獣でな、引き締まった外見をしてるが肉は柔らかくて干し肉にすると最高なんだ。こっちじゃめったに出回らないやつさ。」
急に目を輝かせておっちゃんが説明を始める。
あまりの力説に周りの客まで集まってきた。
「・・・ってな感じでな、焼いても美味い加工しても美味い。ともかく一度買えばわかるってもんだ。買うか?」
「肉はいい、どうやら俺まで回ってこなさそうだし。」
「ん?」
やっと回りの様子を理解したのか目が点になっている。
「とりあえず短剣だけくれ、銀貨12枚でいいか?」
「お、おう。毎度あり。」
もみくちゃにされる前に短剣を受け取りその場を離れる。
開いた場所をめぐり我先にと周りの客がなだれ込んできた。
間一髪だ。
「いい物が買えましたね。」
「マートンさんに補強できるか聞いてみよう。」
「お肉はよかったんですか?」
「確かに美味そうだが買い付けるなら量が欲しい。あの様子じゃ残念ながら残りそうもないだろ。」
後ろでは大騒ぎになっている。
その後もいくつかめぼしい装備品や壷などを買い付けて回った。
特に気に入ったのは異国の布。
なんだろ、中央アジアを髣髴とさせるような鮮やかな刺繍がふんだんに施されたやつだ。
どれも素晴らしく女性受けするのは間違いない。
屋敷用にも欲しかったので絨毯なんかもあわせてほぼ全ての品を買い上げてしまった。
店の奥様が口をぽかんと開けているのは中々に面白かったな。
全部で金貨3枚もしたがいい買い物だと思っている。
「ちょっと買いすぎたか。」
「ひとまずとりあえず馬車に運びましょう。」
「ならそれは俺が手伝おう。」
大量の布を見上げていると後ろからホリアさんが声をかけてきた。
騎士団の鎧を身に着けているのでビビってしまい周りの人が少し離れ気味なのが面白い。
「ホリアさんか、せっかくの休みなのにいいのか?」
「昼までは自由時間だ、この人手じゃゆっくりも出来ないしな。」
「助かります。」
「なに、面倒ごとを頼むんだからこれぐらいはさせてくれ。」
そういう事なら喜んでやってもらうとしよう。
荷物を任せて引き続き買い物に戻る。
とはいえ、馬車にも限界があるのであまり大量には無理なんだが・・・。
「ん?」
「どうしました?」
「いや、見たことある果物が売ってたんでな。」
「どれですか?」
「あの黄色いやつだ。すこし凸凹してる方。」
「オレンジではなさそうですね。」
オレンジよりはどっちかっていうとレモンより。
でも形はオレンジなんだよなぁ。
「すまない、これはどんな果物なんだ?」
「これかい?これはユジュだよ。」
「ユズ?」
「それは西方の言い方だね、うちではユジュって呼んでるのさ。一応区別しておかないとねぇ。」
「なるほどこっちで栽培しているのか。」
どうやら柚子で間違いないようだ。
おっちゃ・・・いや、お姉さんから一つ貰って匂いをかいでみる。
爽やかな酸味のある独特の香り、間違いない。
『柚子。柑橘系の中でも特に爽やかな香りが特徴的な果物。薬や香り付けなど様々な用途で使われている。最近の平均取引価格は銅貨30枚、最安値銅貨20枚最高値銅貨55枚。最終取引日は本日と記録されています。』
まさかこんな場所で出会うとは。
冬といればこれだよなぁ。
そのまま食べる事はなかなかないが、お風呂に入れたり香りづけに使ったりと用途は多い。
どっちかというと加工用に使われているよな。
それもこの爽やかな香りがあってこそ。
日持ちもするし買い付けてもいろいろと使えそうだ。
「他にも似たようなのはないか?西方の品がいいんだが。」
「あら、お兄ちゃん向こうの生まれなの?」
「そんな感じだ。」
「それなら港の方に戻ってごらん、波止場の前にうちの旦那がいるから。」
「そこには何があるんだ?」
「ガラクタばっかりさ、でも男はそういうのが好きなんだろ?」
「確かに好きだが・・・。とりあえずこれ全部くれ。」
「え?」
「後ろの木箱三つ、全部柚子だろ?」
「そうだけどこんなにたくさんどうするのさ。」
「そりゃ色々さ。あと、こっちで栽培してるなら今後も取引させてもらいたい、どこに行けば買えるか教えてくれ。」
突然の申し出にキョトンとするお姉さん。
この顔、今日で二回目なんだが?
「シロウ様、馬車に乗りますか?」
「わからん。わからんがこれは買うべきだ。」
「わかりましたひとまず運んでから考えます。えぇっといくらでしょう。」
「ねぇ本当に全部買うの?」
「買うぞ。」
「全部?」
「もちろんだ。旦那の方はわからんが、これは全部買う。他にも果物は預かっているか?」
たしか柑橘系は挿し木で増えるから、似たような種類を栽培しているとテレビてやっていた。
柚子だけの可能性もあるが、もしあれば一緒に買ってもいいだろう。
「レレモンなら家にあるけど、今日は持ってきてないんだ。」
「レレモンか。」
「それならジャムに致しましょう。春先は花粉症の時期ですから、スッキリとしたものが好まれるでしょう。」
「なるほどそれもありだな。」
柚子もすっきりとした感じだし春先の花粉症にはもってこいだ。
アネットの薬があるとはいえ町中が感染するからなぁ、あれは。
「売る側がこう言っちゃだめだけどさ、大丈夫なの?」
「なにがだ?」
「買ってくれるのはありがたいけど凄い金額になるよ?」
「あぁ、金なら気にするな。レレモンは何箱あるんだ?」
「えぇっと・・・多分5箱ぐらい?」
「相場は銅貨15枚ぐらいでしょうか。」
「一箱100個入っているとして500個、後ろの柚子と合わせて金貨1.5でどうだ?」
「え、そんなに!?」
「その代わり継続で買う場合には勉強してくれ、いいよな?」
少し割高だが加工すれば倍以上で売れるだろう。
いや、三倍も狙える。
特に柚子はあまり出回っていないから貴族相手に売れそうだ。
モーリスさんも喜ぶかもな。
「もちろんさ!」
「交渉成立だ。とりあえず荷物を宿屋の馬車に運んでくれ、その間に旦那の方を見てくる。」
「わかった、宿屋の前だね!」右手の力こぶを作り左手でぱちんと叩くお姉さん。
うん、お姉さんだな。
かなりマッチョだし胸も胸筋って感じだけど。
世の中には言ってはならないことがたくさんある。
ミラが代金を支払い、その場を離れ次は港へ。
まだまだお宝は眠ってそうだ。
さて、何があるやら。




