521.転売屋は海へ向かう
ガタゴトと馬車に揺られながら街道を進む。
空は晴天。
風もなく非常に過ごしやすい。
「このままいけばお昼過ぎには着きそうですね。」
「そうだな。」
「結構飛ばしてますが大丈夫ですか?」
「大丈夫かといわれれば大丈夫だ、快適ではないが慣れもあるしな。」
「帰りはもっと良い馬車で帰りましょうね。」
「そうだな。」
小石に乗り上げただけで尻が持ち上がり5cm程浮いてしまう。
座布団モドキを敷いてはいるがやはり痛い物は痛いんだよな。
とはいえこれもあと二時間ほどの辛抱だ。
昼過ぎには隣町に到着。
そこで少し休憩して次は船での移動になるだろう。
陸路では三日かかる道のりも水路であれば二日ですむ。
それを思い出した俺はすぐにギルド協会へと駆け込み、ナミル女史に連絡を取ってもらった。
ついでに馬車騒動についての話も聞いておく。
やはり隣町からの大口依頼があり、大至急という事もあってギルド協会が大型馬車をすべて借り上げたのだとか。
要請は食料と燃料。
春に近づき燃料がだぶついていた所に要請があったので羊男が喜んで手配したんだとか。
燃料費が予定よりも高かった分、食料は値引きさせられたそうだがそれでも十分な利益が出る。
あいつ女豹に恩を売れるならなんだってするよなぁ。
余程過去に何か大きなことがあったんだろう。
でだ、女豹に連絡を取ったところデビットの船が港町まで行くので乗せてもらえることになった。
ぶっちゃけあの男の船に乗るのは嫌なんだが、背に腹は代えられない。
とはいえ、マリーさんとアニエスさんを危険にさらすわけにはいかないので二人には陸路で港町まで向かってもらうことにした。
二人だけなら速度を出すこともできるし、危険も少ない。
俺達だけであれば変なことを言わず変なことをしなければ問題ないだろい。
あくまでも俺達は客と船主。
しっかり正規料金を払えば大丈夫さ。
多分。
「エリザ様、無言ですね。」
「思うところがあるんだろう。とはいえ、俺達が出来ることは何もない。金は順調に溜まってるんだろ?」
「そのはずです。お酒を飲む日を減らして貯金しているそうですから。」
「ま、俺達と飲むときはその分もしっかり飲んでるけどな。」
人の金で飲む酒はうまい。
とまではいわないが、目的のためにしっかり行動しているのは偉いよな。
ダンジョンにもしっかり潜ってレア物もそれなりに持ち帰っている。
前と違って複数人で潜っているのでまるまる自分の儲けにはならないが、それでも無理をしているときよりも稼ぎは多いはずだ。
この分で行けば春までに十分金を準備できる。
後は向こうがどう出るか。
「今も船にいるんでしょうか。」
「わからん。俺達に売る事が前提ならいるんじゃないか?」
「船底に二か月ですか・・・。」
「いやさすがに外には出してもらってるだろう。隷属の首輪をつければ遠くまでは行けないし、あの感じだと虐げられているわけじゃなさそうだしな。」
「詳しい事情についてもわかるといいですね。」
「その為にわざわざ港町まで行くんだ、わからないと困る。」
「でも買い付けもするんですよね?」
「当たり前だろ、空荷で行くなんてもったいないじゃないか。」
せっかく行くのならそれなりに儲けは出しておきたい。
塩も随分と使ってしまったので追加の注文もしたいしな。
そんな話をしていると、あっという間に隣町に到着した。
大型馬車の並べられた区画に馬車を止め、折りてから大きく体を伸ばす。
馬車は冒険者に頼んで乗って帰ってもらうのでここでお別れだ。
「待ってたわよ。」
「悪かったな、急に連絡して。」
「こっちも無理言って色々出してもらったし、問題ないわ。すぐに出発できるってデビットが言っていたわ。」
「んー、少し休憩してからだな。」
「そ、じゃあ二時間後でいいかしら。」
「あぁそれで頼む。」
すぐに出発でもいいんだが心の準備ってもんがある。
女豹に紹介してもらった店で遅めの昼食を取り、その間に荷物を船に運び込んでもらった。
「エリザ。」
「大丈夫よ、仮にあの子がいても今回は話しかけないわ。まだその時じゃないのはわかってる。」
「ならいい。向こうもアプローチはしてくるだろうが何とか受け流してくれ。」
「シロウ様お見えになりました。」
昼食後停泊している船に向かっていると、わざわざイケメンが船から降りて出迎えてくれた。
胡散臭い笑顔しやがって。
黒だという事はわかっているが、どのぐら黒いのかはまだわからない。
下手に手を出して痛い目を見ない為にも、今回はあくまでもただの客として利用させてもらうだけだ。
「やぁ、待っていたよ。」
「急に頼んで悪かったな。」
「港町まで行くんだってね、僕たちも仕事で行く所だったから丁度良かったよ。」
「その後ろに積み上げられた荷物がそうか?」
「あぁ、隣国でちょっとした喧嘩があったらしくてね。足りないものを運んでほしいと連絡が来たんだ。」
「喧嘩ねぇ。」
「大丈夫、大ごとにはならないよ。君たちの荷物も積みこんであるから後は出発するだけ、忘れ物は無いかな?」
「問題ない。」
「それじゃあ一番後ろの・・・いや、今回は向こうが前になるね。一番前の船へどうぞお客様。」
わざとらしい動きで左手を背中にそらし、右手を胸へ。
エリザの妹、キキが乗っている船へと案内された。
もっとも、今回は船底ではなく中層の客室ではあったが。
「思ったよりも広いな。」
「それはもちろん、大事なお客様にはくつろいでもらいたいからね。」
案内されたのは街の宿屋にも勝るとも劣らないしっかりした部屋だった。
大きめのベッドが三つ。
それと小さいながらも応接用のソファーとテーブルまで置いてある。
さほど大きくない船から察するに、船の半分をこの部屋に使用している感じだろうか。
「わ!お風呂までありますよ!」
「水には上限があるから夜だけしか使えないけど、この人数なら足りるはずだよ。」
「それは助かる。」
「食事は一日二回の朝晩だけだけど、軽食は用意できるから必要であれば言ってくれ。もちろん船内は自由に動き回ってもかまわない。でも・・・。」
「船底には近づかないさ。」
「助かるよ。もっとも、今購入してくれるのなら案内するけど?」
「いや、生憎とその分の金は持ち込んでなくてね。街で思った以上に稼げなかったからこうやって足を延ばしてるのを察してくれ。」
「なるほど。それじゃあ僕はこれで、二日間の快適な船の旅を楽しんで。」
やはり勧誘はされたが随分とあっさり引き下がったな。
儲けていないなんて言ったが、それがブラフなのは向こうもわかっているだろう。
あくまでも購入は冬の終わり。
春になるまでに決着をつけるぞ。
デビットが部屋を出てから30分ほどして、船の汽笛が大きく鳴った。
それと同時にガタンと一度大きく揺れる。
「やっと出発か。」
「見てください、動いていますよ!」
「アネットは船にのるのは初めてか?」
「はい。いつも馬車でしたから船には一度乗りたいと思っていたんです。」
「シロウ様は過去に何度か?」
「あぁ、もっと早い船も陸を走る巨大な鉄の箱も空を飛ぶやつにも乗ったことがある。」
船旅は過去に二度。
どれも二日もせずに目的地に到着したし、何より船の規模が違う。
今回は川を進むので大きく揺れることはないだろうが、それでも上下に揺れる感覚は前の比較にならない。
酔い易い体質だけに少し不安だ。
「話に聞いた時は驚いたけど、魔法もないのによくそんなことが出来るわね。」
「魔法がないから科学が発達したんだろうな。俺からしたら魔法の方が十分にすごいよ。」
「そうかしら。」
「隣の芝は青いってやつさ。」
「ふ~ん。まぁいいわ、ちょっと散歩してくるわね。」
「船底にはいくなよ。」
「バカ、行かないわよ。」
じっとしていられないのだろう、エリザが部屋を出て行ってしまった。
「大丈夫でしょうか。」
「下手なことはしない、大丈夫だ。それよりもアネット酔い止めをもらえないか?思ったよりも揺れる。」
「馬車の揺れは大丈夫なのにこの揺れはダメなんですね。」
「なんていうかゆっくりした上下運動が苦手なんだ。」
「すぐに準備します。」
「では私は香茶を。こういう事もあろうかと簡易のコンロを持ってきているんです。」
アネットとミラがテキパキと準備をするのを横目に、俺はベッドに腰かける。
このまま何もなければよし。
もし何かあっても何とかするしかない。
ここは敵の本拠地、しかもそのど真ん中。
とはいえ命を狙われるようなことはしていないし、そうされる理由もない。
向こうからしたら俺達は大切な客だ。
今は静かに目的地に着くのを待てばいい。
アネットの薬をもらい、リラックス効果のある香茶を飲んで目を閉じた。
さっきまで酔いそうになっていた上下運動が心地よい眠りを誘うものに感じる。
それからエリザが戻ってくるまで俺は夢の彼方へと旅立つのだった。




