503.転売屋は見守る
次の日もいつものようにエリザはダンジョンに向かった。
だが昨日までと違ってギルドに寄り仲間を集めてから向かったとニアから連絡があった。
一人のメリットは儲けは全て自分のものになることだが、その分危険が付きまとう。
複数の場合はその逆で、儲けは均等分けになるものの危険は大幅に減少する。
しかし、稼ぎが減るのは数を増やすか中身を濃くすることで対応できる。
エリザががむしゃらに潜りながらも当たりを引けなかったことを考えれば、一緒に潜って大当たりを引いた方が儲けは多いかもしれないな。
「落ち着いてくださったようですね。」
「みたいだな。」
「一時はどうなることかと思いましたが、私達も頑張ります。」
「いや、アネットは少し休んでくれ。回復してからも一日中製薬してるだろ?」
「半分は自動ですのでそこまで疲れていませんよ?」
「それでもだ。薬の需要は下がっていくが、またよそで流行る可能性もある。引き続き数を落として生産は続けてくれ。」
「わかりました。」
全員でエリザを見送ったときはドキドキしたものだが、まぁ何とかなるもんだ。
「さて、今日は何を持ち帰るか楽しみだな。」
「同行する冒険者は皆さん強い方ばかりです、凄いのを持ち帰るんじゃないでしょうか。」
「強いとはいえ連携が取れていなければ意味はない。まぁ、前衛はアニエスさんとエリザの二人だから大丈夫だと思うけどな。」
「いつも一人で戦うエリザ様がアニエス様とは連携が取れるんですよね。」
「ウマが合うんだろうな。」
どちらもバリバリの前衛かつ好戦的。
お互いがどう動きたいのかがわかるんだろう。
俺からしてみればそんな戦闘狂と一緒に戦いたくないものだが、結構人気者だからなぁ二人とも。
一緒に戦いたいと思う奴は多いだろう。
あと、一山当てたいもな。
深い所にもぐればそれだけ見返りも大きいハイリスクハイリターンの世界。
ひよっこには難しくても熟練者と一緒なら何とかなる。
そんな夢を描いて名乗り出た奴もたくさんいただろうが、まぁエリザたちももちろんそれはわかっているわけで。
ま、下手な新人連れて行くリスクを考えたら無難な人選でいくだろう。
「さて、仕事仕事。」
「私ももうひと頑張りしますね。金貨50枚なんてすぐに稼いでしまいますよ!」
「アネットが頑張らなくても今のエリザなら何とかなると思うがなぁ。」
「もしもがありますから。」
そのもしもは来て欲しくないが可能性はゼロではない。
稼げるときに稼ぐが鉄則だ。
ってことでいつものように店を開けて客の到着を・・・。
「シロウ様、馬車が到着したようです。」
「みたいだな。」
店の窓が急に陰ったと思ったら、大きな馬車が横付けされたのが見えた。
馬車でここに来る客なんて数えるほどしかいない。
さて誰だろうか・・・。
一応お出迎えをしにいくと、馬車から降りてきたのは見知った人物だった。
「朝早くから失礼します。」
「レイブさん、どうしたんだ急に。」
「ちょっと小耳に挟んだ情報がありまして、シロウ様にお伝えしておくべきと判断しました。」
「奥で頼めるか?」
「もちろんです。」
「レイブ様、どうぞ此方へ。」
レイブさんがわざわざ俺に伝える情報なんて一つしかないだろう。
店の奥ではなくそのまま二階に上がってもらうことにした。
屋敷なら応接室があるのだが生憎とここにはないんだよな。
とはいえ今から屋敷に移動するのもめんどくさい。
「お茶をどうぞ。」
「ありがとうございます。」
席へと案内し世間話をしている間にミラが香茶を淹れてくれた。
この香り、この家で一番の奴を出したようだ。
「いい香りですね。」
「もらい物で悪いな。で、話ってのはデビットの事か?」
「お話が早く助かります。」
「俺もあいつについては色々と興味があったんだ。とはいえ、それをレイブさんに聞くのは迷惑かと思っていたんだがわざわざ来てくれたって事はあまりよろしくない相手みたいだな。」
「我々奴隷商人の中でも指折りのごろつき、扱う商品は全ていわく付きと有名です。建前としてまともな品も扱っているようですがそれも本当かどうか。」
「見せて貰った限りでは物は悪くなかった。この前買い付けた香辛料もまがい物なしの本物、とはいえあの奴隷は確かに変だったな。」
買い付けた香辛料を何度も鑑定してみたが毒になるようなものは入っていなかった。
味も申し分なかったし、なにより鮮度がいいのか香りが素晴らしい。
アレに関してはまたリピートしてもいいと考えている。
「ご覧になられたのですか?」
「あぁ、是非見て欲しいとの事だったんでな。」
「それで。」「買うつもりだ。」
くい気味いに返事をするとレイブさんが静かに息を漏らした。
小さなため息。
わざわざ忠告しに来てくれたのに俺が買うというものだから思わず出てしまったんだろう。
「レイブさんには悪いが、今回はどうしても買わなきゃならない理由があるんだよ。」
「犯罪に巻き込まれる可能性があってもですか?」
「あぁ。たとえ10倍の値段を吹っかけられても買う。その為に動いている。」
「理由をお聞かせいただいても?」
「あ~・・・まぁ、レイブさんならいいか。」
本人がいないところで言うべきか一瞬躊躇したが、餅は餅屋。
俺達が知らない情報を持っているわけだし、助けを請うべきだろう。
俺は昨日エリザから聞いた話をそのままレイブさんに話した。
最初は静かに聞いていたレイブさんだったが、次第に前のめりになってくる。
「なるほど、そういう事情でしたか。」
「エリザの肉親ってのはアレだが、ともかく本人が助けたいのであれば俺達はその手助けをする。一応はエリザ本人が買い付けるってことになるだろうから直接俺に何かされることはない・・・はずだ。」
「ですが向こうもシロウ様がかかわっていることはわかっているはず。間接的にちょっかいを出してくる可能性は高いかと。」
「だからどうしたと突っぱねてやればいい。俺達相手にちょっかいを出して無傷で済むと思うなよ。」
「心強いお言葉です。そういうことでしたら私も腹が据わりました。お手伝いさせていただきます。」
「何も儲からないぞ?」
「奴隷をまた買ってくだされば。」
「いや、今の五人を買い受けるので精一杯だって。」
もう予約を入れているようなものだ。
これ以上買うのは流石に・・・。
でもなぁ、護衛ぐらいは増やしておいたほうがいいかもなぁ。
悩ましい所だ。
「では一度店に戻り私も情報を集めておきます。最悪聖騎士団のお力を借りることになるかもしれません、そのときはお願いできますか?」
「あぁ、コネがあるから何とかなるだろう。この間会った時には随分と元気そうだったし。」
「では失礼いたします。」
「お送りします。」
レイブさんと共にミラが立ち上がり下へと誘導してくれた。
馬車の動く音を聞いてから大きく息を吐く。
「はぁ、マジかよ。」
「なんだか大変なことになりそうですね。」
「アネット、聞いてたか。」
「はい、ばっちりと。」
「あのナミルさんと縁がある時点で普通じゃないとは思っていたが、こりゃ思ってるよりも大事になりそうだ。」
「聖騎士団関係ですか、面倒そうですね。」
「真っ当な商売してたら縁が無くて当たり前、だが汚れた仕事をしていたらかかわりも出てくるだろう。まさか犯罪者を売買してるとはなぁ。」
あのデビットとかいう男は、犯罪を犯して逃げ出した者を奴隷として売買しているそうだ。
だが正式に奴隷になっているわけではないので、隷属の首輪は偽物。
各地で彼から買った奴隷が逃げ出したと問題になっているらしい。
本人はそんなはずがないと言い張っており、証拠が無いのでそれを追求することもできないのだとか。
はぁ、女豹に紹介されるぐらいだからやばそうなやつだと思ったんだが・・・。
まさかここまでとは。
さすがに女豹も知らなかったってことはないだろうが、あの人の事だ絶対大丈夫な奴隷を買っているんだろう。
その辺抜け目なさそうだし。
「エリザ様はそれを知ってるんでしょうか。」
「わからん。とはいえ、知ってもあいつは買うだろうな。」
「そうですよね。」
「なら俺達は手を貸すまでだ。なに、どうにかなるって。」
幸いにも色々と権力を持っている知り合いは多い。
それに買うのはまだ二ヶ月も先の話だ。
それまでに俺達も集められるだけの情報を集め、根回しをすればいい。
やるとなったらとことんやらないとな。
「レイブ様をお送りしました。」
「ありがとな。」
「それで、どうされるんですか?」
「なるようになるそうですから、今まで通りだそうです。」
「ふむ、それもそうですね。」
アネットの返答を聞き、ミラが納得したような顔をする。
えっと、そんなんでいいの?
もっとこう突っ込んだ事聞きたいとかない?
ない?
あ、そう。
「それでは私は店番に戻ります、お客様がお待ちでしたので。」
「俺もすぐ行く。」
「お願いします。」
「じゃあ私は製薬に戻りますね。」
「無理すんなよ。」
「だいじょぶです!」
勢いよくVサインをするアネットに思わず笑みが漏れた。
さて、俺も仕事仕事。
何があっても最後に解決するのは金の力だったりするわけだし。
その力を蓄えるのが俺の仕事だ。
今日も元気に頑張りますかね。
「いらっしゃいませ、お待たせしました。」
下からミラの澄んだ声が聞こえてくる。
残った香茶をグイっと飲み干し、俺も下に降りて行った。




