425.転売屋は拡大鏡として売り出す
製作したメガネ・・・もとい拡大鏡はなかなかの性能だった。
両手は自由になるし、良い感じに小さい物も大きくできる。
難点があるとしたら、素材によって若干倍率が違うので似たような組み合わせを探すのが面倒なことぐらいだろうか。
そういえば前の世界で拡大鏡のCMがバンバン流れた時期があったなぁ。
それなりの金額だったけど、アレを使えば便利だったんだろうか。
いつの間にか見なくなったが、売れたからやめたのか売れなくてやめたのかは謎だ。
ともかく、今回のブツも中々の出来だ。
後は俺がどう売り込むか。
それと値段だな。
ミラが手配してくれた奴がセットで銀貨3枚。
それに加工賃とフレームの材料費を入れたらどうしても銀貨5枚にはなってしまう。
正直かなり高い。
だが他にいい素材がないので当分はこの値段で行くしかないだろう。
あまり需要の無い素材なのでもう少し値段を下げられるかもしれない。
冒険者からしてみれば、今まで無視していた素材が金になるんだから多少安くても売ってくれるだろう。
ってな感じでひとまず出来上がったのが10セット程だ。
「悪かったな、急ぎ作らせて。」
「大丈夫っす。でもいいんすか?こんなに手間賃もらっちゃって。サングラスでも結構儲けさせて貰ってるんですけど。」
「いい仕事にはいい報酬をってな。とりあえず売れ行き次第では忙しくなるから、その時は任せた。」
「材料さえあれば一日20は作れるんで、ばっちこいっす。」
「じゃあまた連絡する。」
預かった眼鏡・・・もとい拡大鏡を手にまず向かったのがおばちゃんのところだ。
今日はちゃんと来ているようだ。
「おばちゃん、ちょっといいか?」
「なんだい?肩でも揉んでくれるのかい?」
「別に揉めと言われりゃ揉むけどさぁ・・・。それよりコレのほうが効くんじゃないか?」
「なんだいこりゃ。」
「拡大鏡だよ。細かい作業して疲れたんだろ?まぁ使ってみてくれ。」
訝しがるおばちゃんに出来上がったばかりののブツを押し付ける。
不思議そうな顔をしながらも一応つけてくれた。
「なんだいこりゃ!全然見えないよ!?」
「遠くは見えないから手元を見てくれ。」
「手元って・・・こりゃ驚いた。」
「だろ?」
つけたり外したりして自分の指先を見て驚いている。
この世界には老眼鏡というものはあまり広まっていないようだ。
片眼鏡はあるから存在はしているんだろうけど、メジャーではない。
なら十分に商機はあるだろう。
「なんだ、そんなにいい物なのか?」
「おっちゃんも使ってみるか?」
「おぅ、貸してくれ。」
おっちゃんに渡すと見事に同じ反応をしてくれる。
いいねぇ、作ったものでコレだけ反応してくれると作った甲斐があるってもんだ。
まぁ作ったのは俺じゃなくてアーロイだけども。
「こりゃいい、細かい作業が捗りそうだ。」
「遠くを見る時はこんな感じでずらせば見えるから、適当に使ってくれ。」
「使ってくれって、くれるのかい?」
「だって、要るんだろ?」
「そりゃありがたいが・・・、何か裏がありそうだね。」
ジロリと俺を睨んでくるおばちゃん。
その目はミラそっくりだ。
さすが親子だなぁ。
「裏なんてねぇよ、ただ宣伝しといて欲しいんだ。」
「そりゃ構わないが、いくらするんだい?」
「一つ銀貨5枚。」
「ちょいと高すぎるよ。」
「でも便利だろ?」
「まぁねぇ。」
再び目線を自分の手に戻し、まじまじと見つめている。
金額はともかく性能は評価するって感じだな。
だがそれでいい。
タダで渡すのにもちゃんと理由がある。
俺が売れば一定数は売れるだろうが、それでも限界がある。
なら、普段から多くの客と接しているおっちゃんやおばちゃんにモニターとして使って貰って、押し売り感なく宣伝して貰うほうが何倍も拡散力がある。
やっぱり見るのと使うのとでは違う。
使用者の生の声ってのは何よりも変えがたい宣伝力があるものだ。
「もし客に聞かれたら値段と売ってる場所を伝えてくれればいいさ。」
「それだけかい?」
「あぁ、簡単だろ?いつも通り使ってもらえればそれでいい。」
「それにしてもまた面白い物を考え付いたねぇ。」
「この前細かい作業をしている時に偶然な。でも作って良かったよ。」
「これで裁縫も少しは楽になりそうだよ。」
「じゃあ他にも行くところあるから、またな。」
「おぅ、有難く使わせてもらうぜ。」
「ミラにもよろしく言っておくれ。」
二人と別れて別の店へと足を向ける。
今回用意したやつは全てモニターとして提供する予定だったので、ローザさんとブレラ、それとルティエの所に置いてきた。
特に職人たちは日常的に細かい作業をしている為に、数が少なく取り合いみたいになってしまった。
あまりにも欲しがるのでまた明日追加を持ってくることを約束してその場を収め、店に戻った。
「ただいま。」
「おかえりなさいませ、いかがでしたか?」
「良い感じで受け入れてもらえたようだ。特に職人連中は取り合いがやばかったから明日もう一回持っていく予定だ。」
「最初タダであげるって言いだしたときは雪でも降るんじゃないかって思ったけど、そういう理由があったのね。」
「雪でもって、お前なぁ。」
「だってシロウがタダで物をあげるのよ?」
「確かに珍しい事ではあります。」
いや、そこまで言うか?
確かに誰かにものをあげるなんて滅多にないことだが、これでも色々と考えてるんだぞ。
「アネットまでそれを言うか。」
「でも理由があっての事ですから。明日もサンプル配りですか?」
「その予定だ。後はアナスタシア様とマスターそれとアレンの所か。」
「アレン様?」
「見た目はあれだが中身は随分と高齢・・・みたいなことを言うだろ?こっちはモニターというよりも純粋なプレゼントだよ。」
見た目は子供中身は老人。
それが図書館のアレン少年だ。
本人の前でそれを言うと、怒るどころか昔話が延々と始まってしまう。
なので手紙だけ置いてさっさと帰るつもりだ。
翌日。
昼過ぎまでに予定通りの場所へ納品して店に戻った俺を待っていたのは、入り口前にできた長蛇の列だった。
「あ、シロウさんだわ!」
「戻ってきたわよ。」
「ちょっと!アレはここで買えるんでしょ!?」
「あ、ずるい!私が先よ!」
「私だってば!」
あっという間に街の奥様方に囲まれ、四方八方から質問攻めに合う。
もみくちゃにされ、何とかその場を収めようにも人の話を聞いてくれない。
そんな奥様方を一発で黙らせたのは、ミラの鳴らした笛だった。
確かあれはこの前買い取った、注目の笛か。
魔物の敵意なんかを集めるための奴だが、人間にも聞くようだ。
「悪い、助かった。」
「皆様お静かにお願いします。」
「ごめんなさい、ついカッとなっちゃって。」
「私達はただ・・・。」
シュンとする奥様方をミラが仁王立ちでにらみつける。
そんなに怒らなくてもいいんだぞ?
「皆あれが欲しいってのはよくわかったが、残念ながら在庫はない。とりあえず来週になったらまとまった数が揃うからそれまでは予約で対応させてくれ。大丈夫、全員に行き渡るぐらいに数はあるから。」
「来週には手に入るのね?」
「あぁ、約束する。」
「ちょっとは安くなるのよね?」
「悪い、値段はギリギリだから変わらない。それでもいいなら予約してくれ。」
ひとまず奥様方から予約を取りなんとかその場を収める。
まさかこんなに需要があるとは思わなかった。
それにしても昨日の今日だぞ?
職人はともかく、ローザさんやおばちゃんの集客力を甘く見てたようだ。
予約数は全部で112。
今から素材を用意したとして何とかギリギリ用意できるか・・・。
「ミラ。」
「素材の方はお任せを、ギルドに掛け合ってなんとか二日で集めてもらいます。」
「アーロイには無理をさせるが、頑張ってもらうかぁ。」
材料があるから一日20個作れるのであって、無ければ作りようがない。
素材が揃うのに2日、それから加工してもらって5日で100個が限界。
それを112個作ろうと思ったら方法は一つしかないよなぁ。
「エリザ。」
「わかってるわよ、私も行けばいいんでしょ。」
「2つ揃い次第アーロイのところに運べばギリギリなんとかなるはずだ、他の冒険者にも声をかけてくれ。レンズの値段は上げられないが、他の素材で勉強させてもらいますってな。」
「高くついたわね。」
「そうでもないさ、売れるのがわかったわけだしな。」
確かに他の素材を高く買えばその分損はするだろう。
だが、需要がある事が確定しただけで十分に元は取れる。
後は素材を買い集めて作り続ければ、うち以外の町でも売れるわけだからな。
これでまた新しい儲けが増える事が確定したわけだ。
サングラスに拡大鏡、やはり日常的に使うものは良く売れる。
さ~て、次は何を狙う?
「またシロウが悪い顔してるわ。」
「今は少しでも稼いでおきたいところです、もう少し考えて頂きましょう。」
「そうですね、あの方を買うとなるとお金は多い方が安心です。」
おかしい、何故俺が買うことになってるんだ?
あれは俺じゃなくてウィフさんに任せるって話で纏まったはず・・・。
いやいや、今はそれよりも新しい仕込みだ。
魔毛を使った服は確定として、他に何がある?
化粧品は軌道に乗ったし、あとは洗剤とか石鹸とか、誰も手掛けてないものがいいよな。
そのほうが利益が大きくなる。
女達が動き出す気配を感じながらも、俺は次の仕込みを考え続けるのだった。




